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サキチ&博文

 薄暗い部屋にいくつものモニターが並んでいる。部屋の明かりはそのモニターの光だけと言ってもいい。ラックに置かれたいくつものパソコンが静だがカリカリと動いている。

 サキチはベッドに横たわり、ヘッドホンをつけて眠っていた。

 中央にあるメインのモニターには、豪華客船内を走るサキチが映っている。それを椅子に座って、キーボードが打ちながら様子を見ている博文がいた。また、脇のモニターには船長室にいるピナの様子も映し出されていて、別のモニターには船の俯瞰図に、その場で静止している光とゆっくり移動する光の印があった。

「とにかく急げ。もうすぐダイバーと侵入者が接触をする。この機を逃せば、面倒なことになる」

《わかってるよ》

 サキチは息を切らせながら答えた。

「もうすぐ階段だ。そこを降りろ」

《了解》

 そして、博文はまたキーボードを打った。

《おっ、なんだこれ? 何かしたのか?》

 サキチの目に突然現れた矢印に驚いた。

「もう黙ったほうがいい。ダイバーと侵入者のいるフロアだ。君はその案内にしたがって進め」

《カーナビみたいだな、これ》

 サキチの映るモニターにも矢印が表示されていて、サキチの進む方向を知らせていた。

 ――スレートでマップを見る必要がないな。道案内してもらうには楽だ。ヘムロックにはこんな機能も備わっているのか。どういう頭してるんだ、アイツ。

 サキチは、関係者以外立ち入り禁止のプレートを横切り、T字路を右に曲がった。そして、一つ二つ角を曲がると、表示されていた矢印に『慎重に進め』と注意書きが添えられた。

 ドアの開いたままの部屋が見えた。

「いいか、もうあの部屋ではダイバーと侵入者が接触している」

 博文が見ているモニターには、ピナの背後に侵入者がいる様子が映っていた。

「まずは入り口まで進め」

 サキチは博文の指示を聞くと、声を出さず首を縦に振った。背中を壁につけ、音を立てずゆっくりドアに近づいて行く。ドアの横でピタリとサキチは止まった。

「では、例のモノを送る」

 博文は、カタカタとキーボードを打った。

 と、サキチの目の前に細長い筒が一本出現した。

「その中には、追跡用のプログラムの入った吹き矢が入っている。僕の合図で部屋の中に向かって打て」

 サキチは、何度か息をして、吹き矢の口を自分の口近くに移動させた。

 ただ、この時、サキチは吹き矢を打つタイミングだけでなく、部屋の様子を知りたかったが、声の出せないサキチからそれを博文に伝達する手段が見つからなかった。

 すると、サキチの目に、円と十字線の組み合わさったターゲット照準器が表示された。銃で狙いを定めるものと一緒だった。それにターゲットを知らせる方向や距離、ターゲットとの照準合致レベルまで表示されていた。まるでSF映画の中にいるようだった。

 ここまでサポートしているのだから、外すなよとサキチは博文に言われているように感じていた。急にサキチの鼓動が早くなり、緊張する。

 ――正直、ミッションでここまで手が震えたことはない。吹き矢なんて原始的過ぎるからなおさらだ。

 潜入する夢の中で、現実世界の物を具現化するには構造的に簡易なものが具現化しやすい。

「3」

 突然、博文がカウントダウンを始めた。

 サキチは、吹き矢をもつ手に力が入る。

「2」

 サキチは、足を意識して、スタンスを広げる。

「1」

 サキチは、膝を軽く沈め、踵を体の外側に向けた。

「――今だっ!」

 博文の合図で、サキチは壁から開かれたドアの前に飛び出て、吹き矢をすぐに構えた。

 すると、ピナの後ろ姿が二つ重なって見えていた。

 二人の前には鏡があったが、ピナ―侵入者―サキチと一直線上に並んでいたため誰から見てもサキチの姿は確認できない。

 ――どっちだ?

