#16
しかしミランダが実際に行った行動は躊躇無く魔王軍の補給物資を焼くという選択で、その行動はミランダが魔王軍の協力者であるという僕の疑いを否定するものだった。これは……どう考えたらいいのだろう。
僕がそんな事を悩んでいる間に、オースティンが剣を抜き、大人しくしていた魔王軍の魔獣を刺し殺してしまった。
「おいおい、オースティン殿。獣とは言え無抵抗のものを殺すのはどうなんだい?」
「魔獣は魔王軍の戦力だ。ここに残しておいて回収されれば人に害をなす」
「輜重隊が使役する運搬用の魔獣だろう?そんなものが1匹増えたところで、何が変わるっていうんだい」
運搬用の魔獣であっても殺すべきだと考えるオースティン。無益な殺生は好まないというサルマン。どうやらこの急造精鋭パーティは思った以上に内部統制が取れていないようだ。
まぁ、それもそうか。本来であればこう言った有能だけど個性的な面々を纏めるのはリーダーである勇者の役割だ。けど我らが勇者リコは……現実世界での経験から人間関係、特に大人に対する不信感を抱いている。
そんなリコが個性的な面々の間を取り持てるとは到底思えないし、おそらく誰も彼女にそんな役割は期待していないだろう。
「お兄さん、お腹へった。あともう眠い」
「了解。じゃあこの補給物資を回収してどこかで野営を……」
「ああ、それならここから10分ほど行った所に小川があったはずだよ。小さな勇者様、もう少しだけ辛抱しておいてくれるかい?」
「……別に、我慢できるし」
僕達の会話に入ってきたサルマンに対するリコの態度は辛辣だ。イケメンのサルマンがまるでリコを口説こうとしているかのようなキザな言動を見せているから、そのことに警戒しているのかもしれないけど。
補給物資を箱単位でストレージへ放り込んでいた僕は、ミランダが興味深げな表情でこちらを事を見ていることに気が付いた。
「……何か?」
「いや、便利な魔法だと思っただけさ。でも収納できるなら荷車ごと放り込めば早いと思うんだけどね?」
「残念ながら、あまり大きいモノは出し入れできないんだ」
「へぇ、そうかい。ならさっきの武器みたいな、小さいものなら自由自在ってことだね?」
「ああ、まぁそうだね」
どうやらミランダはストレージに興味があるようだ。けど僕が彼女に伝えたストレージの制限については半分は正しく、半分は正しくない。
実のところ僕の持つチート能力、ストレージは内部の容量が無限に近いほど広大で、視認できるものであれば一度に纏めて収納することが可能だ。例えば巨大な岩石や馬車、果ては建物であっても。
これまでに僕がストレージを使って収納した最も大きなモノは「街道を塞ぐ無人の砦」で、おそらく視界に収めることさえ出来ればもっと大きなモノでも収納できると思う。
収納するモノのサイズは僕自身に何らかの影響を与えるわけでもなかったから、僕は召喚された異世界グレイランスでストレージを使って様々な事を行った。
魔王に対抗する軍に補給物資を独りで運んだり、収納した大岩を敵軍の上から降らせてみたり。
最初は地味なチート能力だと思っていたけど、使い方を工夫すればいくらでも応用が利く便利な能力だと理解した僕は、ストレージを乱用した。
けど、そこに落とし穴があった。
現実世界に帰還した後、女神のチート能力が世界のリソースを消耗させることを知った僕は、自身のストレージが出し入れする物品のサイズに応じて指数関数的に莫大なリソースを消耗していたことを初めて知った。
つまり僕が半ば面白半分にグレイランスで行ったストレージの乱用は、現実世界へ不必要な消耗を敷いていたことになる。
それを知ってからの僕は、大きなモノをストレージに収納することは極力避けるようにしている。
……既に消耗してしまったリソースの事を思えば、焼け石に水だけど。
そんなこともあって、僕は荷車をまるごとストレージへ収納することが「心理的に」できない。だからミランダへの回答は嘘ではない、ということになる。
魔物用の武具のような使い道のないものを除いた食料や消耗品の類いを収納し終えた僕達は、サルマンが言っていた少し先の小川を目指した。
