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開けられたアトラクタの箱

 ピナはオペレーションルームのベッドでヘッドホンをして横たわった。音楽が聞こえてくるとすぐにピナは眠くなり、パッと目が覚めると、ピナは田舎にあるような古民家の縁側に立っていた。手に持っているスレートには夢の解析進行バーが表示され、そのバーがぐんぐん伸びて100%に達すると、パズルのピースアイコンが一つ新しく表示された。

「こちら、ピナです。オペレーションルーム、聞こえますか?」

 ピナは広い庭先を眺めながら言った。

《はい、オペレーションルームの堀です。こちらからピナちゃんをモニターで確認。クライアントの夢は安定。ピースは一つと確認。では、アトラクタの箱がある場所へ移動しましょう》

 ピナが付けているヘッドホンから、オペレーションルームにいるピナのマネージメント担当の堀早絵子の声が聞こえてくる。

「はーい」

 ピナは、スレートをマップモードに切り替えた。すると家の俯瞰図が表示され、縁側を少し進んだ先の部屋の中で赤い印が光っていた。ピナは、こっちねと進む方向を指差して歩きはじめた。

《今回は二、三年前の記憶だから、そんなに難しいミッションにはならないはずよ。数年前にクライアントの男性が、お付き合いをしている女性からもらったマフラーをどこでもらったのか》

「ふふっ、もらった場所を忘れちゃったんですね」

《男性と女性で意見が食い違っているみたいでね。ピナちゃんはまだ若いからあまり経験ないと思うけど、大人は些細なことで人間関係が壊れちゃうこともあるのよ。女の私からしてみたら、小さいことかもしれないけど大事なことくらい覚えておきなさいって言いたくなるわ》

「堀さんもそういう経験があるんですか?」

 ピナはあっけらかんと聞いた。

《えっ、私? 私はないわけじゃないけど……って、今は私の話はどうでもよくって。ほら、そこの部屋よ!》

 堀は慌てて、指図した。

 ピナは障子の前で止まり、スレートを確認した。赤い印が光る部屋の前にピナはいる。そして、障子を開けると、部屋は畳部屋で年季の入ったタンスが並び、柱には振り子の時計がかかっている。

「映画で見るような……。ンッ? エッ? エッ? エ――――――ッ!!」

 ピナは部屋の中央に置かれた黒いアトラクタの箱を見て声を上げた。

「アトラクタの箱が開いてるッ!」

 記憶の中の何かを思い出す状態は『アトラクタ状態』と呼ばれ、夢の潜入システム[Diving Dream Device]通称3Dシステムは、アトラクタの箱として具現化する。フィールドと呼ばれる箱のある近くに鍵が隠されていて、その鍵を見つけて箱を開けるのだが、ピナの目の前にあるアトラクタの箱は、すでに開いていた。

《えっ、ピナちゃん。なんて? 本当に? モニターに箱を映して!》

 ヘッドホンから堀の慌ただしい声が聞こえてきた。畳部屋の中央に鎮座した黒い箱は空いた状態で、中に置いてある記憶の断片が具現化されたパズルピースの光が漏れている。箱のすぐそばに箱を開けたと思われる鍵が一つ落ちていた。

《どういうこと? 本当に開いているじゃない》

 オペレーションルームがざわついているのがピナにもわかり、ピナの心拍数も上がった。困惑と得体のない恐怖感を感じたピナ。

《もちろん、ピナちゃんが開けたわけじゃないのよね?》

「はい。この部屋に入ったらすでに開いていました。これってどういうことですかね」

《どうって。3Dシステムのバグか、クライアントの記憶が思い出しかかっているのか、それとも……》

「それとも?」

《他の誰かが開けたのか?》

 ピナは、ヘッドホンからピナの耳に伝わった瞬間、背筋が凍った。この平和でゆっくり時間が流れている雰囲気を醸し出していたはずの古民家が、堀の最後の言葉を聞いて、ピナは自分しかいないはずの場所に誰とも知らない誰かがいる恐怖の館に変わってしまったのだと思い込んでしまった。ピナは冷や汗を流し、体は動かなくなってしまった。

 ――ダイバーの心拍数が急上昇。ダイバーの精神が不安定に……このままの状態が続けばハル・レゾナンツ値が低くなり、ダイバーはこの夢から覚めてしまいます。

 ピナのヘッドホンからはオペレーションルームのやり取りがかすかに聞こえていた。ピナは、心ではしっかりしなきゃと繰り返し自分に言い聞かせてはいたが、体に思うように力が入らない。

《ピナちゃん。大丈夫よ、安心して。モニターとシステムで確認してもピナちゃんの他に誰もいないから。落ち着いて。一回、深呼吸しようか。はーい、吸ってー》

 堀のゆっくりとした言葉がピナの耳を伝う。すると、ピナの思考もゆっくりと流れ、ピナは堀の言葉に合わせて少しだが、息を吸った。

《そう。じゃぁ、ゆっくり、はいてー》

 ピナは口を小さくすぼめ、息を出した。

 何度か堀の掛け声で深呼吸を繰り返すとピナは落ち着いた。

《どう? 落ち着いた?》

「はい。もう大丈夫です。ごめんなさい。変に勝手に思い込んでしまって……」

《私こそ、ごめんなさい。不安をあおるようなことを言ってしまって》

 ピナの視界は、恐怖の館ではなく元の古民家として映っていた。

「ヨシッ!」

 と、ピナは気を取り直して、アトラクタの箱に近づき、そばに落ちていた鍵を手にとった。

「んー、確かにちゃんとした鍵ですね」

 いつもミッションでアトラクタの箱を開けるための鍵他ならない。

《そう。アトラクタの箱が開いているのなら、ピースを回収してミッションを終わらせましょう。このことはみさ希さんたちに報告しておくわ》

「はい、わかりました」

 ピナはすでに開いているアトラクタの箱の中で光るピースを掴んだ。ピースの表裏を見てみたが、いつも見る記憶の断片を具現化したピースだった。ピナはスレートの上にピースを乗せた。すると、3Dシステムは解析を始め、スレート上に解析進行バーが現れバーが伸びていく。解析が完了するとピースは光り輝く円盤―リコール―に形を変えた。依頼者が思い出そうとしていた記憶がシステムによって生成された。

 ピナはその円盤を除いた。

「なるほど」

 円盤の放つ光の中で、マフラーを手渡す女性がいる。そして、その場所はレストランだった。依頼者が思い出したかった正しい記憶が映っていた。

 ピナは、リコール―円盤―をアトラクタの箱の上に、円形の溝が彫られたところに追いた。その瞬間、古民家の天井を突き破る勢いでリコールから脳のシナプスを通るがごとく、一閃の光が打ち放たれた。

 これで、この眠りから依頼者が目を覚ました時、思い出したい記憶が思い出せるようになったのだ。

「これからも、お幸せにね〜」

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