 と、一瞬、悩んだことをわかったかのように、照準が赤く手前のピナをロックする。

 速く点滅するロックされた照準マークに急かされて、サキチは焦っていた。

 ――落ち着け。相手は後ろを向いている。吹き矢の照準は完全に侵入者に合致している。アイツの作ったものだ。ここは信頼しよう。

 サキチは片目をつぶり、音をたてずに息を吸った。


「フッッッ!」


 腹から力いっぱい息を吹き出した。

 ヒュッと、矢はターゲットマークに一瞬で到達して、侵入者の背中に刺さった。

 すると、侵入者の体の動きがピタリと止まり、手に持っていたナイフが床に落ちた。そして、苦しみの声を上げながら背を反り返らせた。次第に侵入者の周囲から青い光線がグルグルと取り巻き始める。

 サキチは吹き矢を構えたまま、その様子を見入っていた。

「おい、すぐその場から立ち去れ。もう君の役目は終わった」

 サキチは博文の声で、ハッと我に返った。

 侵入者はすでにこの世界から消えかかり、こちらを向くピナの足元が見えていた。

 すぐにサキチはドアの前から移動して、その場から走り去った。


 薄暗い部屋のベッドで眠るサキチの目がパッと見開いた。脇からすぐにモニターの光が入ってきた。

「どうなった?」

 サキチはヘッドホンを外し、ベッドから立ち上がった。

「目覚めるのが早いな。今、侵入者のアクセス位置を解析中だ」

 博文の見るモニターに、進行バーと解析率が連動して表示されていた。あと、20%を切っている。

 別のモニターでは、豪華客船内にいるピナが廊下でキョロキョロとしている姿が映し出されていた。

「ピナは何もされていなかったか」

 サキチは安心して微笑んだ。

 ――コイツは、ここで俺をこんな風にいつも見ていたのか。

 サキチが博文を見ていると、視線に気づいた。

「なんだ?」

「いや、悪趣味だなと思ってな」

「そんな悪趣味をしている者の前に立っているのは誰だ?」

 博文は笑って答えた。

「誰だろうな。これで、一件落着だな。3Dシステムも博文のヘムロックにバージョンアップすれば、もう平気なんだろ?」

「システムとしては、な。ただ、俺らの知らない所で侵入者が変なことをしなければの話だ」

「捕まえれば、分かることだろ。それより、ヘムロックなんて代物を作って、侵入者まで捕まえる行為をして平気だったのか」

「今さら何を言っている。この件については、アニキには伝わっている」

「えっ、じゃぁ、博文からプログラムを受け取ってインストールすることも知っていて」

 サキチは畑の広がる脇道で、調査室のスタッフの目を盗んでインストールしていたことを頭の中で思い返していた。

「アニキは知っていた。他の人にもアニキが伝えていれば、知っていたはずだ」

「だったら、脅迫してまでプログラムのインストールを押し付けるなよ」

「侵入者に悟られないためだ。どこで見ているかまだわからなかったからな。調査室内で君が動かれるのも嫌だったし、アニキには君の動きを封じてもらうように伝えてあった」


 ――特に夢乃調査室の中での詮索だけはしないでくれ。僕が言えるのはこれだけだ。


 サキチは博文から初めて夢の中でメッセージを受け取ったミッション終了後に、時田に言われたことを思い出した。

「あぁ、あれはそういうことだったのか」

「あれこれ言うと油断が生まれる可能性もある。ある程度、縛り付けて強制的に行ってもらった方が、俺としては都合が良かったからな」

「なんだよ、それ。ドギマギしていたのは俺だけかよ」

 サキチはガックリと肩を落とした。

「僕も上手く君をコントロールできるかどうか、内心不安だったさ。あまり人との関わりが上手くないものでね」

「本当だよ」

「痛っ!」

 サキチは博文の肩を叩いた。

 そこで、侵入者のアクセス位置の解析が終わった。モニターに地図が表示され、その中心にポイントが表示されていた。

「ここから侵入者が3Dシステムに侵入していたようだな」

 サキチがグッとモニターを覗きこむ。

「ここから二駅の場所だ。まさか、こんな近い所で……。もっと辺鄙なところからだと思っていた」

「何かの見過ぎじゃないか。むしろ、夢乃調査室から近くないとクライアント間で飛んでいる脳波をキャッチできない。そこはある程度、予測していた。そんなに驚くほどのことでもない。まぁ、僕の作ったヘムロックなら日本国内が有効範囲だから――」

「じゃぁ、俺、捕まえてくるわ」

 サキチは地図を目に焼き付け、そのまま博文の部屋を出て行った。

「え、おい。捕まえるって……。調査室の人間に任せておけばいいのに」

 博文はモニターに向き直ると、頬杖をついて笑顔になった。

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