#9
リコの護衛であるロロの目的はリコの身を守るというよりも、リコを無事に魔王の元まで送り届けるというものであるはず。それ故に、リコが連れ込んだ正体不明な人物――要するに僕だ――を尋問し、その正体と意図を確認するためにわざわざ夜中に忍んで来たのだろうから。
「僕が勇者リコと同郷だと言ったら、信じるかい?」
「馬鹿馬鹿しい。勇者のあの赤髪はこの世界では希少な異世界人の証とも言えるもの。対してお前のその黒髪は……この大陸では見かけないが、南方諸国では多いと聞く。……まさかと思うが、お前は南方諸国の手の者か?」
どうやらリコの赤毛はこの世界でも珍しいらしい。けどロロのおかげで僕は格好の偽装身分を手に入れることが出来そうだ。
南方諸国というのがどのようなところかは判らないけど、ロロがそう考えるならそれに乗るのが一番だろう。
「そう簡単に『はい』と答えると思うかい?」
「……なら、問いを替えよう。お前は何のために勇者に接触した?」
「言っただろう?勇者リコの手助けをするためさ。君も見たはずだ。僕の収納魔法を」
僕はそう言うと、ロロに突きつけたままにしてた精霊銃の銃口を振って見せた。
「……それは短筒の一種だな?やはりお前は南方諸国の……」
「まぁ、それはどうでもいいだろう?少なくとも僕には君と敵対する意図は無いから、君がこちらを攻撃しないと約束してくれるなら僕はこれを引っ込めるよ。そして君もその物騒な爪を下げてくれたら、互いに話がしやすくなるんじゃないかな」
「それを信じろと?」
「本気で君を害するつもりがあるなら、とうの昔に発砲してるよ。それに君だって僕を殺す事が本来の目的じゃ無いだろう?」
「それは……確かに道理か」
そう言うとロロは渋い表情のまま構えていた鉤手甲を下げた。もちろん装備を解除した訳じゃないから、いつでも振り上げることは出来るけど……まぁ、互いに武器を突きつけ合っているよりは幾分かマシだ。
僕は精霊銃をストレージにしまうと、ベッドサイドのオイルランプに火を灯す。
「それで、何の話だったかな?」
「しらばっくれるな。お前が何者で、何のために勇者に近づいたのかと聞いている」
「正体は君が察している通りだよ。目的だって既に言っただろう?勇者様の手助けをするためさ。なにせ魔王軍の侵攻は人類共通の懸念事項だ。大陸の人間だけの問題じゃないからね」
「……ふん。だがユートと言ったか?お前の認識は間違っている」
僕の言葉に、ロロは吐き捨てるようにそう言った。僕の状況分析が間違っている?
もしそうだとすれば……おそらくこのランドール王国を取り巻く列強三国の動向に関するものだろう。
「列強の動きが一枚岩じゃないってことかい?」
「さすがにその程度のことは知っていたか。その通りだ。まだどの国かは判らんが……どうやら魔王軍に内通している阿呆がいるらしい」
「それは重大情報だね?でも仮にも4国は大要塞とやらで共闘しているんだろう?」
「その大要塞がああも簡単に陥落したのだぞ?内通者でもいないかぎり、あそこまで早く落ちることは考えられん」
現在魔王軍の侵攻に直面しているランドール王国内に魔王の手の者が紛れているのかと思ったけど、隣接する列強三国がパワーバランスを崩して自国だけが生き延びるために魔王と手を組んだ……というのは有り得る話だ。
もっとも、魔王側に人間と取り引きを行うメリットがあるのかどうかは謎だけど。
「なるほど。で、僕にその疑惑を語った理由を聞いてもいいかい?」
「少なくともお前はミリアルドでもリンウッドでもマーテウスでもない。そして言うまでもなく、私が知らないということはランドールの者でもない」
「それで?」
「お前は盤上に現れたイレギュラーだ。少なくとも私の訪問を退ける程度の力はあるようだし、連中の動きを牽制するのに使えると判断した。どうだ、勇者を助けるというのなら、私に手を貸す気は無いか?]
