#1
「なんだテメェ……なにしに来やがった?」
「宣言通り、君を殺すためにだよ」
「ナメやがって……どうやって手下どもを撒いてここまで来たかは知らねぇが、良い度胸じゃねぇか」
小悪党が吐く台詞というのはいつもテンプレート通りだと僕は常々思っていたけど、今目の前にいる男……レイジもまたその例に漏れないようだ。最も彼のバックボーンを考えればそれも当然なのかもしれないけど。
「君の手下なら皆倒したさ。それにむしろ君の能力の方が戦闘向けじゃないと思うけど?」
「ちっ、使えねぇ奴らだ……。けどよ、オレ様じゃあテメェとタイマン張れねぇかもしれねぇがな、オレ様の能力はテメェを殺すには十分なものなんだぜ?」
「……へぇ、そうなんだ」
異世界ゾル=カタンは魔道工学が発達した世界だ。実際、僕がレイジと対面しているこの場所も大規模な魔導工場……の廃墟らしいし。製造ラインの一部は今でも稼働しているけど、大部分は廃墟化し、レイジの率いる犯罪者集団「ドラゴンレイジ」のねぐらとなっている。
「テメェはぶっ殺す。ただし頑張って生き延びることが出来たらオレ様の舎弟にしてやるぜぇ?」
「それは遠慮しておくよ。僕は彼女のためにも、こんなところで負ける訳にはいかないからね」
「テメェの余裕ぶったその顔、ムカつくぜ。けどな、オレ様のこの切り札を見てもまだナメた口利けるか、ああっ?」
そう言うとレイジは芝居がかった様子で手を振った。その動きに合わせるように、レイジの背後に位置していた巨大な扉がゆっくりと開いてゆく。
扉の中から漏れ出すのは熱気と獣臭。そして……仄かに見え隠れする火の粉。
「どうだ、ビビって声も出ねぇだろう!」
勝ち誇ったレイジの背後から姿を現したのは、鱗に覆われた巨大な爬虫類の頭部だった――。
僕がこの小悪党と対峙することになった理由は極めて単純だ。僕が「勇者狩り」であり、件の小悪党、レイジは現実世界に帰還する意思を持たない異世界転生者だから。
つまり僕は戦うべくして戦うはめになった訳だ。けど今回の狩りは劇的ではない、ありふれた、そして少し騒々しい日常から始まったんだ――。
「ユートさん、お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それとも志織にします?」
「悠斗、お帰り。枕はYESにしてある」
「いやいや、ちょっと待ってくれ。麗奈はまだわからなくもないけど、なんで志織がさらっと僕の家にいるの?」
「え?だって私、ユートさんのお嫁さんになった訳ですし」
「なってないよね?と言うかなんで麗奈もそこで頷いてるの?」
「私は第一夫人。シオリは第二夫人ということで折り合いが付いた」
「まぁ本当は私の方が正妻だと思うんですけど……」
5限目の講義が終わり、友人達とグループワークの課題を片付けたあとで帰宅した「新居」で僕を待っていたのは、セーラー服の上からエプロンを着けた志織と、何故かYESと大書きされた枕を抱きしめたパジャマ姿の麗奈だった。
念のため確認しておくけど、僕はこの2人のどちらともと結婚していない。麗奈とは確かに恋人同士ではあるけど、大学生である僕には結婚はまだ早いと思っているし、志織に至っては交際すらしていない。……まぁ、妹的な感覚と距離感の関係であることは否定しないけど。
「ちょっと状況を整理しようか。まずここは昨日引っ越ししたばかりの僕の新居だというのは間違いないよね?」
「うん。ここは悠斗と私の愛の巣」
「……若干引っかかる部分もあるけど、確かに今回広めの物件へ引っ越したのはいつか麗奈と一緒に暮らせるよう考えて……っていうのは事実だとして。で、どうして志織がここにいるのかな?」
「この物件、先日の『案件』の報酬として総合学部に用意して貰ったものですよね?」
「まぁ、そうだね」
志織が言うように、2週間前に発生したアケトアテンでの任務で僕は異世界召喚された「勇者」である高坂志織……つまり目の前にいるセーラー服姿の彼女を無事に現実世界へと連れ戻すことが出来た。
錬金術のスキルを持つ彼女は総合学部の一員として受け入れられ、現在では御門大学附属高校の生徒という表向きの身分を与えられると共に、総合学部の支援スタッフとしても勤務を開始している。
