#17
リコが自分のテントへ引っ込んだあと、僕達4人は焚き火を見つめながらさして盛り上がらない会話をしながら食事を続けた。
上の空で会話をしながらも僕はこの後どう動くべきか思案を巡らせる。リコがチート能力を明らかにしないことは懸念材料だとは言え、今のところ彼女は公言した通りチートを使ってはいない。
暫定的にではあるけど、リコのことは信用できるとした場合……このままリコが魔王を討つまで同行すれば彼女は納得して日本へ帰還してくれるのだろうか?
ただ何ぶん相手は魔王だ。いかに勇者の装備を身につけているとはいえ、先代勇者は四天王を全撃破することすら出来なかったことを考えれば……異世界召喚された勇者であっても、小学生の女の子を危険だと判っている場所へ導くのは避けるべきだろうか。
そんな事を考えていた僕は、食事を終えたミランダが物言いたげな目でこち、を見ていることに気が付いた。僕も食事の手を止め、視線で彼女に何の用かと問う。
と、ミランダは軽くため息をついてから口を開いた。
「それで、お兄さんはどこの人なんだい?」
「どこ、というのはどういう意味かな?」
「とぼけなくてもいいよ。口に出さないだけで皆判ってることだからね。さっき使っていた短筒と、その髪色からすると南方諸国の人ってとこだろ?あそこの評議会は魔王軍の侵攻に興味なんて無いと思ってたんだけど」
「話が良く見えないんだけど」
またしても短筒に南方諸国か。どうやらそこの人々は余程日本人に似ているのだろう。そんな事を考えながら、僕が返した言葉にミランダは肩をすくめ、呆れたような表情で言った。
「こっちが手の内を晒さないと情報を開示しないってことかい?南方諸国の間諜さんは随分と慎重な事だね。いいよ、じゃあ勇者ちゃんは寝ていることだしネタばらしといこうじゃないか」
「ネタばらし?」
「このオースティンはミリアルド王国から派遣されてる正騎士様さ。たしか……近衛騎士団の第二師団の副団長サマだったよね?」
「……ミランダ殿!」
「そっちのサルマンはリンウッド公国狩猟旅団長の息子さんだろ?確か子爵位を持ってたと思うけど」
「……やれやれ、口の軽い御仁だ。そう言う貴女こそマーテウス魔法国の宮廷魔術士団第三席じゃないですか」
「口の軽い男は嫌われるよ、サルマン。それで、お兄さんはどこの所属なんだい?私達が正体をバラしたんだ。同じパーティの一員として腹を割って話そうじゃないか」
……この話は、どういうことだ……?
勇者リコのパーティメンバーである戦士オースティンは隣国の近衛騎士団副団長。野伏という触れ込みのサルマンは他国の貴族で、ミランダもまた別国の宮廷魔術士として高い地位を持っている……?
それはつまり、このパーティのメンバーは単にリコの魔王討伐を支援するために結成された臨時の義勇兵ではなく、列強三国がリコの動向を監視するために編成した間諜達、ということなのだろうか?
