それぞれの目的
私は、今、私ができることをするだけ。
クライアントの記憶を思い出せる。
それだけ。
集中!
ピナは、オペレーションルームのベッドに腰掛け、ヘッドホンを手にしたまま心の中で自分に言い聞かせていた。夢の中で出会った自分と瓜二つの侵入者のことを意識外に飛ばしたかったが、頭のどこかに引っかかっている。けれど、もう一度ダイブを許可してくれたクライアントのためにも絶対ミッションを成功させようと、ピナは強く決意した。
ヘッドホンをし、ベッドに横になると音楽が流れて、無意識のうちにピナは眠ってしまった。
ポツポツと頭に雨粒が降っていることに気づいて、ピナは目を開いた。灰色の雲が広がり、テラスの先の海は波が高く、飛沫が舞っている。
「こちら、ピナです。オペレーションルーム、聞こえますか?」
ピナは早歩きで船内に入った。
《ピナちゃん、聞こえてます。モニターでピナちゃんを確認》
ヘッドホンから堀の声が返ってきた。
電気の灯る船内は、誰もいないためいっそう広く感じられた。ピナは、すぐにまた侵入者がどこかに隠れているのではないかと思うと、胸の鼓動は早くなり、緊張する。
《さぁ、ピナちゃん。リラックス! って、言っても無理かもしれないけど……。今日はみさ希さんと時田さんもミッションに立ち会っているから安心よ。ごめんね、私だけで安心させられなくて……》
最後の一言の音声は、とても小さかった。
ピナは、キリッと笑顔をなって、
「そんなことありません。ここまでやってこれたのは、堀さんがいたからですよ。私は、私ができることをやるだけです。さぁ、行きましょう」
ピナは、握り拳を振り上げた。そして、船の後方に向かって船の左右に伸びる通路を歩きはじめた。時折、強く吹く風に乗せられて、雨かしぶきが窓を強く打つ。ピナはその音にビクッとなるが、心のなかで平常心、平常心と繰り返した。
《まずは船長室に向かいましょう》
「はーい!」
《船長室は、後方の、おそらく一般客が入ることのできないエリアにあると思われる》
堀たちは、昨日のミッションで客室から見つかったメモに書かれた文字列『xxxx1024』の解読を今の今まで行なっていた。今日のミッションのために昨日得られた夢世界のデータを分析し、『xxxx』は船長室ではないかと推測していた。確実な根拠をデータから見つけることはできなかったが、ピナが気絶するまでの時間で得られた船内データを基に推理した。
ピナは船尾の甲板に出るドアの前に立った。外は広く、プールがいくつかあり、パラソルがいくつも広がっていたが、雨のせいで雰囲気は台無しだった。
しかし、ピナは、さんさんと輝く太陽の下で、水着を着てはしゃいでいる自分を想像してみた。無性にこの夢世界を堪能したい気分に駆られた。
――違う、違う。これから行く場所は、船長室。
ピナは船内に目を向け、階段近くの壁にあったフロアマップを見た。三階下の船尾は船の輪郭が描かれているだけの空白のスペースだった。客室で埋め尽くされたフロアのため、何も描かれていないのが不自然に見えた。
ピナは階段を降りて、三階下に到着すると、関係者以外立ち入り禁止のプレートが立てられた一本の通路がすぐ目に入った。
「失礼しまーす」
ピナは、誰もいないことをわかっていたが、断りを入れた。
通路を進んだ先は、T字路になっていた。ピナは右へ行く。すると、通路の左右にはいくつも扉が並んでいた。それらのドアプレートには、『yxxx』と印字されていた。
《やっぱり乗務員用の部屋のようね》
モニターでドアプレートを確認した堀のホッとした声がヘッドホンから聞こえてきた。
ミッション前にミーティングで、データ解析から『yxxx』というルームナンバーがいくつも発見されたと堀が解析室から報告を受けていた。そこから『xxxx』は特定のルームナンバーを指しているのではないかと予想した。
通路はコの字になっていて、T字路を逆に進んでもつながっていた。ピナはちょうど半周し、船尾側のドアに『xxxx』のドアプレートを見つけた。そこだけ、ドアの質が他のドアよりも高価だった。
「失礼しまーす」
ピナはドアを開けながら、控えめに断りを入れた。しかし、中からの反応は当然無い。
《あ、ピナちゃん? ドアは開けたままにしておいてね。もし、壁側に固定できるならいちようしておこうか。ストッパーとかある?》
ちょうどドアから手を離すところに、時田の指示がヘッドホンから聞こえてきた。ピナは、即座に背中が張った。胸を打つ鼓動も早くなる。
――そう、今すぐに何か起こるわけじゃない。そう、念のため。念のため……。
ピナはいっぱいまでドアを開けると、自然と開いたままになった。足元にゴム製のストッパーを見つけたので、ピナはグッとドアと床の間に食い込ませた。
