ヒント
二回目のダイブを終えてから三日が過ぎた。調査室から次のミッションの連絡が来ない。サキチは調査室の様子を伺いに行こうかとも思ったがグッと堪え、連絡を待つことにした。まだ連絡が来ないのも何か理由があってのことだ。夢の分析に時間がかかっているのだろうか。信じて待とう。
自分なりにあの輪郭線で描かれた世界で、鍵の在り処を考えてみたが、どう見つけたらいいのかさっぱりわからない。あの実験室で実験することで、鍵が生まれて来るのか。研究者でもない依頼者が、あいまいになる夢でそんな科学的なことを思い起こすだろうか。輪郭線の世界。なにがあんな夢を見させているんだ……。
サキチは授業を終えて、駅を出た。
「ヤッホー、サキチ先輩!」
改札前でピナが待ち伏せていた。サキチはピナに無理矢理ファーストフード店に連れて行かれた。向かい合ったピナは相変わらず笑顔だった。サキチにはそう見えた。
「なぁ、ピナは疲れたり落ち込んだりしないのか? いつも楽しそうだな」
「そんなことありませんよ。先輩、女心を理解できないんですね」
「――うっ!」
「はぁ……。こう見えても疲れているんです。潜入ミッションの数が増えていくので……」
「ふーん、こき使われちゃっる訳か」
「そんな風に言わないで下さいよ。ただ依頼者の記憶を取り戻して行くと、みんな過去にとらわれているんだなって。良くも悪くも悪くも悪くも……」
ピナは肩を落とした。続けて、
「私、大人になんてなりたくないな。人がちょっと怖くなっちゃって……」
――おいおい、見習いダイバーにどんな重い記憶のミッションやらせてるんだ? 精神的にやられてるよ、ピナ。
サキチは軽く咳払いをして、
「つらかったら、ダイバーを辞めちゃえばいいじゃん」
「えっ! でも、それは……」
ピナはハッとなって背中を正した。そして、サキチがパンと軽く音を立てて両手を合わせた。
「はい、その気持ち! それだよ。みんなどうしようって悩んでるんだよ」
「――」
「やめれば、楽になるし、けど、その後どうしようとか。色んな思いで悩んでいる時に、何にすがるかは人それぞれで。別に過去にすがって結果的に依頼者が前に進んでくれればいいじゃん。そんなこと言っていたのは誰だっけ?」
「あっ……」
「今、俺が担当しているミッションだって、深い記憶を思い出させようとしているけど、正直、箱を開けるまでどんな記憶が蘇るのかわからない。名目上、記憶を取り戻したいことになってるけど、フタを開けたら蛇が出てくるかもしれないしな」
「蛇が出てくるの?」
「例えばだよ。悪い、たとえ。そうなれば俺だって気持ちはよくない」
「あのっ! じゃぁ、先輩は、3Dシステムを使って、本当のご両親の顔を見たいと思ったりしないんですか?」
ピナの質問に、サキチは動きを止めた。
唐突に来たな――。まったく読めないやつだな。
「もしかしたらって半年くらい考えていたけど、しないことにした」
「何でですか?」
「人に自分の夢を覗かれたくないからさ。最終的にはダイブした人に記憶を知られるのはごめんだ。夢は夢のまま、知らぬならそれでいい。俺はそのくらいでちょうどいい」
「そういうものですか……。それじゃなにも解決されてないような……。確か、林原さんもそんなようなこと言ってました。」
「覚えている必要のないことをわざわざ思い出さなくたっていいじゃん」
「先輩って、意外と楽観的ですね」
ピナは笑ってストローをくわえた。しょげているのかと思えば、ずけずけといいえ返すんだな――。
「ところで、一つ聞いていいか?」
「何ですか?」
「たとえば、ピナが真っ白な世界に迷い込んだとしたら、どうする?」
「そうですねー、私は色を塗っちゃいますね。好きな色に――。自分の好きな色に」
――!
――色を塗る。
――そうか。なぜあのフィールドだけが白い世界だったのか。
――試してみる価値はありそうだ。
「……輩? 先輩? 聞いてますか?」
「あぁ、悪い。何だっけ?」
「聞いてなかったんですか。一度でいいから美術館にあるような絵を塗り直してみたいんですよ」
――どうしてそういう話になったんだ。
「やめておけ。ああいうのは見て楽しむもんだ」
サキチの携帯電話が震えた。画面を見ると調査室の番号からだった。ピナにごめんと手で合図して電話に出た。
「はい。サキチです」
〈林原です。ピナちゃん、元気にしてくれた?〉
「えぇ……、まぁ……」
どうなんだろう。もう少し時間はかかるかも……とは、言えなかった。まさか、みさ希さんの差し金とは。スケジュールの連絡が来ないと思ったら、これか。
〈それは助かった。ありがとう。で、次のダイブだが明日に決まった〉
「わかりました。あの、一つ用意してもらいたいものがあるんですけど」




