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特別潜入調査室

 サキチは調査室ルームのロッカーに荷物を入れて部屋に入った。いつものようにがらんとしていたが、とりわけ解析班の人数が多い。サキチは挨拶をして通り過ぎる。ミッションの解析に集中していて返事はなかった。解析班は変わり者が多いと聞いていたので、返事がなくてもそんなものだろうとサキチは思っていた。

 ダイバー班の席に向かうと既にピナがタブレットで資料に目を通していた。

「あっ!」

「ヤッホー、サキチ先輩。これ、見て下さい。私も正式な夢乃調査室メンバーです!」

 ピナはネックストラップのIDパスをズンと見せつけて来た。

「そりゃぁ、良かったな。って、近いな」

 サキチは名前のところだけはしっかり確認すると、ピナと書かれていた。

「昨日の今日で、二日連続で会うとはな」

「学生の時間パターンは、だいたい一緒だから仕方ないじゃないですか。実は、私、これからミッションなんです。かなり緊張してます」

「ヘッドホンつけたら、緊張のことなんて忘れるよ。ぐっすり眠れ」

「それ、どういう意味ですか?」

「ピナさん、そろそろミッションの時間なのでオペレーションルームに移動しましょう」

 ピナの元へやってきたのは、ピナの担当・マネージメント班の堀早絵子。入社してまだ二年の若手。少し遅れてみさ希も姿を現した。

「はい! 行ってきます、先輩! うわっ!」

「……」

 ピナは歩み出すとイスにつまづいた。緊張でまったく周りが見えていないな。

「サキチ君。例のミッション前に話があるわ。ミーティングルームに行きましょう」

「はい。ピナのやつ、もうミッションで大丈夫ですか?」

「人の心配より、自分のミッションに集中して――」

「……」

 サキチはみさ希の一言でピンと背筋が伸びた。言われなくても、とは言い返せなかったサキチ。

「――と、言ってみたものの心配よね?」

「えっ?」

「彼女、ピナさん」

「まぁ……」

「大丈夫よ、堀がマネージメントしてくれる。それに私と時田さんが即決した人材だから。少しでもダイバーが必要でね。クラス1―二年未満の依頼はすでに待ちが出ているほど。クラス難度が高い依頼もこれからはクリアして行かないといけない。早く成長して欲しいのよ。サキチ君もね。ダイバーには期限があるから」

「使える時に使っておかないと、ってことですね」

 サキチは冗談で言った。

「ごめんなさいね、大人の事情で」

「……」

「でも、おかげ様でサービス利用度は右肩上がりらしいから。もう少ししたら、もっと懐が暖かくなるわよ。運営室では対応の嵐で嬉しい悲鳴が響いているけど」

 ミーティングルームに入るとすでにメンバーはそろっていた。社長の志磨、時田とその部下二人、そして、ジャージ姿のメガネ女子。サキチはいっきに緊張する。

「お待たせしました、社長」

「これで全員そろったな。話は伝わっていると思うが今回のミッションは夢乃調査室を立ち上げて依頼のクラスS難度の潜入ミッション。ここにいる各室の精鋭メンバーで遂行してもらう。ここに特別潜入調査室時田組を結成する。リーダーは時田君だ。――以上だ。あとは彼の指示に従って進めて欲しい」

 志磨はそう言い残して部屋を出て行った。それに対して誰も何も言わなかった。サキチはてっきり私情を持ち込んだ志磨を筆頭にミッションを進めるものだと思っていた。それを全て人任せとは、いささか腑に落ちない気持ちもあった。しかし、それはすぐに難易度の高いミッションの重圧に飲み込まれた。

 すると、時田が立ち上げる。

「もうすぐミッションの時間だから、細かい挨拶はなし。今回、潜入する夢は工藤春香さん三十四才。取り戻したい記憶というのが、十年前に亡くなられたお姉さんのロケットペンダント―写真を入れておくやつね。それがどこにあるか」

 そういいながらメンバーはタブレット端末を見ながら時田の話を聞いていた。

 工藤春香(旧姓・小山)が高校二年の時、家族旅行に行った先で姉の綾香とテニスをした。その際、綾香が首にしていたペンダントを春香の鞄に入れて預けていたというところまでは記憶している。それ以降、綾香に返したのかすら覚えていない。ペンダントの行方について綾香とは、言い争いになることもしばしばあったらしい。結局、ペンダントはどこに行ったのかわからず、姉の綾香は二十八才という若さで、不慮の事故で命を亡くした。

 それから十年。春香は結婚をし、子供二人にも恵まれた。けれど、綾香のペンダントをどうしてしまったのか。今までずっと心のわだかまりとして残っていた。

〈だいぶ時間がかかってますね〉

「まだモニターでそっちを表示できていない。恐ろしいほど3Dシステムが苦戦しているようだ」

 オペレーションルームの時田が焦っていた。

 サキチは春香の夢の中で、スレートを見ていた。そこに表示されている夢の解析進行バーの進み具合は、いつもより何倍も遅い。記憶の曖昧さが3Dシステムの解析を迷わせているのか。サキチは周囲を見回した。