オースティンとサルマンが先行して周囲の状況確認を行ってくれていたようだけど、どうやらこの近辺には魔物の類いはいないらしい。
「足の速い連中はさっさと逃げた後だろうし、足の遅い連中は我々の後ろで冒険者と戦っているだろうからね」
「魔物は夜間行軍するんじゃないのかい?」
「ユート殿、魔物と言っても我らとそう違う生き物では無いのですよ?」
「すまないね、僕はこの辺りのことには詳しくなくてね」
僕とサルマンが夕食の準備を進めながらそんな事を言っている間に、オースティンがそれぞれのテントを組み立ててくれている。
通常なら冒険者の野営は毛布を地面に敷いてそのまま寝ることが多く、雨が降るときには棒と防水布を使った軍幕を張るのが関の山だ。
けど今回ランドール王国が魔王討伐用に用意してくれた物資の中に簡易式の個人用テント――いわゆる現実世界で言うところのA型テントに近いもの――が含まれていたんだ。
もちろん防水布なんかと比べると嵩張る装備だからオースティン達はこれを不要と判断したのだけど、僕のストレージであればこの程度のモノは問題無く収納することが出来る。
僕個人は別に毛布一枚で地面にごろ寝しても問題はなかったのだけど、リコがテントがいいと言うのでそれならば……と5人分をストレージに入れて運んできた、という訳だ。
「立て終わりましたぞ。勇者殿のテントはこの中央で――」
「イヤ。リコはあっちの端っこ。お兄さんはその隣。おじさん達はあっち」
「……承知しました」
オースティンが提案したテントの割り当てをリコが一蹴している。まぁ、年頃の女の子的に、周囲を親しくもない男に囲まれるのは嫌悪感を感じるのは当然だろう。
けど、おじさん呼ばわりされて遠くのテントを指定されたオースティンは明らかに残念そうな表情を浮かべている。
……これまでもオースティンは言動の端々からリコに近づこうとしていたふしが伺える。もしかすると彼は実直そうな外見に反して幼児趣味だったりするのだろうか……?
リコの貞操を守るためにも、少し彼の行動は注視しておいた方がいいかもしれない。
「さぁ、食事が出来たよ。可愛い勇者ちゃん、お腹が空いてるだろう?」
「……その言い方、キモい」
「あはは……これは手厳しいね。さ、これを。一番美味しいところを切り分けておいたよ」
そう言えばサルマンも妙にリコとの距離を詰めようとしているようにも思える。
それが幼く可愛いリコに対する興味なのか、それとも勇者としてリコに対する関心なのか。リコに対して直接アプローチを掛けていないのはミランダだけだけど……。
出発前、ロロはこの「勇者パーティ」に魔王軍の間諜が潜り込んでいる可能性があると言っていた。
僕は未だリコがチートを使う所を確認出来ていない……いや、それ以前にリコのチート能力がなんなのかがすら不明な以上、この段階で魔王軍の手の者にリコを害させるわけにはいかない。
となれば誰が魔王軍の手先なのかを見極める必要があるけど、正直この3人はそれぞれが別の方向で怪しいと来ている。となれば、リコのチート使用を監視しつつ、パーティ全員に対しても均等に目を光らせておく必要がある訳だ。
当初想像していた方向とは異なる面倒さに頭を悩ませながらも、僕は食事を進める。と、相変わらず籠手をはめたまま食事をしていたリコが、食器を傍らに置くとぼそりと呟いた。
「……美味しくない」
「おや、そうですか?どれどれ……うーん、宮廷料理並の美味とまではいいませんが、野営の食事としては悪くないと思うのですが」
「そうねぇ……勇者ちゃんは舌が肥えてるんじゃない?」
「自分は、普段食べているものよりも美味しいと思う」
「……もういい。寝る」
リコはそう言うと食べかけの食事を置いてテントに引っ込んでしまった。同じモノを食べている僕の感想としては……可もなく不可もなくと言った所だろうか。
確かに日本人が食べ慣れた調味料を駆使した料理と比べると薄味で旨みは少ないけど、キャンプやBBQだと普通に出てくるレベルの料理だと思う。
まぁリコは母親から――冷凍や宅配とは言え――高級な食事を与えられていたそうだから、舌が肥えているというのは十分ありえることか。なにせ棒アイスよりも高級カップアイスの方がいいと言っていたぐらいだし。




