#25
『ごめんなさい。実はユートさんに黙っていたことがあります。魔眼って……未来も視えるんです』
『未来?もしかして……』
『ええ。初めてユートさんに会った時に視えたんです。私はこの人に恋することになって、そして最後はこの人に殺されるんだ……って』
『なっ……!?』
『この世界は私にとって夢みたいだって話、したでしょう?だから私、どうせ夢ならただ片思いしたまま殺されるんじゃなくて、ちゃんとした恋をしてみたいと思って。……だから色々と我が儘を言いました。迷惑を掛けてごめんなさい。そしてそんな振る舞いを笑って許してくれて、ありがとうございました』
同郷の人間とは言え、彼女があまりにも無防備かつ積極的に僕に接してきたのはそんな理由があったとは……。いや、それでも。それだからこそ、僕は彼女にロザリオを渡すことは出来ない。
何とか説得しようとする僕に、志織は微笑みながら言った。
『ドリームランドって知ってます?』
『人気のテーマパークだよね?でも、どうしてそんな話を……』
『私の家族が事故に遭ったの、ドリームランドへ行った帰りだったんです。一泊二日の家族旅行で夢のような世界を楽しんだ帰り道に、私は両親と視力を失ったんです』
『それは……』
『旅行中にお父さんが笑いながら言ってました。夢の世界への旅は、皆で家に帰るまで終わらないって。でも私達家族は結局、家に帰ることができなかった。だから……私は今も夢の中にいるんです』
志織の言葉に僕は何も言えなくなってしまった。僕は彼女の事を心の強い少女だとばかり思っていた。けど、実際の彼女は……深い絶望と諦念を抱え、現実逃避しながら異世界で生き延びていたんだ。そんな事に気づけなかったなんて……!
『現実世界に帰ってももう、私の居場所はどこにもありません。家だって、処分されると聞きました。だから……そろそろ夢は終わりにして、お父さんとお母さんのところへ帰って、全部終わらせるのもいいかなって思うんです。最後にお世話になったシスターを助けられるなら。それに私が恋したユートさんに殺されるなら。これ以上の夢の終わりはないですから』
『志織……』
『だからユートさん。ロザリオを返してください。そして……約束を破ってチート能力を使った私を、狩って夢を終わらせてください』
この子は何を言っているんだ……?
僕は混乱した頭でそんな事を考える。いや、違う。僕は志織の考えも、想いも全て理解出来ている。この子は……自分で自分の夢を終わらせることを選ぼうとしている。
彼女が視たという未来で、きっと僕は「貫く魔弾」1発分の魔力ではこの状況を打破できず、志織にロザリオを返さざるを得なくなったのだ。そして彼女がチート能力を使ってシスターを救った後、僕は最後の一発で志織を殺すことになるのだろう。
僕にそれが出来るのか?
もちろん、答えはYesだ。
なにせ僕は同様に約束を破った斎藤君を躊躇無く殺したのだから。
だけど……僕は志織と共に1ヶ月という時間を過ごし、彼女の事を知ってしまった。深い絶望に囚われながら、それでも前向きに生きる彼女の事を。
僕の中で現実世界を守る勇者狩りの任務と、志織の命が天秤に乗っているのが判る。そして……その天秤が拮抗していることも。
このままでは僕は判断を下せない。なら……片側にベットしてバランスを崩すか、もしくは……均衡そのものを無効にするしかないしかない。そう、答えは僕の手の中にある悪魔のロザリオだ――。
『志織、悪いけどまだ君を夢から覚まさせる訳にはいかない。なにせ君がロザリオを使うためには「僕がチートの使用を許可」しないといけないだろ?けど僕は自分達の世界を救うために全てを捨てる覚悟をした勇者狩りだ。君のチートを許して世界を消耗させることはできないし、自分の判断で君を殺す理由を作ることもできない』
『ユートさん……』
『そもそも最初から君はチートを使わないことを選択しているじゃないか。だから僕は君を殺さない』
『でも、シスターは!』
『だから……この選択で悪魔に代償を支払うのは、僕の役目だ……!』
「ええい、いつまでもぐだぐだと訳のわからぬ言葉で……!」
僕達の長話に焦れたのか、指揮官がイラついた様子で声を上げる。だけど、もう手遅れだ。僕は……覚悟を決めたから。
《我が血よ、我が魂よ、命の灯を穢れた焔へと堕とし戻れぬ代価として力に変われ。未来も運命も焼き捨て、不可逆の呪力となりて我が血路を裂け――「燃血の邪法」!》
呪文の詠唱と共に僕の体内から急速に熱量が失われると同時に、別の燃えるような力が湧き上がる、矛盾した感覚が一時に生まれる。この魔法「燃血の邪法」は寿命を喰らいマナを強制的に生み出す禁呪で……僕の体内では今まさに寿命を燃やしてマナが生成されている。
「ユートさんっ!?何を!?」
「君は、僕が必ず連れて帰る……そのための、対価を払っただけだよ」
《魔力は眠りを誘う霧となり、霧は世界を包みて深き眠りへと誘う……「誘眠の濃霧」》
「燃血の邪法」で生み出した魔力全てを使い、僕は「誘眠の霧」を広範囲かつ強化した魔法「誘眠の濃霧」を解き放った。
この魔法であれば展開している騎士や兵士全員を捉える事ができるし、人質であるシスターを巻き込んでも負傷させることはない――。
「がはっ」
「ユートさんっ!?」
だけど、詠唱が終わり、濃霧が立ちこめると同時に僕は吐血した。思ったよりも早く燃血の邪法の反動が出始めている……!
