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接触

 サキチは休み時間にクラスメイトの鈴村と廊下で開いている窓から入ってくる残暑のピークを過ぎた涼しい風を浴びていた。鈴村は窓の外へ上半身を乗り出すようにうなだれてながら、あいかわらずのサッカー話を続けている。鈴村の頭のなかはサッカーボールが入っているのではないかとサキチは思っていた。

 そこにサキチの前を通る男子学生が、サキチに視線を送り、両手で耳を抑え、わざとおおげさに口を動かした。


 ―― だ い ば 。


 サキチには、はっきりと口の動きが〈ダイバー〉と見て取れた。急にサキチの胸の鼓動が速くなった。

 ――なぜ、俺がダイバーだってことを知っている。耳を抑えていたのは、ヘッドフォンをしている仕草だ。

「鈴村、アイツ、知っているか?」

 サキチは、既に通り過ぎて後ろ姿の男子を指さした。

「ん、アイツ? あぁ、時田だろ」

「時田? 知り合い?」

「知り合いっていうか、1年の時、クラスが一緒だった。珍しく学校で見たな」

「あまり学校来ないのか?」

「自主的に来ない奴。いじめられて、っていうんじゃなく、アイツ、学校来ないくせに頭良くて、つかめない性格だったな。まぁ、友達は少なかったし誰かと話しているところはほとんど見たことなかったな。あと、運動神経はあまり良くなさそうだけど」

 背は低く、痩せ型でメガネをかけている姿で人をからかうところを見ると、鈴村の説明には納得するサキチ。

 その後の授業中も時田の姿が頭に浮かび、サキチはあまり授業に身が入らなかった。その日は廊下で意味深な仕草を見せられただけで、時田を見かけることはなかった。そして、サキチはモヤモヤしたままアルバイトへ向かった。


《今日もよろしくね、サキチくん。ミッションスタート》

 みさ希の声とともに、ヘッドフォンから音楽が流れて来た。サキチは、眠くなってきたなと思った瞬間、きれいに整頓されて清潔感のあるお店の厨房に立っていた。中央の調理台の上に堂々黒いアトラクタの箱が置いてあった。

「オペレーションルーム、確認できてますか?」

《こちらオペレーションルーム。サキチくんをモニターしてるわ。箱もバッチリ映ってるわ。では、鍵を探しましょう》

「了解!」

 サキチは棚や調理器具との隙間など物陰になる部分から探し始めた。

 思い出したい記憶は、2年から3年前に行ったお店の名前と場所。クライアントは、友人らと一緒にスノボーをしに泊まりがけで出かけた。誘われるがまま、ついて行ったので周辺情報のことはさっぱり忘れてしまった。その時、夕食を食べたお店の料理がとても美味しかったのは覚えているが、それがどこだったのか思い出せない。改めてそこへ行きたいクライアントだったが、友達に聞いても思い出しせないようで調査室に依頼してきた。

 それで、夢のフィールドが厨房か。2、3年前の記憶だったら、鍵は複雑な場所に隠されてはいないはずだ。

 サキチは調理場を一通り探してみたが、鍵は見つからなかった。

 次に向かったのは扉がいくつもある大きな冷蔵庫。家庭用とは比べ物にならないくらいの容量だなと思いながら一つ一つ扉を開けていく。中もきれいに材料が入れられていた。

 サキチが続けて冷蔵庫の扉を開けると、氷だけがびっしりつめ込まれていた。中に黒い影をいくつか見つけた。冷える手を氷の突っ込み、3つ氷をとり出すと『E』『K』『Y』が型どられた黒い塊が凍っていた。

《暗号っていうほどのレベルではないようね》

「そうですね」

 サキチは調理台の上で、3つの氷を並び替えた。

「KEY。鍵ですね」

《これをどうするかが問題ね。どうしたら、本来の鍵の形になってくれるのかしら》

 みさ希のため息が混じった声がサキチのしているヘッドホンから聞こえてきた。

「んー」

 サキチも考えを巡らす。

 これらをどうにかする他の手がかりがまだあるのか。いや、それほど深い記憶じゃないから、もっと単純に……!

