#10
少なくともランドール王国はすでにリコを先代のバックアップとして召喚している前科がある。
僕はロロの話を聞きながら、この世界を去る前にランドール王国が持つ召喚システムを破壊することを内心で決意した。
WROOOAARRR!!!
AWOOOOOOOO!!!
GRAAAAAAWR!!!
ロロとの会話が途切れた瞬間、再び城塞の外から魔物達の咆哮が聞こえた。ロロが眉をひそめながらも何も言わないところを見ると、どうやらこの咆哮は定時爆撃のように夜間に繰り返し行われていたのだろう。
「ロロ、あの声は3日目だといったよね?」
「ああ、そうだな。そろそろランドーリアの住民を代表して安眠妨害の苦情を入れにいかないといけない頃合いだ」
「その前に、そろそろ攻撃が始まるんじゃないかい?」
「……だろうな」
どうやらロロも気付いているようだ。連日の咆哮にリコが応じないとなれば焦れた魔王軍は直接的にリコの姿と実力を確認しに来るはず。そしてそのタイミングはそう遠くはないであろうことを。
ロロに聞きたい事はまだ沢山あったが、魔王軍の攻撃が間近に迫っている状況では休めるときに休んでおくべきだろう。
僕は戦闘に参加するつもりはないけど……続きの話は、王都防衛戦が終わってからということになった。
もし、そのときに王都が残っていれば、だけど……と僕は思ったけど、さすがにロロに面と向かってそんな事を言うわけにもいかなかった。
ロロが去った後、僕は1人天井を見上げながらリコの事を考えていた。
ロロが言っていたようにリコの戦闘能力が先代勇者が残したという武具由来のであれば、リコ本人が言っていたように本当にチートを使っていない可能性が出てくる。
もしそうだとしたら、リコは「信用」に値する人物であると評価を改める必要が出てくるだろう。
けどリコとロロの言葉だけを鵜呑みにするわけにはいかないから、実際にリコが戦っていることろを観察して、彼女の言葉が真実なのかどうかを確認する。
「もし彼女は嘘をついていないのであれば、僕はリコを現実世界に連れ戻すことが出来る。僕だって……リコが帰還してくれるなら、その方がいいに決まってるからね」
ふと内心が口に出てしまう。ただ気になることもないわけではない。リコが国王の依頼した魔王を討伐をなぜ了承し、日本への帰還が可能だと知ってなお討伐を続けようとしているのか……その理由が理解出来ない。
おそらくその理由は彼女が現実世界へ帰還する障害になりうるものである以上、リコの考えを正確に把握しておく必要はあるだろう。
ロロの話によれば、リコは召喚された直後、魔王討伐を求める王に対して皮肉交じりな態度で接しながらも最終的には「仕方ない」と言う理由で魔王討伐を引き受けたらしい。
事前の調査データによるリコの性格や家庭環境を踏まえれば……ネグレクトされていたリコは自己肯定感低く承認欲求の強い子供である可能性が高い。
もちろん僕は児童心理学に詳しい訳ではないから、あくまでも聞きかじった知識からの推測にはなるけど、親の愛情を受けずに育った子供は誰かに認められたいという強い欲求を持ちつつ、他人に頼るのが苦手だとされていたはず。
リコが学校で起こしていたトラブルの大半は教師への暴言や反抗、クラスメイトへの罵詈雑言のようなものだったと聞いている。
ロロが言っていた王への慇懃無礼な態度や、ロロ自身に対する試し行為のような言動も踏まえると、リコは他者との距離感を常に意識しているようにも思える。
彼女の一見するとメスガキ的にみえる小生意気な言動はおそらくネグレクトからの防衛行動のようなもので、そんな彼女なら――。
「他者に頼られるようなことがあれば、誰かから認められたいという思いで危険な魔王討伐でも引き受けかねない、か……」
もちろん、本来であればただの小学生女児でしかないリコが魔王を討伐することなんて不可能な話で、それは彼女だって判っているはず。
しかしリコにはかつて魔王四天王を複数討伐したという先代勇者の武具があり、未だ詳細は不明ながらも自身も女神によってチート能力を与えられている。
実際、リコはすでに魔物を討伐しているらしいし、自分の能力が十分通用すると考えているのであれば……魔王討伐を成し遂げたいと考えることは理解出来なくもない。
「なら、リコの帰還は魔王が討伐が前提条件になる、ってことか……」
ずいぶんとハードルの高い帰還条件になりそうだと思いながら、僕は考えることをやめ、目を閉じた――。
僕はこの時、自分がリコのことをある程度正しく分析できていると思っていた。
案件の後に学んだ児童心理学のテキスト的みれば、僕の解釈は間違ってなかったことは確かだ。けど、僕は……リコを取り巻く外的環境を見落としていた。
もちろん、このときの僕には「無知の知」が自分に欠けていたなんて、気づくことはできなかったのだけど。
