ピナ理論
調査室ルームは、机が島をなして置かれている。ほとんど人は出払っているようで、静かだった。解析班メンバーが数人、難しい顔をしながら仕事をしていた。
「お疲れ様です」
サキチは声をかけて、ダイバー班の席へ向かった。ピナは会釈だけしてサキチの後について行った。ダイバー班の席にも誰もいない。
「空いているところに座って待ってて。もう少しすれば、マネージメント班の誰かが来ると思うし」
「はい。失礼します」
ピナはサキチの隣の席に座り、物珍しい物を見るように辺りをきょろきょろ見渡す。
「静かですね。イメージしていた雰囲気と違いますね」
「ドラマか何かの見過ぎだろ。事務室か運営室にいけば、イメージ通りかもしれない。ここより普通の会社っぽいことしていると思うし」
「運営室って、何やってるんですか?」
「夢乃調査室のサービスの運営だろ。依頼の窓口になったり、そのクライアント業務、宣伝とか。表向きな仕事をしてる部署じゃないか」
たぶん間違ったことは言ってないだろうと、サキチは白い天井を見上げて答えた。
「それじゃぁ、私たちが裏ですね。調査室のみなさんは陰に隠れてこっそり暗躍しているからここにはいないんですね。わかりました、私!」
「裏って。どういう思考をしたら、そういう話に発展するんだ」
「これがピナ思考のピナ理論です!」
「この夢乃調査室は暗躍組織の派遣所じゃないから。確かに調査室は夢に潜入して記憶を復活させるミッションがメインだけど、暗躍してるわけじゃない」
おいおい、本当に大丈夫か、ピナ理論だのと言っているこのピナって子は。サキチはピナの発想力もしくは考え方に驚きを感じた。室内だけで使えるタブレット端末を操作して、今日のミッションの内容を確認サキチ。すると、ピナがひょっこり画面を覗く。
「ちょっと、他人のミッション情報を見るもんじゃない」
「いいじゃないですか。どんなことをするのか知っておきたいし」
「潜入ミッションはダイバー一人とオペレーターチームとで編成される。だから、他のダイバーとほとんど関わったりしない」
「えぇー、それじゃ、つまらなくないですか?」
「つ、つまらない?」
何のことを言っているのか、サキチはピナの話を読み取れないでいる。
「もっと夢についてダイバー同士でお話をしたりしないんですか?」
「話なんてしないよ」
「なんでですか?」
ピナはぐっと顔を近づけてくる。
「なんでって。潜入する夢はクライアントの夢であって、それはクライアントの個人情報だから……近いな」
サキチの言葉は尻すぼむ。ピナ理論を持つピナに説得の効果はないと思っていた。
「あー、そうですね。それは確かに。個人情報は大切にしないとですね!」
ピナは一歩引き、続けて、
「でも、人の夢には『夢』がありますよね」
「!」
「楽しい夢や苦しくて辛い夢、いろんな夢を見ると思います。それってその人自身への何かのメッセージだと思うんです。自分から自分への。それを夢乃調査室では、夢と失われた記憶を結びつけることができる。それ自体、夢みたいなことじゃないですか。記憶を取り戻すことで、その人が先に進むことができるなら、なおのことです。今、この年でしかできないことがあるならやってみたいと思って、潜入ダイバーの仕事を希望したんです」
人の夢に『夢』。俺は寝ている時に見る夢は、その時かぎりの何でもないモノだと思いっていた。それをピナは自分宛のメッセージだと言った。そんな風に夢のことを考えたことはなかった。これもピナ理論か。夢乃調査室が夢に潜入して記憶を見つけ出すというのは、本来そういう考えもあってのことだったのだろうか。
「サキチさんは、この仕事を始めてどのくらいですか?」
「去年、高一の夏休みに始めたから、一年と少しが経つ。寝ていればいいっていう触れ込みで、俺も始めた口だけど。ダイバーの仕事はあまり長続きしない人が多いらしい」
「どうしてですか?」
「さっき、君も言ったろ。楽しい夢や苦しくて辛い夢、いろんな夢を見るって。ミッションで潜入する夢だって、楽しそうなのもあれば、精神的に辛い、怖い夢もある。ダイバーが先に体を壊したりして辞めてしまう。所詮、そこは十代の精神力なのかもしれないけど」
「サキチさんはそういう夢に潜入したことありますか」
「二、三度あるけど、その時は運良く早くクリアできたから影響は少なかった」
「強いんですね」
「どうかな。それなりの数をこなしてからのミッションだったから耐性はあったのかも」
サキチはまた、ふと天井を見上げた。
「もうベテランダイバーですね、サキチさんは。いえ、サキチ先輩!」
「先輩はやめろ」
「いいじゃないですか。私は高校一年の見習いダイバー。どっちにしても先輩ですよ」
ピナは微笑んだ。
「はぁ。好きにしてくれ。でも、ほとんど会うこともないだろうし」