《ピナちゃん、ありがとう》
時田の声が流れてきた。
《部屋の中に『1024』が示していそうな物はありそう?》
続いて、堀が指示を出してきた。
「そうですね〜」
ピナは部屋を見回した。一般の客室より装飾は豪華に見えるが、思ったほど広くない。小さな丸窓からは船が進んできた跡が海に残るが、少しすると儚くも消えてしまう。
鏡と一体になっている机の上には何もなかったが、引き出しを開けると一段目にノートが一冊入っていた。
「航海日誌……」
ノートの表紙に書いてあった文字をピナは読んだ。
「あっ!」
ピナは、すぐにノートを開き、勢い良くページをめくって行く。
「いち、ぜろ、にー、よん。いち、ぜろ、にー、よん……」
しかし、ピナはページをろくに読むことなく、次々とページを繰る。
「十月二十四……十月二十四……。十月二十三……十月二十四日! あった」
十月二十四日に指を指し、そこに書かれた一文を指で追っていく。
《なるほど。『1024』は日付だったのね。さすが、ピナちゃん》
「ありがとうございます。でも、十月二十四日に書かれていることなんですが、結構、私、苦手かも……」
ピナは苦笑いして、溜息を吐いて、頭をかいた。
「動くな! 大声を出したりして騒ぐなよ!」
「――っ!」
突然、ピナの背後からどこかで聞いた声に背筋を凍らせた。しかし、後ろは振り向けない。背中に尖った何かを突きつけられている感触がある。それに恐怖で動けないというのが、一番の理由だ。
ピナは背中に冷たいモノを感じながら、目の前の鏡を見た。
――私? 侵入者っ!
鏡にピナの顔が二つ映しだされていた。
――落ち着け、私。落ち着け……。
「目的は何?」
ピナは鏡の中に映る自分ではないもう一人の自分――背後にいるピナの顔をした侵入者に質問した。
《何、ピナちゃん? どうかしたの?》
オペレーションルームにいる堀が答えた。それから何度もヘッドホンの中では、堀が呼びかけていたがピナには届いていない。自分の鼓動が体全体に響いていた。
「目的ねぇ。簡単にいえば、ただの遊びかなぁ」
後ろのピナが、普段見せることのない何かを企んでいる表情で答えた。
「遊び? ここは遊び場じゃないし、勝手に入れる場所じゃ……どうやって?」
「えーとね、遊んでいたら、入れちゃったんだもん。とっても分かりやすい波形パターンだったから。本当は私が先に鍵を開けてあげようと思ってたんだけどね」
――やっぱり、この前のミッションで開けられていたのは、この人が。
侵入者は、ナイフを突きつけたまま机の上に開かれた航海日誌を見た。
「そこね。さすがに、自力じゃそんなところ探そうとも思わない」
侵入者は、航海日誌に書かれた鍵のある場所を目にして答えた。
「あなたが勝手に開けていいものじゃない」
ピナは鏡の中で笑っている侵入者を睨んだ。
「組織ぐるみで何かやっている人たちは、決まってそう言うのよ。でも、鍵の在り処は分かったし、ここからは早い者勝ちね」
侵入者は、ピナの耳元で言った。
――そんなことはさせない。でも……。
背中にまだ尖ったものが突きつけられているため、ピナは自分から動くことはできなかった。
「それじゃ、ご案内ごくろうさっ。うっ?」
「!」
鏡に写る侵入者の顔が苦痛を感じたように、歪んだ。それから、すぐにピナの背中に突きつけていたナイフが床にゴトンと落ちた。
ピナはすぐに振り返り、侵入者を見た。
「な、なにこれっ? どうなってるの?」
《ピナちゃん、どうしたの? さっきから返答がなくて。机の前に立ったままよ》
「あ、堀さん。ご、ごめんなさい。また、侵入者が現われて。でも、今目の前で……」
ピナは胸の前で両手を握り、事の顛末を見届けていた。
ナイフを手元から落とした侵入者は、背を異常なほどに反り返らせ、苦痛に耐える歪んだ顔をピナに向けていた。侵入者の足元から頭のてっぺんに向けて、青い光線がグルグルと下から上と流れていた。すると、足元から侵入者の足が消え始めた。それは次第に上半身へ移っていく。あっという間に侵入者は、青い光の粉を振りまくようにして消えていった。
「うそ……消えちゃった。 !」
ピナは何度か瞬きをした。やはり、目の前から侵入者は消えていた。消えた侵入者の先にあったこの部屋の入口に目をやると、一瞬誰かの顔が見えたような気がした。
すぐに外へ出たが、廊下には誰も居ない。
「気のせい?」
《ちょっとピナちゃん? 状況を説明してくれる?》
ピナは、ようやく落ち着くとヘッドホンから聞こえてくる堀の声を冷静に聞こえるようになった。しかし、侵入者のことで頭がいっぱいだった間、堀に叫ばれ続けていたため耳が痛くなっていた。