「僕としては構わないけど、君はそれでいいのかい?ついさっきまで疑っていた相手だと思うけど」
「どうせ周りは全て信用できないことが判っている連中ばかりだ。なら、不確定要素の方がまだマシだ。それに――」
少し諦念を感じさせる口調でそういったロロは、一旦言葉を切りため息を付いてから続けた。
「あの勇者もお前には何故か懐いていることだしな」
「あれで懐いてるって言えるのか……?」
「何を言う。あの勇者は相手が王であろうが将軍であろうが、常に皮肉交じりの慇懃無礼だぞ?私だって10日ほとさんざん振り回されたあげく、ようやく多少は受け入れられるよつになったというのに……お前はどうだ」
「小馬鹿にされているように思うけどね?」
「……私には、勇者が親しみを込めているように思えるがな」
そう言うものなんだろうか?僕的にはリコはいわゆるメスガキと呼ばれるタイプの、男性をからかって喜んでいる性格の女の子だと思っていたのだけど。
まぁ以前太郎が言っていたメスガキモノの創作では彼女達が煽ってからかうのはザコっぽい男性だと言っていたから、モブである僕はリコにとって格好の玩具なのかもしれないが。
いや、そんな事よりもロロにはいくつか確認することがあった。
「ところでロロ、僕を列強国への牽制用にリコの側に置くっていう話だけど、君の一存で決めてもいいのかい?王様とか、将軍とか、決定権のある人に確認とかは……」
「それは心配無用だ。勇者の件は現場責任者である私に一任されている。どうせ私以外の者では勇者とまともに意思疎通も出来ないしな」
「責任者……?そんなに若いのに?」
僕の言葉にロロは心底呆れたという表情を浮かべた後、長くため息をついた。
「お前な……。いやお前は猫人族の事を知らないんだったな。お前の目には私が子供に見えるのかもしれないが、私はとしてはとうの昔に成人しているぞ。なんなら既にあの勇者の3倍は生きている」
「3倍ってことは……三十路過ぎ?嘘だろ……」
「猫人族は成人すれば以降は外見は殆ど変わらないからな」
「……なら、三十過ぎなのに語尾に『にゃ』とか付けてのかい?」
「うるさい!あれは勇者が『ネコミミメイドなら語尾はにゃだよね』と言うから仕方なくだな……」
どうやらあの不自然な語尾はキャラ造りではなく、リコの我が儘を受け入れるためのご機嫌取りだったらしい。どうやら僕が想像していた以上にロロはリコに振り回されているようだ。
少し不機嫌そうな表情で僕を睨み付けているロロを見ていると思わず笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ改めてよろしく、ロロ。僕の名前はユート、ユート・キサラギだ」
「ロロティーナ・フェリスだ」
手を差し出した僕に応えるように、ロロは軽くスナップを効かせて手首を振る。と、展開していた鉤爪が手甲側に折りたたまれ……獣毛に覆われた彼女の素手が現れた。
まるで手袋のようだと思いながら握ったロロの手は、とても温かかった。
その後、僕はロロから勇者としてのリコについていくつかの話を聞いた。まずリコの持つチート能力はロロも、ランドール王国の関係者も知らないということ。
ならリコの戦闘力が未知数なのではないかと問うた僕に、ロロは頭を振って言った。
「勇者は勇者の武具を装備している。試すまでも無く、アレは強い」
「あの黒い鎧かい?あれはリコが持ち込んだものだろ?」
「いや、違うぞ。あれは17年前の魔王軍侵攻時に勇者が身につけていたものだ」
「……17年前?そう言えばリコが先代の勇者がどうとかって言ってたけど。もしかして先代の勇者も異世界から召喚されたのかい?」
「ああ、そうだ。あの武具を身につけ魔王軍四天王のうち3体を1人で撃破する活躍を見せた。残念ながら、魔王を討つ前に戦死してしまったが……。それでも連中を魔王領まで押し戻すことが出来た」
「じゃあリコの装備は先代勇者の遺品なのか……。でもあの鎧、どうみても子供サイズだけど」
僕の言葉に、ロロは肩をすくめて言った。
「ああ、そうだな。なにせ先代の勇者も子供だったからな。本人は大人だと主張していたが」
「ロロは先代勇者と面識があるのかい?」
「親しかった訳ではないが、会った事はあるし話した事もある。見た目は子供だったが、言動は大人……というよりもおっさんだったがな」
ロロの言葉に僕は思案する。先代の勇者というのが異世界人だったとすれば、身につけていた武具は女神に与えられたチート品である可能性も高い。
もしそうだとしたら、あの武具はどこかの世界からリソースを奪って力を発揮している可能性がある。ならその奪取元は先代勇者が暮らしていた世界だとすれば……僕が持っている探知の水晶に反応が無いことも頷ける。
そして先代勇者が異世界人であるなら、人間種族以外である可能性も視野に入れるべきだろう。例えばドワーフやハーフリングのような背の低い種族は見方によっては人間種族の子供に見えなくもない、か。
「もしかしてだけど、リコがこの世界へ呼ばれた理由って、先代勇者の武具が前提になっているのかい?」
「王国の歴史によれば過去にも何度か勇者召喚が行われたと記されているけど、四天王を複数討伐したのは先代が初めてだからな。先代が残した力を活用しようと王が判断されるのは当然だろう」
なにを当たり前の事を、と言わんばかりの表情でロロはそう言った。
総合学部の持つデータによれば異世界で行われる勇者召喚は召喚される対象が完全ランダムな場合もあれば、ある程度対象を指定できる世界もあるとされていた。
となればこのランドール王国は少なくとも召喚する勇者を小柄な人間と指定できる程度の召喚精度は持ち合わせているということか。
……それは僕達総合学部にとってはあまり好ましいことではない。もし仮にリコが魔王を討伐するか、もしくは途中で力尽きるような事があれば……彼女の「バックアップ」として次回の召喚時に「リコと同じ世界の子供」が勇者として指定される可能性が考えられるからだ。