 高い柵で囲まれたテニスコートにサキチは立っている。柵の向こうは、靄がかかったようにかすんでいて何があるのかまったく分からない。世界を完全に再現できていないのか。これが古すぎる記憶の夢か……。それにアトラクタの箱が見当たらない。

 解析進行バーが一〇〇%に達してバーの表示が消えた。しかし、モニターにサキチのいる夢世界が表示されなかった。

「まさか、こんな状況があり得るなんて」

 時田以外、言葉を発するものはいなかった。

「サキチ君、聞こえるかい?」

〈はい、聞こえています〉

「音声は大丈夫か。情報量が少ない分リンクはしているか……。サキチ君。こっちでモニターできていないんだ。そっちで何か気づいたことはあるかい?」

〈そうですね。やっと、アトラクタの箱が出現したんですけど……〉

「それがどうかしたかい?」

〈おそらくアトラクタの箱は二つ以上、存在すると思います。目の前にあるのはマスターボックスじゃないです〉

 テニスコートの真ん中に鎮座する黒いアトラクタの箱の上を手でなぞったサキチ。リコールを乗せるための溝がなく、真っ平らだった。

「他には?」

 オペレーションルームは静まり帰っている。時田とサキチの声、システムの動作音だけが耳に届く。

〈鍵の手がかりが全くないです。笑っちゃうくらい。フィールドはテニスコート一面。それにアトラクタの箱があるだけで、テニスボール一つ落ちてない〉

 時田を始め、これはお手上げだなと思わせるように嘆息をもらした。みさ希は他に手だてがないのかと頭の中を巡らせたが、何も思いつかないでいた。

「時田さん。ハル・レゾナンツの信号を強めてはどうでしょうかね? そうすれば、流れる情報量も多くなります……」

 重苦しい空気を突き破ったのは、ジャージ姿のメガネ女子・山寺友紀(調査室解析班所属)だった。

「確かにね、友紀ちゃん。でも、それは二人の脳に負荷がかかる」

「もう少し情報が手に入れば、ユメミンバージョンⅡで解析できると思うのですよ」

「しかし、あれはまだベータ版だったはずでは?」

「ベータ版ですが、版数で見定めてもらっちゃ困りますぜ。ユメミンバージョンⅡを」

〈とりあえず、俺のハル・レゾナンツだけ強くしてください。それだったら、問題ないでしょ〉

「そうだが……。わかった。サキチ君の身が危険と判断したら、そこでストップするから」

〈お願いします!〉

「友紀ちゃん、ユメミンの準備は?」

「すでに走らせていますよ。いつでも流せ込めますぜ!」

「ハル・レゾナンツ信号を五%増幅」

 時田はコードを打った。

〈クッ!〉

 サキチは頭に少し違和感を覚えた。頭の中で何かが走り回っているようで、頭痛はなく平衡感覚を失うように気持ちが悪かった。

「サキチ君、大丈夫か?」

〈大丈夫です。今まで見えていなかった景色が少しずつ広がって行きます〉

 するとモニターにノイズを走らせながらも夢世界が映し出された。テニスコートに立っているサキチがスレートを見ている。

〈これって! 時田さん、そっちでも確認して下さい。ピースの数を……〉

「ピースの数?」

 オペレーションルームのメンバーはモニターに表示されたバズルのピースアイコンの数を確かめた。

「「「 三つ! 」」」

 一斉に声が上がる。

「これりゃぁ、悲報だよ。フィールド数も三つですぜ。各フィールドでアトラクタの箱を一つずつ開けてピースを集める必要がある。ククク、解析しがいがあるねー」

 友紀は、妙に楽しそうだった。

「前代未聞だわ。一フィールドで二つのアトラクタの箱を開ける潜入ミッションはあったけど、三つなんて……」

 みさ希は正直、システムエラーを疑ってしまいたいくらいだった。モニターに目を移したとき気になる速さで数字が減って行っている。

「ちょっと、潜入時間の残り時間が尋常ない速さで減っているわよ!」

「そうか。ハル・レゾナンツ値に負荷がかかり過ぎているんだ。脳内の血流や脳波を分析して異常きたさない時間を逆算して潜入時間は平均して九十分がリミット。今、増幅させているから普段以上に潜入時間が短くなっているんだ」

「一回の潜入で、できるだけ箱を開けてピースは回収しておきたいのに……」

 サキチは意識を集中して、鍵の在り処の手がかりになるものを探そうして、一歩足を踏み出した。瞬時に潜入時間が激減した。もう一歩踏み出すと、サキチは片膝をつき、しゃがみ込んでしまった。さらに、潜入時間が短縮される。

〈ハァー、ハァー、ハァー……〉

 走ったわけでもないのに異常なほどの息切れしているサキチ。くっそー、どうなってるんだ。負荷をかけたことが原因か……。

 サキチはそれでも顔を上げて、辺りを見回す。サキチの目に映る景色はすでにかすみがかっていた。少しでもなにか鍵の手がかりになるものを――。

「サキチ君!!!」

 みさ希が叫ぶと同時に残りの潜入時間は、『0』になっていた。

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