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偽られた記憶

 工藤春香は、実家の姉の部屋にいた。

 春香の姉・綾香は今から十年前に死んでいる。その五年前に結婚してこの家を出て行ったが、必要なものだけを持って行ったのでほとんどは部屋に置いてあった。それが今でも当時のままにされているが、まるでまだ本人が生活しているかのようにきれいなままだ。

 ベッドに腰かけている春香の手に、ロケットペンダントが握られている。先日、今は使われていない隣の自分の部屋で見つかった。今となっては、それは綾香の形見となってしまっていた。

 春香はそのペンダントをずっと見つめていると、昔、綾香に手渡された記憶をふと思い出した。

 今から十七年前、春香は十七歳で高校でテニス部に所属していた。県大会でも優勝、上位入賞するほどの実力があった。その頃のトロフィーがまだ隣の部屋に飾られている。

 その年の夏休みに家族で旅行に行った際、ホテルに併設されたテニスコートで姉・綾香とテニスをした。綾香に勉強の才能をすべて持って行かれたと春香は内心思っていたので、テニスで姉を見返したかった。大学三年の姉と一緒にテニスで勝負できる絶好の機会になった。無論、お遊びでやるつもりだった。

 ラケットを握る前に、コート脇にあるベンチで綾香は、いつも首にしているロケットペンダントを運動の邪魔になると春香に手渡し、預かっておくように言った。春香は自分のテニス道具類が入ったカバンに入れた。

 何度かそのペンダントに入れられた写真を見たことがある。大学に入学してからすぐに付き合い始めた人と撮った写真だった。いつも綾香は身につけていることが多い。それだけ彼のことを思っていたに違いないが、綾香はあまり家で彼の話をすることはなかった。二つ年上の先輩で、研究室が一緒になったのがきっかけで、綾香が猛アタックをかけて付き合うことになった。しかし、彼は最初見向きもしなかった。女性より、勉学や目の前の研究に没頭していて、振り向かせるのに苦労したと、春香は聞いたことがあった。

 研究室内では、綾香との交際が始まってから彼の顔色が良くなったという。それは綾香がタイミングをはからい、熱中モードの彼を研究から遠ざけていたことが良かったらしい。一足先に大学を卒業した彼は研究機関に就職し、綾香の卒業を待ってから二人はすぐに結婚した。

 その時、最後となる大きな喧嘩を春香と綾香はした。一方的に怒っていたのは綾香の方だったが、春香もどうしようもないと食ってかかっていた。夏休みの旅行の際、テニスをする前に春香に預けたロケットペンダントがなくなったからだ。テニスが終わった後、入れておいたはずのカバンにはペンダントはなく、周囲を探しまわったがとうとう見つけることはできなかった。

 春香は、その時も激しい喧嘩になったことを記憶していた。せっかくの旅行が台無しになった気分だったと思いだした。

 あれ以来、綾香はペンダントのことは言ってこなくなった。春香もずっと忘れていたが、綾香が死んだ時、後悔の念のごとく失くしたペンダントのことを思い出し、頭から離れなかった。綾香が死んだ直後、もう一度ペンダントを探したが見つけることはできなかったことを春香は記憶している。

 ――本当は、その前に見つけていたんだよね。付き合い始めた彼と同居する時、部屋の片付けをしている時に。お姉ちゃんが結婚して四年後くらいだったかな。リストバンドの中に入っていた。でも、喧嘩してから口も聞かなくなって、何も言ってこなくなったから、今さらと思って私は二度と思い出さないように、リストバンドをテーピングでグルグル巻にしたんだ。……本当にいまさら。

 春香は溜息をついた。


 ――もう手渡してあげられないなんてね。でも、きっと私が持っているよりは、この人が持っていた方がいいよね。


 と、春香はロケットペンダントのフタを開けた。そこには満面の笑顔の綾香と、ぎこちない笑顔の彼が写っていた。


「! 誰? この人……」


 春香は、綾香の隣にいる男を知らなかった。

 ――大学で付き合っていた人と結婚していたはずなのに。この人は知らない。志磨さんとじゃなかったの、お姉ちゃん。

 春香は頭を抱えた。過去の記憶を整理しようとしたが、靄がかかっているようにそれ以上何もわからなかった。

 春香の持つロケットペンダントの写真には、若かりし頃の志磨が写っていた。

「私の知っている志磨さんは、この人じゃない」

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