……ロロが言っていた、内通者というのが仮に列強諸国の手の者ということを指していたのだとしたら、3人全員が内通者ということになる訳だ。
あまりにもあまりな状況に頭痛を感じながら、僕はミランダの言葉に答えを返す。
「僕かい?僕は日本から来た、総合学部のエージェントさ」
「ニホン……それにソウゴウガクブ?聞いたことがないね。サルマン、オースティン?」
「私も聞き覚えがないですね」
「南方諸国は複数の部族で構成されていると聞く。その中の一部族だろうか?」
「まぁ、そんなところだよ。小国の秘密組織に所属してるのさ」
会話相手に魔女が含まれている以上、「思考感知」やそれに類する魔法を使っている可能性は捨てきれない。
となれば完全な嘘をつくことは避け、無害な真実を話すのが得策だと僕は判断した。それ故に僕が語った言葉は全て事実ではあるけど、まさか彼等も僕が異世界からリコを追ってきたとまでは思わないだろう。
それにしてもこの勇者パーティ、呉越同舟どころの騒ぎじゃないじゃないか。
ランドール王国が立ち向かうべき相手は僕達の行く手を遮る魔王軍だけではなく、後方で牽制し合う人類でもあることに、僕は嘆息せざるをえなかった。
その後、互いに思うところはあるが抜け駆けはナシだとミランダは言い、オースティン、サルマン、そして僕はその言葉に消極的ながら同意するはめになった。
いまいち信用の出来ないパーティメンバーではあるが、少なくとも周囲に魔王軍の残党が潜んでいる可能性がある以上、目的を達成するまでは一蓮托生だと言ったミランダの言葉は、僕の耳には空虚なものにしか聞こえなかった。
なにせ彼女の言う「目的」とは、おそらくこのパーティが編成された表向きの目的である魔王討伐を指していない事は明白だったから。
そうは言っても内紛でパーティが瓦解するのは彼等にとっても好ましくない状況なのだろう。
くじ引きで夜警の順序を決め、それぞれが個人用のテントへと入っていった。おそらく各自が自分のテントに侵入者……いや、暗殺者対策を施すことになるのだろう。
見張りの順番は最初が僕。その次がオースティン。さらにサルマンと続き、最後はミランダだ。
独り焚き火の炎を見つめながら、僕は悪びれもせずに自分達が他国の者であると明かしたミランダ達の狙いは何なのだろうかと考える――。
考え事をしていた僕は、小さな物音に現実へ引き戻された。
耳を澄ませると、聞こえるのは小川のせせらぎに虫の音。そして、夜行性の小動物が活動しているとおぼしき、小さな物音。
今夜は「警戒」の魔法を使用していないけど、虫や小動物が普通通りに活動しているのなら近くに魔物の気配は無いと考えて良いだろう。
それにしてもこのランドール王国の夜は魔王軍の侵攻を受けている最中にも関わらず、静かで穏やかだ。
僕は「魔王」という存在は大別すると二極化できると考えている。
一つはその存在自体が世界を滅びへと導く、破滅の象徴としての魔王。
僕がグレイランスで戦った魔王ザインは元は人の身ながらこのタイプの魔王だった。
もう一つは魔物の国の王である魔王。統治する民が魔族や獣人であるだけの、いわば亜人種、異種族国家の王だ。
エセルニウムで勇者タカアキが討伐した魔王や、ゾル=カタンで勇者に暗殺された皇帝がこれにカテゴライズされる。
おそらくランドールに侵攻している魔王は後者のタイプなのだろう。なにせ大地の四天王が率いる魔王軍が通過したというのに、この土地は瘴気に包まれている訳ではないし、呪詛が満ちている訳でもないのだから。
国土を焦土化しない、環境が滅んでいないということは、今回の侵攻は島国である魔王領を拡大するための生存戦略の一環であると考えるべきだ。
一見すると滅びが具現化された存在であり、人類との交渉や取り引きが一切通用しない前者のタイプの魔王と違って、後者の魔王は与しやすいように思えるかもしれない。
しかし実際は後者のタイプは裏取引で人類側の結束を崩すという搦め手を用いてくる可能性がある。故にどちらの魔王も、方向性は違えど人類にとっては厄介な相手なのだけど……。
実際、ランドールの王都で魔王軍に利するような扇動を行った者達の存在は、今僕達が討伐に向かっている魔王が後者の……それもそれなりに権謀術数を使いこなす魔王であることを意味している。
となれば、この勇者パーティを名乗る列強国の間諜達の中にも、魔王の手の者が混じっている可能性は高い、か。
「ユート殿。そろそろ交代の時間だ」
「ああ。ありがとう、オースティン。特に変わったことは無かったよ」
「承知した」
僕が考え事をしている間にどうやら夜警の交替時が来たようだ。火の番をオースティンに任せ、僕は自分のテントへと向かう。背後のオースティンが、チラリと勇者リコのテントを見たような気がしたのは、気のせいだろうか……。
天幕を開いた僕は、ある程度予期していたとは言え眼前の光景に嘆息せざるを得なかった。




