青春の期待
本日の授業の終わりを告げる最後のチャイムが学校中に響く。サキチは授業にまったく集中できなかった。昨日、了承した新しい潜入ミッションのことばかり考えていた。十年以上も前の記憶。その夢世界。想像しても想像つかない。果たしてダイブできるのか……。
帰り支度をしていたサキチのクラスに勢い良く、かつ、騒がしく入ってくる坊主頭の男子生徒。クラスの生徒もこれには慣れている。
「なぁ、サキチ! 甲子園という熱き高校の青春に向かって一緒にバットを振ろうぜ!」
阿部暁夫。野球部副部長で、サキチとは一年の時、クラスが一緒だった熱血野球坊主。
「毎週毎週、勧誘しに来るなよ。何度も断ってるだろ。暑いし埃っぽいし」
サキチは興味ないように言う。
「俺は忘れられないんだ。体育の授業でやったソフトボールの試合。あの時に見せたサキチのスウィング。野球でも通用する一振りを持っている。俺が言ってるんだから間違いない!」
暁夫はガッツポーズを決めていたが、誰もその姿を見ている者はいなかった。毎度、褒めて褒めてサキチを口説き落とそうとしているが、一度も成功していない。暁夫は部活の時間が迫ってその場を去って行く。
「断り方にも色々あるでしょ。彼にはいつも冷たいのね、サキチ君は」
近くの席で聞き耳を立てていたバドミントン部の三上千帆が突っ込みを入れて来た。学年でもかなりのクール系女子。
「えぇ、三上ほどじゃないと思うけど」
「じゃ、うちはどうよ? 駄目もとで」
サキチの前の席の鈴村隼人が冗談めいて話に割り込んで来た。
「そうだな、芝生でできるなら考えておくよ」
「お、マジ? 部長にマジ相談してみるわ」
「馬鹿でしょ、鈴村。弱小サッカー部が部長の権限でどうにかなる訳ないでしょ。ましてや、芝生なんて」
すかさず三上の突っ込みが入った。
「確かにな」
サキチはそのやり取りに笑った。
「じゃぁさ、埃っぽくない体育館で、男子だけじゃなく女子部員もいるバドミントン部だったら入る?」
三上が問うた。あの三上が色香をつかってくるのか。
「女子がいるのは悪くない。でも、その女子が三上じゃな」
「他にもいるわよっ!」
「そろそろ……」
サキチは鞄を肩にかけた。
「今日もバイトなの?」
「まぁな」
「少しは学生らしく青春したらどうなの。あんなに期待されているんだし」
「青春かぁ。悪くない。でも、どんなに期待されても俺の体は一つだから……」
「なにそれ? まぁ、いいけど。それより昨日の夜、女子と歩いていたって聞いたんだけど。本当?」
サキチはぎくっとした。いや、焦る必要はない。ピナと歩いていたくらい。
「バイトの後輩だよ。昨日新しく入ってきて、たまたま同じ時間に帰ることになって、たまたま同じ方向だっただけだ。それじゃな」
「そう」
サキチはさっさとその場から退散した。