ただ問題は彼女が事故で両親を失い、身寄りが無いということと、異世界との時間差によって本来の年齢よりも1歳以上成長して帰還してしまったということだ。それ故に志織はチート能力を封印したにも関わらず元の生活へ戻る事が出来ず、総合学部の庇護下で独り暮らしをすることになっていた……はずなんだけど。
「つまりこの物件は私を助けてくれたご褒美な訳ですから、副賞として私がついてくるのは当然ということです」
「……自分を副賞呼ばわりするんだ?」
「じゃあ、私がメインのご褒美で、この新居は副賞ですね。それなら私が正妻ポジションです!」
「どうしてそうなるかな……」
アケトアテンでの一件で僕は志織と1ヶ月近く旅をし、絆を育んだ。その絆が彼女を生還させる鍵となったのは事実だけど……どうやら僕の言動が志織を誤解させてしまったらしい。
結果、僕は志織に一方的に求婚され、本来であればそれに怒るはずの麗奈が意外にもあっさりと志織の存在を認めてしまった。
まぁ麗奈は元々異世界の王族だから正妻や側室なんていうのを複数侍らせている環境は普通だったらしいし、何なら麗奈自身も第二夫人の子供らしいし……いや、そんな事よりも、だ。
「まぁ百歩譲って志織も同居するのはいいとして、問題はこのベッドだよね?どうして僕のベッドがリビングに放り出されているのかな?」
「私とシオリのベッドを入れたら悠斗のベッドが入らなくなった」
「まぁ、ユートさんは私かレーナさんのベッドで寝るんですから、問題無いのでは?」
「いや、思いっきり問題あるよね?というかなんで僕が志織と一緒のベッドで寝ることになってるの?」
「ローテーション制にしようと言う話で手を打ったから、ですかね?」
「誰と何をローテーションするのか聞いても良いかな?」
「レーナさんと私で、一日交替でユートさんと一緒に寝る権利を」
「麗奈?」
「本当は2:1の予定だった。けどシオリはご飯を作ってくれる。だから妥協した」
2人と話していると頭が痛くなってくる。どうして家主である僕の意見を無視して話を勝手に進めるのやら……。いや、理由はわかっている。僕が志織に対して中途半端な態度を取っているからだ。
つまり、この状況は僕が招いたもので、責任は僕がとるしかない。
「ともかく、2人の主張はわかったよ。じゃあ僕のベッドは物置にする予定だった納戸に入れて、そこを僕の部屋にする。寝室は2人で使ってくれてかまわないから」
「悠斗、それは違う」
「レーナさんの言うとおりです!」
2人は騒いでいるけど、僕は取り合わないことにした。これ以上話していると、何を要求されるか判らないからね。
それよりも僕は少々気になることがあった。突っ込むべきか、どうするかしばらく悩んだ後、どうしても気になった僕は我慢できずに志織に向かって聞いてしまった。
「ねぇ、志織?ここで住むつもりなんだよね?ならなんで制服を着てるのかな?」
「……え?裸エプロンの方が良かったですか?」
「いやいや、そうじゃなくて。だからさ、遊びに来たなら制服のままなの判るけど、ここで住むつもりなんだよね?」
「それは……トートが、女子高生が男性を悩殺するなら制服エプロンが一番だって」
「シオリ、悠斗はロリコンじゃない。よね?」
「どうして麗奈はそこで疑問形になるかな?いや、それ以前にトートって……もしかして榊会長からロザリオの使用許可降りたの?」
「はい。常用はダメだそうですけど、時々なら召喚してもOKだそうです!」
トートというのは志織が女神に与えられたチートアイテム「背徳のロザリオ」で召喚できる悪魔――ということになっているけど、総合学部の調査で実際は高位の神格、「魔神」であることが判明した――で、志織が知恵袋的に使っている存在だ。
志織はこの他にもバロールという魔神を召喚することも可能で、そちらは盲目のシオリに視力と共に、鑑定眼や未来予知の力を与える魔眼を提供していた存在だ。
……そう、今僕の前で笑顔を浮かべている彼女、高坂志織は事故によって眼球を失い、今現在も生身での視力は失ったままだ。現在は異世界アケトアテンで作られた高性能な義眼型魔導具で疑似的に……といっても人間の目よりも遙かに高性能かつ多機能な視覚を得ているけど、彼女がご両親と共に視力を失った事実が消えた訳ではない――。
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