#12
眼前に敵軍が布陣している以上、既に物見台は不要と考えているのか、それともここを守る兵すら出陣させたのか。理由は不明ながらも無人となった場所に陣取り、僕は王都防衛戦の行く末を見守ることにした。
ただ問題があるとすれば……何故か僕の傍らに、ランドール王国の切り札であるはずの勇者リコが気楽な様子で座っているということだろうか。
結局王国軍はリコの姿が城門周辺にあることには気付きながらも彼女に声を掛けたり同行を求めたりしなかった。リコもリコで、呼ばれなかったことをいいことに王国軍には同行せず、ロロを伴い物見遊山気分で僕に付いてきている。
「うっわ~、魔物がうじゃうじゃいてキモ~い♡」
「……おい、ユート!どうするつもりだ!」
「にゃん、はいいのかい?」
「馬鹿か、お前!ここで勇者が出なければ私達も死ぬんだぞ!」
「大丈夫だよ、ロロ。リコは言ってたじゃないか。勝てそうならパスだって」
「どう見ても我が国が勝てる戦ではないだろうが!」
「だから、負けそうになったら出るつもりなんだと思うよ。ここからなら、戦況も見渡せるだろうしね」
脳天気に魔王軍の方を見ているリコの後ろ姿に視線をやり、ロロは深いため息を付くと、そうであることを切に願う、と小さな声で呟いた。
戦闘開始の狼煙を上げたのはどちらの軍だったのかは判らない。けど、陽が天頂に至たる直前に、両軍は激突した。
まず先制したのはランドール王国側の魔術士達が放った攻撃魔法だ。
砂煙を上げて突進してくるワーグ騎乗部隊に対し、ランドール軍の陣地から炎や氷、雷の魔法が雨あられと降り注ぐ。
術者のレベルがそう高くないのか範囲攻撃魔法の数は少ないけど、それでも相手の数が多いことから放たれた魔法の多くは魔王軍側に命中し、確実に突撃してくるワーグ騎兵の数を減らしている。
だがランドール王国側が優勢だったのはそこまでだった。ワーグ騎兵がランドール軍に到達した瞬間、戦線の一部が押し戻された。おそらく、民兵で構成された部隊が魔物の突進に恐怖して陣形を崩して締まったのだろう。
個々の戦闘において騎士や冒険者達は有利に戦ってはいるようだけど、防衛陣を構成する民兵が崩れてしまっては戦線が維持できない。これは思ったよりも早くランドーリアは陥落するかもしれないな……。
僕がそんな事を思っていた時だった。
「がはははは!遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは魔王軍四天王が一人、大地のグランバレス!人間よ、我が軍の前に屈するがいい!」
敵軍の前線中央に現れた巨大な人影が上げた大喝が、戦場の喧噪をものともせずに周囲に響き渡った。
身の丈4mほどもある大柄な鎧姿の武人は甲冑の隙間から見える肌の色が青銅色であるところから察するに、好意の魔族なのだろう。
名乗りの通り、あれが四天王の一角であるのなら……この戦争は確実にランドール側の敗北だ。なぜなら、グランバレスの出現によってただでも低かったランドール側の士気は壊滅的なまでに下がってしまったから。
「ね、お兄さん。もしかしてこれ、よわよわ王国軍は負けそうな感じ?」
「だろうね。あと1時間もすればランドーリアは陥落すると思うよ」
「え~、それ、ひどくない?」
「酷いことになるだろうね、きっと」
僕の言葉に、ロロは睨み殺さんばかりの勢いの視線をこちらに向けている。
けど、リコに対して大人の僕が何かを強制するのは逆効果だ。彼女の問いに対して、淡々と事実を告げることが、最も効果的――そう、ロロにとっても、僕にとっても――なのだから。
「しかたないなぁ。じゃあ、リコちょっと行ってくるから、よわよわお兄さんはここで見ててね♡」
「ああ、頼んだよ、勇者リコ。帰ってきたらアイスクリームを進呈するよ」
「わっ、やった~♡」
そう言うと、リコは物見台から戦場へと飛び出していった。
……やはりあの武具はただの武具ではない。
なにせ僕達が陣取っていた物見台から地表までは15m程あったにもかかわらず、リコはまるで階段を数段飛び降りるかのような気軽さで物見台から飛び降り、何事も無かったかのように前線――そしてグランバレスの方へ向かって走り出したのだ。
「……おい、ユート」
「なんだい、ロロ」
「おまえ、まさかと思うが……魔王軍の間諜じゃないだろうな」
「僕が魔王の手下なら、リコをここへ引き留めておくよ。それにランドーリアに潜伏していたスパイなら君と手下が既にあらかた捕らえたんだろ?」
「……」
ロロは目を細めて何も言わなったけど、その様子こそが僕の推測が正しかったことを物語っている。