「し……おり……シスターに……気付けの、ポーションを……起きたら、すぐ逃げる……ように」
「は、はいっ!」
赤く染まる視界の中で志織がアイテムボックスから状態異常回復のポーションを取り出し、倒れ伏したシスターに駆け寄るの見えた。
……僕は思わずその場に膝を突く。「燃血の邪法」を習得する際に一度だけ試しに使ってみた事があるけど、あの時はほんの少しだけ魔力を生み出すだけで鼻血が停まらなくなったんだっけ。
今回は大規模魔法を行使できるだけのマナを生み出したから……おそらく年単位で寿命を削ったことになるだろう。
けど、僕の寿命を幾ばくか捧げることで、志織の命を繋ぐことが出来るなら……安いものだ。それが彼女の望んでいた夢の終わりを遠ざける、僕のエゴだったとしても。
ポーションによって覚醒したシスターにその場から離れるよう促した後、志織は僕の元へ戻ってきた。そして最後に残った回復ポーションを僕に差し出してくれたけど……手が震えている僕は危うくポーションの瓶を取り落としそうになってしまった。
思っていたよりも「燃血の邪法」のダメージが大きい……。
そんな僕の様子を見て取った志織は僕の手から瓶を取ると、自らの口にポーションを含み口移しで僕に飲ませてくれた。吐血した僕の血で口元が汚れることを気にも留めず。
ポーションの効果では失った寿命を取り戻すことは出来ないけど、少なくともこの瞬間の体力だけは回復できている気がする。
「……志織……」
「ユートさん。どうして、こんなことを?私、ここで死ぬはずだったのに。どうして未来が変わったの……?」
「たぶん、僕が君のことを『志織』と呼ぶようになったから……かな」
志織は魔眼を通じて僕に恋し、僕に殺される未来を視たと言った。だけど彼女の見た未来は恋心を抱いたまま僕に殺される……言うならば片思いの未来だったはず。
そしておそらくその未来で、僕は彼女の事を「志織さん」とどこか他人行儀に呼び続けていたはずだ。
けど実際はそうじゃなかった。ちゃんとした恋をして、生きた証を残したいと願った彼女は自らの想いを叶えるために僕にアプローチを繰り返し、結果として僕は彼女に絆され「志織」と呼ぶようになった。そして僕は……自分の命を削ってでも、志織を死なせたくないと願った。
だからこれは僕のエゴであると同時に、彼女が絶望と諦念の中で足掻いた結果、もたらされた……本来とは異なる未来なのだろう。
トートという悪魔は志織に親身になっていたと聞く。なら長期間義眼に宿り、志織の目となっていたバロールもまた……志織に絆され、彼女が生き残る未来を掴む方法として、「志織が後悔し、忌避するであろう未来」をあえて示してみせたのかもしれない。
確証は全く無いけど……僕はそんな事をふと思った。
「でも私、現実世界に帰るなんて考えたこともなかった。もう帰る所なんてないのに」
「心配しなくても……総合学部が君を離さないよ。異世界からの帰還者は皆、勇者狩りの仲間になるんだ。だから志織も――」
「じゃあ、これからはユートさんが私の居場所になってくれるんですね?」
「……僕だけじゃないけど、でもまぁ……そういうことだね」
「わかりました。……不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
……その言葉はまるで嫁入りでもするようなものだったけど……邪法の影響でけだるさが残っていた僕には突っ込みを入れるだけの気力は残っていなかった。
「誘眠の濃霧」は効果時間の長い魔法だけど、それでもいつかは睡眠状態が解けてしまう。僕と志織は兵士達が目覚める前に王立工房の中へと急いだ。
まだ完全に調子を取り戻せていない僕の足取りは自分でも情けなく思うほどおぼつかないもので、少しよろめきそうになったところを志織が支えてくれた。
工房の中は無人で、最初に訪れた時と同じように刺激臭が漂っていた。最奥に鎮座した賢者の石の前まで移動した僕は、ストレージから「八尺瓊勾玉」のレプリカを取り出す。
「それ、何ですか?」
「僕達の世界へ通じるゲート、『御門』を開くためのものだよ」
「日本って、そんな技術を持ってるんですね……」
「日本というよりも、総合学部が……だと思うけどね。何せメンバーの大部分が異世界からの帰還者だから」
「みんなチート持ちなんですよね?私、そんなところでやっていけるかな……」
「君なら大丈夫だよ」
「本当ですか?まぁ、駄目そうならユートさんに頼りますけど」
そんな事を言っている間に御門は開き、僕と志織は手を取り合って――現実世界への帰還の途に就いた。




