不安なダイバーたち
「ただいま」
サキチは夕日が沈みきった頃、家のドアを開けた。博文と出会ってからというもの、頭の中が整理つかず、しばらく街を歩いていれば冷静に考えられるかと思ったが、まったくまとめられなかった。ただ歩き疲れただけだった。
「おかえりなさーい、サキチ先輩!」
居間から笑顔で明るい声のピナが顔を出した。
「なんでいるんだよ?」
「お夕飯をご馳走になるの!」
すると、台所から、
「ちょうど駅前でピナちゃんと偶然あったのよ。買い物帰りだったし、ピナちゃんを私が誘ったのよ」
母親の声は、台所でしゃかりきに調理をしている楽しそうな姿を想像させた。
「あぁ、そう」
サキチはそのまま自分の部屋に行こうとしたが、ピナが突っ立ったままサキチを見ていた。すでにピナの表情は出迎えの時に見せた笑顔はなかった。サキチは一つ溜息をして頭をかいた。
「……。何か話したいことでもあるのか?」
ピナはコクっと頷いた。サキチは自分の部屋に入り、ドアを開けたままにしておくと、すぐにピナが入ってきた。
「んで、またミッションが辛くなったのか?」
ピナは以前、時田やみさ希にダイバーとしてのセンスを買われて初心者ダイバーにも関わらず難易度のあるミッションをこなしていた時、普通知りうることの出来ない他人の重い記憶を見て、精神をすり減らしていたことがあった。その時もサキチが相談にのっていた。
「ミッションは辛くないですよ。あの……サキチ先輩は聞かされていませんか?」
「何を?」
「ミッションに別のダイバーが侵入いるかもしれないって?」
「えっ!」
サキチの驚いた顔を見て、ピナは口を押さえた。
「もしかして、言ってはいけないこと……だったんですかね?」
「ですかねって、俺に聞くな。そんな話はみさ希さんからは聞いてない。何かされたのか?」
「いえ、ダイバーを見たわけでもないんですが、アトラクタの箱が最初から開いていたんです。近くに鍵も落ちていて。きっと別のダイバーが開けたんじゃないかって」
「……」
サキチはすぐに時田博文の顔が頭に浮かんだ。
アイツ、そんなことまでしているのか。ピナはもう初心者じゃない。わざわざアイツが手を差し伸べる必要はないし、ミッションを成功させる確率でも上げているのか。記憶の守り人……どういう意味なんだ。まさか、ピナを狙っている?
「他に気づいたことはあるか?」
「特には……」
ピナは首を左右に振った。
「そうか。まぁ、ミッションは慎重に行ったほうがよさそうだな、お互い」
「そうですね」
「それと、調査室の話をペラペラ外で話さないようにしろよ」
「してませんよ。こんな話をできるのは、サキチ先輩しかいませんから……」
「……そ、そうか。でも、気をつけろよ」
「はい!」
ピナは明るい声とともに笑顔になった。
「ところで、先輩は今日、帰りが遅かったですね。ミッションはなかったはずでは?」
「あぁ、街をふらついていた」
「先輩が?」
目を丸くしてサキチを見るピナ。
「なんだよ、別に俺だって買い物くらい街でするさ。何も買わず、ウィンドウショッピングだったけどな」
「もし、何か悩んでいたら相談して下さいね」
「べ、別に悩んでなんか……」
サキチは、コイツ鋭いなと思った。が、
「どれを買うか迷ってるなら、私が選んであげますから。こう見えてもセンスは悪くない方ですよ!」
ピースサインを見せるピナ。
「あ、あぁ、その時は頼むわ」
そっちかよ、とサキチは内心、自分が悩んでいるかと気づかれずホッとした。
「任せて下さい!」
と、その時、母親から夕飯が出来たと声をかけられた。
「私、手伝ってくるね。先輩もすぐに来て下さいね」
ピナはサキチの部屋を出て行った。ドアを閉めて、ピナはドアに手を添えた。ドア一枚隔てた向こうにいるサキチを見ようとしたが、まるでサキチの心に壁あるかのように、ピナはドアの木目しかみることができなかった。