 サキチは、氷が少し溶け始めていることに気づいた。

 ――そうか!

 3つの氷を持って、コンロに火をつけ、フライパンを追いた。そして、そこに3つのアルファベットの氷を置いた。みるみるうちに氷は溶け、黒い塊だけのアルファベットになると、それらはチョコレートを熱したように溶けていき3つが融け合うと光を放って鍵の形に姿を変えた。

《ナイスアイデアね、サキチくん!》

「なんとなくやってみただけですけどね」

 謙遜して言ったサキチだったが、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 鍵を水で冷やし、やっと手で持てるようになった。サキチはその鍵を手にして、調理台の上に鎮座するアトラクタの箱の前に立った。箱の脇に一枚の紙切れが落ちていた。さっきまではなかったはずだ、と思いながらサキチは紙を手にとった。

「!」

 その紙には、


 ――昼間はどうも。このことは決して口にするな。驚いた表情もするな。俺はお前を見ている。明日、放課後学校のプール裏に来ること。 トキタヒロフミ――


 と、書かれていた。すぐに、両耳を手で隠した姿の時田がサキチの脳裏に浮かんだ。

 アイツ、どういうつもりだ。なぜ、夢のなかに――。

 サキチは表情を変えず、チラチラと辺りを見回したが誰もいない。

 そもそも、どうやって――。

《サキチくん。どうしたの? 固まっちゃって。早くアトラクタの箱を開けて》

 みさ希の声で、サキチは我に返った。

「あ、はい。今、すぐ」

 みさ希さんはこの紙の存在に気づいていないのか。モニターには映っていないだけ? いや、他の誰かがダイブやアクセスすれば、すぐに3Dシステムが検知するはずだ。それなのにオペレーションルームは異変に気づいていない。気づかれないようにダイブしたっていうのか。本当に俺は見られているのか、トキタヒロフミに――。

 サキチは焦りを悟られないように、鍵穴に鍵を差し込み、一回転させた。軽い抵抗を押しのけると、カチッと乾いた音がしてアトラクタの箱が開いた。中からはピースの光が漏れだした。サキチは、時田のことを考えつつ、それでも手は勝手に動き、ピースを手にしてスレートの上に乗せた。自動的にピースの解析が始まり、すぐにピースは円盤状のリコールに姿を変えた。

 リコールを覗きこむと、ログハウスが映り、入り口には『オステリア べトゥッラ』とお店の看板が見えた。

 サキチはそのリコールをアトラクタの箱の溝に合わせるようにして置いた。すると、リコールは厨房の天井を突き破るように光の柱を打ち放った。


 ミッションを終えたサキチは目が覚めると、オペレーションルームから出てきた開発室室長の時田を捕まえた。調査室を出て、自販機が並ぶ休憩スペースに時田を連れて行くサキチ。

「なんだい、サキチくん。君から話しかけてくるなんて珍しいね。何かあったのかい?」

「時田さん……。もしかして、弟がいますか?」

「……」

 すぐに時田は会話を続けなかった。それに笑顔だった時田の表情は、曇った。

「弟はいるよ。サキチくんと同い年のね」

「やっぱり。それと、さっきのミッション中――」

 サキチが話し終わらないうちに、時田が言葉を重ねる。

「サキチくん。それ以上の詮索はなしだ。調査室である問題が上がっているんだけど、今、君にそれを話すわけにはいかない。機密事項だからね。林原さんに聞いても同じ。これからもいつも通りミッションをこなしてほしい。それに」

 時田は、一旦言葉を切って、サキチの耳元に顔を近づけた。そして、

「特に夢乃調査室の中での詮索だけはしないでくれ。僕が言えるのはこれだけだ」

 そう言って時田はその場を去ろうとする。

「それ、どういう意味ですか?」

「伝えたままだよ、サキチくん」

 時田は振り返らず、一言最後に言って歩き去っていった。

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