ミッション「子供時代のアルバムはどこに」
3Dシステムの夢の解析進行バーが100%に達すると、パズルのピースがモニターに一つ表示された。画面の中――夢の中にいるサキチは腰のケースからタブレット型端末(通称:D・スレート)を取り出し同じく解析結果とピースの数を確認している。その端末はヘッドホンの後方から背中側に伸びる細いケーブルでつながっている。
「サキチ君、事前レポートにも書いたけど、予想通りピースは一つだ」
〈スレートで俺も確認した〉
「目の前のアトラクタの箱に入ってるみたいだね。箱を開ける鍵を探そう」
サキチは黒い箱――アトラクタの箱を観察した。正面に鍵穴が一つあるだけだった。
〈開けて入ってなかったら泣きますよ。いままでそんなことは一度もありませんでしたけど〉
サキチはそう言って、スタジオ内を探し始めた。
「何をしているんですか?」
ピナが問うた。
「まずこのミッションについてね。依頼者の女性がなくしてしまった記憶というのは、自分の子供時代の写真アルバムがどこにあるのか、というもの。二年ほど前に依頼者は結婚して、ご実家を出る際持って出ていったそうだがどこを探しても見つけられず、どうしても思い出せずに調査室に依頼があった」
みさ希は持っていた資料を見ながら伝えた。そして、夢の中を映し出しているモニターを指差す。
「あの黒い箱。記憶の中の何かを思い出す状態はアトラクタ状態と呼ばれていて、3Dシステムは『アトラクタの箱』として具現化しているの。そのアトラクタの箱の中にバズルのピースとして具現化された記憶の断片が入っている。ダイバーがそれを取り出して今までの記憶とつなぎ合わせることで依頼者の記憶が復活します」
「もう、次元の違う世界ですね」
「同感ね。本当に3Dシステム様様よ」
「でも、アトラクタの箱を開けるのに鍵が必要で、記憶の断片のピースも集めないといけないって、かなり手間じゃないですか。もし、自分で鍵を見つけられれば……」
ピナがそう問うと、時田は唇をキッと締め、みさ希は痛い所を突かれたように苦笑いをする。
「そうよね。鍵を自分で見つけることができれば、人は記憶を忘れない動物になれたのかもしれないわね。でも、人はそういうふうには作られていない。時に忘れることも必要。人が生きていく上で、都合がいいこともあるのよ……きっと」
「でも、アトラクタの箱を開ける鍵は、脳からの潜在的な記憶の信号を3Dシステムが具現化しているんだ。人の体や心は複雑で、でも神秘的。一筋縄で解決できるものでもないんだ。まだね。だから開発室は日夜、研究している。いずれダイバーが必要なくなる時が来てしまうかも」
時田は冗談ぽく笑った。
「せっかく夢の中に入れると思ったのに」
「平気だよ。今すぐには実現しないから」
「なんだ。良かった。あっ、鍵が見つけられなかったら記憶は復活しないってことですよね? あの箱、壊せないんですかね?」
「壊したら、思い出そうとしている状態をなかったことにしているのと同じよ。もし、壊せたらの話だけど。とても丈夫で壊せないわ」
みさ希が答えた。
「そうなんですね。鍵を見つけるしか方法はないんですね」
「そうよ。あと、夢の中の潜入時間は九十分。その間に鍵を見つけて記憶を復活させないとミッション失敗よ」
「えぇ、そんな時間制限が……」
ピナはがっくりとうなだれた。モニターの隅にはタイムアウトまでの時間が表示されていた。
「制限はそれだけじゃないのよ」
「えぇーっ、まだあるんですか?」
「夢の中へ持って行ける物についてね。今、モニターの端にアイテムアイコンが二つあるでしょ」
「はい。ハンマーとナイフですか?」
「そう。あれは、現実世界から夢の中に持って行っているもの。実際には、ハンマーやナイフを眠る前にイメージして夢の中で具現化させているのだけど」
「夢の世界にあるものは自由に使えるんですよね?」
「えぇ。普通に使えるわ」
みさ希の答えを聞いて、ピナは一安心した。
「持って行く数は少なく、実用性が高くて構造が単純な物が理想よ。たとえば時計のような複雑な機械ものは具現化が難しくなる」
「でも、サキチ君、ヘッドホンしてスレートを持っているじゃないですか。あれは……」
ピナがモニターに映るサキチを指差した。サキチがスタジオ内を探している様子が映っている。
「ヘッドホンやスレートは、3Dシステムにデフォルトでプログラムされているから、ダイブすれば何もイメージしなくても平気なんだ。でも、たくさんのアイテムをシステムに組み込んでしまうとヘッドホンを通じて脳への情報量が多くなり、ダイバーに負荷を掛けることになる。そうなるとハル・レゾナンツに影響を与えかねない。ハル・レゾナンツ値が下がるとダイブできなくなるからね」