ロロのような隠密は基本的にチームで活動する。なら現場責任者であるロロがいる場所に彼女の部下がいることは当然だし、その部下達が防諜対策にあたっているのは当然だろうからね。
だが、僕が今気にするべきはランドール王国の行く末じゃない。ストレージから取り出した探知の水晶を戦場に向け、僕はリコがチート能力を発揮する兆候を探る。
ロロはそんな僕の行動に眉をひそめながらも、何も言ってこない。おそらくは未知の部分が多い南方諸国とやらの儀式か何かだとでも思っているのだろう。
僕が見守る中、身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回しながら前線を突っ切ったリコが大地のグランバレスへと躍りかかる。
四天王をザコと罵りながら繰り出したリコの一撃は巨大な戦斧によって一度は止められるが、グランバレスがリコと打ち合えたのはその1合だけだった。
「四天王とか、だっさ~い♡そんなダサい名前名乗って、はずかしくないのぉ?」
「貴様!名誉ある我が称号を愚弄するか!」
嘲笑するリコに激昂したグランバレスは大ぶりな一撃を放とうとしたが、それは悪手だった。
なにせリコの一撃は重いだけでなく、鋭く、素早かったからだ。
斧を振りかぶったモーションで生じる一瞬の隙をついて、グランバレスの首を斬り落とせるほどに。
「ちょっろ〜い♡」
一撃でグランバレスを討ち取ったリコの鬨の声は全く締まらないものだったけど、それでも彼女の上げた功績は王国軍の士気を爆発的に高め、そして魔王軍を壊走に追い込むには十分だった。
「……どういうことなんだ……?」
「何を不審がる必要がある!あの勇者は本物だろうが!」
物見台の手すりにかぶりつきになったロロの尻尾はピンと立ち、耳は正面を向いている。……猫人族が猫と同じ反応を示すのなら、きっとロロは喜び興奮しているというところだろうか。
けど、僕はリコの活躍を単純に喜ぶことはできなかった。
なぜなら、リコの一撃は探知の水晶に何の影響も与えず、つまるところリコはこの戦いにおいてチートを使わなかったように見えたからだ。
もしリコが宣言通りチートを使わずに勝利できるのであれば何の問題も無い。
しかし先代勇者は魔王軍四天王のうち3体を倒して戦死したとロロは言っていた。その事実が示す武具の性能は、四天王の一角を瞬殺してみせたリコの戦いぶりと整合性がとれていないように思えた。
女神が与えるチートアイテムが転移者本人以外でも使用できるというケースは総合学部でも把握しているけど、本来の持ち主以上に使いこなしたという事例は確認されていない。
ならリコの戦闘能力は先代勇者と同じか、それ以下であるはずなのに……彼女の戦いぶりは魔王軍四天王を相手にして苦戦するようなレベルではなかった。
17年前に構成員の半数以上を失い、壊滅しかけた四天王の補充要員が弱かったのだろうか?
もちろんその可能性も捨てきれないけど……それ以上に可能性の高い仮説がある。
そう、僕が気づけない形でリコがチートを使っているという可能性だ。本来であれば四天王と互角に戦い得る程度でしかない武具の性能を引き出す、あるいは底上げする。そんな補助的な力をリコが使っている可能性は捨てきれない。
そう思うからこそ、僕はリコの活躍を喜ぶことはできなかった。
「よわよわお兄さ~ん、リコの活躍どうだった?」
「ああ、さすが勇者様だね。ロロも感動してたよ」
「しましたにゃ!」
城壁を軽々と乗り越えてきたリコは得意げにそう言った。僕の褒め言葉はお世辞に過ぎないけど、ロロの方はどうやら本気で感動しているようだ。
それもそうだろう。なにせリコの活躍が無ければ、彼女が仕えていた国は今頃滅びていたかもしれないのだから。
「お兄さん、約束のアイスは?」
「ちゃんとストレージの中にあるよ。けどリコ、鼻血が出てるようだよ?」
「え?……あ、ああ、ざこ四天王の鎧にぶつけたからかな~♡」
「勇者様、大丈夫ですかにゃ?お拭きしますにゃ!」
そういうとロロはお付きメイドらしく甲斐甲斐しい様子でリコの世話を始めた。まぁ鼻血といっても派手に出血している訳じゃないし、むしろごつい鎧に飛んだ四天王の返り血の方が目立つぐらいだし。
「あー、もう!疲れた~!お兄さん、早くアイス!」
「はいはい、お嬢様」
物見台に置かれた椅子にリコを座らせると、まるで子供のように足をバタつかせながら報酬を要求された。いや、彼女はまだ11歳だから、十分子供の範疇なんだけど。




