入室
「サキチ、入りまーす」
鞄の中からIDパスを取り出し、プレハブ小屋とさして変わらない受付窓口にいる守衛のおじさんに、それを見せながら通り過ぎて行く。
「サキチ君、今日もご苦労様ね。あ、ちょっと頼んでもいいかな。この子も一緒に連れて行って欲しいんだ。行き先も一緒だから」
「はい」
守衛さんは制服姿の女子高生の入出手続きでもめていた。行き先が一緒ということは新しいダイバーかなと、サキチは様子を伺っていた。たかが入るのになんでもめてるんだ。
「あぁ、あった。ちゃんとその名前で申請されたよ。疑って悪かった。じゃぁ、これね。帰る時にここで返してね」
守衛さんは、来客用IDパスをその女の子に渡した。
「サキチ君、待たせたね。よろしく頼むよ」
「はい」
「すみません。よろしくお願いします」
女の子はサキチの横に並んだ。残暑の太陽は傾き始めているが、二人が歩くアスファルトの照り返しはまだ強い。じっとりと汗が二人のワイシャツに染み込んでいく。
「新人のダイバーさん? それとも……」
サキチが聞いた。
「そうです。そのー……夢の潜入ダイバーです。あなたもダイバー? 高校生?」
「そうですよ。ダイバーは基本十代しかできないから。事前に説明を受けてないんですか」
「面接の時に説明聞きました。寝ていれば大丈夫だからって。私、寝るの好きですから」
そう、とだけサキチは答えるしかなった。大丈夫なのか、こんな人をダイバーにして。ミッションで一緒になることはないから別に俺はいいんだけど。
「ここって、すごい広いんですね。いっぱい人が働いている会社なんですよね」
女の子は辺りを見回した。二人が向かって行く方に、横に長く白い建物がある。道に沿って等間隔に並ぶ人工的に植えられた木の方が高い。
「地方都市のはずれだから土地だけはすごい広いんだよ。それにいっぱいって言うほど人は多くない。中は閑散としているよ」
「そうなんですか。スーツを着た人がたくさんいるのを想像してました」
「それなりにはいるけど。そういえば、さっき受付で何を手間取ってたの?」
「そんな名前では入れないって言われて。実際にはちゃんとピナって名前で申請されていたんですよ。ちゃんと確認して下さいよーって!」
「えっ、ピナ?」
「はい。ピナです。私、ピナです」
「あだ名とかじゃなくて?」
「それは内緒です!」
ヒナとかの間違いじゃないのか。申請書類がよく通ったな。
「そりゃ、守衛さんも困るだろうな」
サキチはぼそっと言った。申請書類があったとはいえ、こんな正体不明な人を中にいれちゃっていいのか……。
サキチたちは建物の前までやってきた。セキュリティーロックされているガラス扉の入口にはルーム棟入口と書かれている。サキチはセキュリティー認証機器に自分のIDパスをかざして、中へ入った。冷房がきいていて、汗ばんだワイシャツがひんやりとする。ピナは入ってすぐ、壁にあったルーム棟案内マップを見て目を輝かせた。
「調査室、調査室……調査室ルーム? ここですか、私たちがこれから行く場所って」
「部署名は『室』。部屋の名前が『ルーム』。俺たち『ダイバー班』は『調査室』に所属している。席のある仕事場が調査室ルームってこと」
「そうなんですね。社長ルーム、事務室ルーム、運営室ルーム、開発室ルーム、来客ルーム、レストルーム」
と、ピナはマップを隅々まで見て行く。端に印刷が剥がされた痕の残るルームがあった。痕だけでもしっかり字は読むことができる。
「夢見室ルームって、もうないんですか?」
「凍結されている部署らしいけど。詳しくはよくわからない」
「ふーん。夢見、なにをやるんですかね」
ピナはそう言ってようやくマップの前を離れた。二人は涼しい廊下を進み、途中事務室の女性に一人だけすれ違った。
「本当に人、少ないんですね。もっとわしゃわしゃと、うごめいているのかと思ってました」
「昆虫の巣みたいに言うな」
サキチは、パッと頭の中に蟻の巣と蜂の巣を想像した。
「ここだ」
サキチは調査室ルームと書かれた部屋のドア前で止まった。ピナは緊張した面持ちで髪や服をぱっと整えた。またサキチのIDパスをかざすとドアが開く。そこは小さな部屋だった。ロッカーと奥へのドアがあるだけだった。
「ここから先へは、私物は持ち込めない決まり。荷物はロッカーに入れておいて下さい。開いている所を適当に。ロックはIDパスで」
サキチに言われて、ピナは鞄をロッカーに荷物を入れてカードを認証機にかざすがエラーになる。
「鍵がかからないんですけど」
何度やっても同じだった。
「来客用パスだとロッカーは認証されないのか。じゃぁ、今日だけ俺のロッカーに入れて下さい」
「ありがとうございます。あ、ちょっと待って下さい」
ピナはメモ帳とペンだけ鞄から出してサキチのロッカーに荷物を入れた。