時田がシステムを操作しながら雄弁に答えた。
〈スタジオ内を一通り探したけど、物陰や機材の箱の中はなかった〉
サキチがそう言うと、ピナはやっぱり簡単には見つけられないんだなと不安を感じ始めた。
――本当に私でもできるのかなぁ。
「二年ほど前の記憶よ。目で見てわかる所にはないと思うわよ。近い記憶ではあるけど、依頼者はなかなか思い出せないということは、気づきにくいところにあるのかもしれないわ」
みさ希がまた資料に目を通して、モニターの夢世界を観察し始めた。
〈気づきにくいところ……もしかして……〉
サキチはスクリーンの裏へ移動した。
〈これが怪しいな〉
オペレーションルームにサキチの声は届いているが、スクリーンの後ろにいるためモニターにその姿はない。
「時田さん」
「はいはい」
みさ希に急かされて時田は、モニターに映るアングルをスタジオの全体の風景から、カメラを移動させるようにしてスクリーンの後ろへ回り込ませた。そこでまたサキチが映し出される。壁とスクリーンの間に布袋がいくつか置いてあった。
「照明の三脚を固定しておく砂の錘だね」
サキチはナイフを既に具現化して手に持っていた。そして、布袋に刺して中の砂を出す。砂以外、何も出てこない。すぐにサキチは別の錘に穴を空けて砂を取り出すと、砂と一緒に鍵が一つ出て来た。
〈鍵、見つけました!〉
「良かったぁ!」
ピナは自分のミッションではなかったが、ホッと肩をなで下ろした。
「ピナさん。まだ、終わってないわよ。まだこの後も仕事があるのよ」
みさ希に言われて、ピナはもう一度モニターの中のサキチに視線を向ける。サキチはアトラクタの箱の鍵穴に鍵を差し込み、回転させた。心地よい抵抗感とともにガチャリと解錠され、アトラクタの箱が開いた。すると中には、光りを放つパズルのピースが一つあった。サキチは手を伸ばし、ピースをつかむと、スレートの上にそれを置いた。
また3Dシステムの解析進行バーがぐんぐん伸びて行く。
「これは何をしてるんですか?」
ピナが聞いた。
「ピース、記憶の断片と今までの記憶をつなぎ合わせているの」
みさ希がそう答えると同時に、進行バーが100%に達した。すると、スレートの上に置いてあったピースが光り輝く円盤に姿を変えた。
「形が変わった!」
「そう。あれが依頼者が思い出そうとしていた記憶よ。私たちはあれを『リコール』とよんでいるわ」
「リコール……」
ピナはモニターの中から光放つ円盤状のリコールに魅入っていた。
「きれい。あれが人の記憶なんですね。素敵!」
サキチはそれを手に持ち、リコールを顔の前まで持って来た。光の中に記憶が描かれていた。
〈なるほどね。アルバムの在り処は大きな本棚の裏だ。積みかねておいて落ちてしまったのかもしれませんね。まっ、これでミッションは終わりだ〉
サキチはリコールをアトラクタの箱の上に置いた。そこは円盤状のリコールがピタッリとはまる型、溝が掘られている。そして、リコールの光はさらに強くなり、スタジオの天井を貫くようにいっきに一閃の光を打ち放った。まるで閃きを得た時のように、脳内を駆け巡る衝撃のごとく。
「これで依頼者の記憶は復活しているはずよ。サキチ君。ご苦労様!」
みさ希がモニターの中のサキチに言った。
時田は3Dシステムを操作すると、夢の中のモニターは暗転し、活発に動いていたグラフも元気をなくしたかのように動きが止まっていた。
ガラス一枚向こうのサキチが目を覚まして起き上がった。何事もなかったようにオペレーションルームに戻ってくると、
「サキチ先輩、お疲れ様でした。さすがですね! どこに鍵があるかなんてさっぱり見当もつきませんでした」
ピナが駆け寄った。
「慣れれば難しくもないさ。それに俺一人で探しているわけじゃない。時田さんのようなオペレーターもいるし、マネージメントさんもいる。難解な夢の場合、解析班も参加してくれるから、見習いダイバーでも問題ないと思うぜ」
「はい、頑張ります!」
「ピナさん、次回から一緒に頑張りましょう。サキチ君、今日のミッションは以上ね。で、このあと私と一緒に社長ルームへ」
みさ希はオペレーションルームのドアを開けながら伝えた。
「はっ、はい……」
――えっ、社長ルームに呼び出し? 俺、何かしでかしたのか。いや、そんなことはないはず……。
「クビですかね?」
ピナが笑顔で言った。
「まさか!」
サキチはミッションクリアの高揚感を一瞬にしてひっくり返された。得体の知れない不安が包み込む。
「あっ、ピナさんには正式な入室書類を書いてもらいたいの。調査室で渡すわね。今日、それ書いたらあがっていいから」
と、みさ希は足早に一人調査室へ向かって行った。