翌朝、陽が昇ってすぐのタイミングでメイド服姿のロロが僕の部屋へやってきた。
「ユートさん。お食事の準備ができましたにゃ」
「ありがとう、ロロ。……っていうか、その話し方なんだ?」
「……仕方ないだろう、どこで勇者が見ているか判らないんだ。いいからさっさと来い。おそらく間もなく動きがあるぞ」
ベッドに座っていた僕に顔を寄せたロロは、小さいけどドスの効いた声でそう言うと、にっこり笑ってから部屋を出て行った。スカートから伸びる、毛先だけ白い黒い尻尾が激しく左右に振られている。
彼女が猫の獣人であることを踏まえれば……たぶん不機嫌なのだろう。いや、彼女も大変なんだな……。
ロロの後を付いて行った僕がたどり着いたのは、オープンテラスといえば聞こえはいいけど、要するに野外に設置された簡易食堂的な場所だった。
見ると周囲には武装した多数の男性と、少数だけど女性も混じっている。装備が均一ではない所を見ると傭兵か、冒険者か……。エセルニウム王国で見た使い捨ての義勇兵達よりは戦い慣れていそうだけど、統率の取れた部隊であるようには見えない、そんな人々だった。
「あそこに勇者様がいるにゃ」
「ありがとう、ロロ。あと語尾がにゃだと可愛いよ?」
「……お前、あとで覚えてろよ……にゃ」
僕のからかいに睨み付けるような目でこちらを見ながらも、取り繕うようにそう言ったロロは炊き出しを行っている他のメイド達の元へ歩いて行った。僕はそんなロロを見送り、リコの元へと向かう。
「おはよう、リコ」
「あれ~、お兄さん夜のうちに逃げなかったんだ~?魔物の遠吠えが怖くて逃げちゃったと思ってたのに♡」
『君を日本へ連れ戻さないといけないからね。逃げるわけにはいかないよ』
『ふ~ん、そうなんだ』
さすがにこの場で「勇者」をランドールから奪うような発言をする訳にもいかない。日本語でそう告げた僕に対して、リコもまた日本語でそう応じてきた。彼女は幼いけど機転は利くようだ。
ただ周囲に多数の冒険者だか傭兵だかがいる場で異世界の言葉を使って会話を続けるのは余計な注意を惹きかねない。なにせ周囲の人々は公然と……あるいは盗み見るように、リコを注目しているのだから。
なので僕はランドールの標準語に戻して会話を続ける。
「僕はリコの荷物持ちだからね。逃げるわけにはいかないよ。で、座ってもいいかい?」
「お兄さん、知り合いがいなくて寂しいんだ?小さな女の子にすりよるとか、ざこっぽ~い♡」
「はいはい。じゃあお邪魔するよ」
リコの煽りを聞きながしながら僕はリコの対面に腰を下ろした。
まだ早朝だと言うのにリコは昨夜と同じ完全武装した状態で、パンを持った手には鋭利な装飾が施された籠手をはめたままだ。いや、食べにくそうだし、いくらなんでも食事の際は外した方がいいんじゃないだろうか。
「それ、食べにくくないのかい?」
「だって『じょ~ざい』だから♡」
「確かに常在戦場なのはわかるけど……」
ロロが持ってきてくれたパンと湯気の出るシチューというやや物足りない朝食を口に運びながら、そんな事を言っていた時だった。
THOOM!!
地響きを伴うような、非常に重く巨大な衝撃音が辺りに響き渡った。方角は……城門の方だ!
周囲にいた傭兵達もそれぞれの獲物を手に席から立ち上がり、血の気が多そうな戦士連中は武器を手に城門へ向かって既に駆け出している。
一方でリコは大きな音に迷惑そうな顔をしながらも、普通にパンをかじっている。うん、昨夜の魔物の咆哮同様、リコは魔王軍の立てる物音を騒音としか思っていないらしい。
けど今の音は衝撃を伴っていた。つまりそれは物理的な破壊が行われたと言うことを意味している。
「リコ?見に行かないのかい?」
「食事中に立ち歩くのは駄目だって、いつもママが言ってるし」
「たしかにマナー的にはそうだけど……」
そんな会話をしている間にも、城門の方で誰かが大声で叫んでいるような声も微かに聞こえてきた。周囲にいた傭兵も大半がすでに移動し、炊き出しを行っていたメイド達が待避した頃になってロロが僕達の元へやってきた。
「勇者様、大変にゃ!四天王の1人が城壁を破壊したにゃ!」
「四天王……って、我らの中でも一番よわよわ♡っていうあれ?」
「最弱かどうかはわかりませんが、四天王です、にゃ!あれは大地のグランバレスにゃ!」
「うわ~、いかにもって感じ♡お兄さん、大地のなんとかって、埃っぽそうだよね♡」
「まあ大地を名乗るという事はパワータイプだろうし、さっきの音からすれば力任せに城壁を攻撃したっぽいね。現場は粉塵塗れだと思うよ」
「ぜ~ったい、行きたくない!」
僕の言葉にロロは睨み付けるような目でこちらを見てくる。いや、言いたい事は判る。ロロ的にはリコが城門へ向かうよう誘導したいのだろうし、僕にもその手伝いをしろと言いたいのだろう。




