再ダイブ
数日後、サキチは依頼者工藤春香の夢の中――テニスコートにまた立っていた。
《今日の気分はどう?》
サキチのヘッドホンに時田の声が入ってきた。
「いつも通りです。むしろ前回ダイブした時より夢の中がクリアに見えますよ。クライアントの記憶が少し鮮明になったんでしょうか」
サキチは辺りを見回すとテニスコートに隣接する宿泊施設や一面を取り囲む山、澄んだ空が広がっている。
《それもあるが、3Dシステムも調整したから前回よりは動きやすいはずだ。では、ミッションと行こう。まずはさっきミーティングで伝えた通り、全フィールドの写真を撮ろう》
「了解!」
サキチはスレートを持ち、カメラモードに切り替えた。このカメラ機能は前回のミッションにはなかった機能で、オペレーションルームで夢世界をモニターできなかった場合にそなえてダイバーがスレートを使って撮影することになった。たったこの数日間で考案され、システムに組み込まれてしまっていた。
サキチは気になる箇所を撮影して行った。撮った写真は瞬時にオペレーションルームに送られる仕組みだった。
依然としてアトラクタの箱はコートのど真ん中にある。そして、前回の夢には存在していなかったベンチがコート脇にあった。そのベンチの上にはバッグなどの荷物、タオル、水筒などが置かれていた。いくつかテニスボールも無造作に転がっていた。
――おそらく鍵はこのバッグの中にあるかもな。
夢は曖昧な特性があり、物が消えたり現れたりする。そういうところで鍵がよく見つかることが多い。
「次のフィールドに移動してもいいですか? ここの鍵の場所は見当ついたので」
《了解。移動するときはスレートのマップを見てフィールド転換点に向かってください》
「わかりました」
サキチはスレートをマップモードに切り替える。スレートには赤い印が三つ、青い印が二つあった。赤い印はアトラクタの箱がある場所を指し、青い印が隣り合うフィールドをつなぐ転換点を意味している。
テニスコートの転換点は、コートの出入り付近だった。サキチは金網で作られたドアを開けてコートから出て行くと、世界がふわふわと浮かび上がった。そして、ぐにゃりと歪んだ。次元の歪みが元に戻ると、そこはごく普通の家の二階――階段を上がりきった場所にサキチはは立っていた。
「今、依頼者のご実家でしょうか。二階部分に移動しました」
《サキチ君、移動を確認。モニター正常》
廊下を進むといくつか部屋がある。どれもドアは閉まっている。サキチはスレートを確認しながら、アトラクタの箱がある部屋の前まで来た。ドアには『春香の部屋』と書かれた飾りが掛けられていた。部屋のドアを開けるとそこはこじんまりとした部屋で、机、ベッド、タンス、クローゼット、姿見が納められていた。クライアントは高校時代の夢を見ているのか、壁には学校の制服が掛かっている。部屋はカーテンが閉めらて薄暗く、不気味にアトラクタの箱が部屋の中央に存在していた。また、一角にトロフィーや賞状、メダルが飾られていた。県や地区で優勝した栄光のもののようだ。写真などと一緒にきれいに並べられていた。
サキチは部屋の写真を撮って行く。机の上には鏡が一枚置いてある。スレートを持つサキチが映る。引き出しを見てみると何もなかった。他の段も同じく。
まさかと思いタンスの一段をそうっと引き出すと、その抵抗は軽く、服など一切入っていなかった。念のため他の段も引き出すと、一番したに鏡が一枚置いてあった。その鏡の角度からして姿見の方向を向いている。サキチはふと上を向くと天井にも鏡が設置されていた。
――鏡、鏡、鏡、そして、姿見。これはカーテンを開けると光が反射して、その光が示す先に鍵が隠されているパターンか?
サキチは想像を巡らせる。そして、まだ調べていないクローゼットを開ける。そこにはテニス関連の服から道具一式が置かれていた。
《サキチ君、そろそろ最後のフィールドへ行こう。鍵探しはそのあとだ。時間が残ったらやろう》
「あ、はい。わかりました」
時田の声でサキチは思考するのをストップさせた。サキチは春香の部屋を出て廊下へ戻り、スレートを見ると、次のフィールド転換点はとなりの部屋のドア付近を示していた。そこは春香の姉、綾香の部屋のドア。サキチは、ドアノブを握り、ゆっくりドアを押し開けた。すると、先の転換移動と同じように景色が歪み、元へ戻ると綾香の部屋ではない他の場所へ移動していた。だが、サキチはその光景に驚いた。
「こ、これは……」
《おぉ……》
サキチだけでなくモニターで確認していたオペレーションルームにいる人たちも声を上げていた。
《こんな夢世界、今までのミッションで見たことないよ》
「俺も初めてです。こんな世界」
サキチのいる場所は、いわゆる研究所の実験室だ。しかし、その世界は色がなく真っ白で、物の輪郭だけに線が引かれていていた。机、イス、実験用の道具、試験管やフラスコなど。まるで絵の下書きを丁寧にしてあるような世界をサキチたちは目の当たりにしていた。それはまた近未来映画の中にでもいるような感覚でもあった。
しかし、一つだけ色をもったものがあった。それは、机の上に置いてあったアトラクタの箱。黒いその箱は、辺り一面が白いためその世界で一番の存在感を放っていた。その箱には溝があり、マスターボックスだと判断できた。
《サキチ君、まずは写真を撮ろう》
「あ、はい」
《それにしても、どうやって鍵を探すかぁ》
ヘッドホンからは百戦錬磨ミッションをクリアしてきた精鋭たちの困り果てた声が伝わって来た。
サキチはなるべく多くの写真を撮るように心がけた。なんとか少しでも手がかりになるようなものを残しておかないと……。
写真を撮り終えると、潜入残り時間は十分を切っていた。確実に今の情報だけで、この真っ白な世界のどこかにある鍵は探し出せない。もし、可能性があるなら……。
「残り十分、前二つのフィールドの箱を開けに、行きます。だいたい見当ついてるんで!」
《わかった》
サキチはすぐに実験室を出て、また春香の部屋に戻った。ただちに薄暗くしていたカーテンを開けた。外から光が差し込み、部屋全体が明るくなった。
鏡が光を反射していき一本の道筋を作り、光の行き着いた先に――。
と、サキチは想像していたが、鏡は光を全く反射することなく、光の道はできなかった。
そう簡単には行かないか……。
鏡に光を集約しないとダメか……。
集約?……。
逆だ!
サキチはすぐに春香の部屋を出て、廊下の下に設置してあった非常用懐中電灯を手にした。ランプをつけると光はすこし弱かったが、問題ないと判断した。
サキチは部屋のカーテンを閉め直す。
そして、机の鏡に懐中電灯の光を当てた。すると、反射して進む光の道筋が出来上がる。天井の小さな鏡、タンスの引き出しの中、姿見、そして、壁に掛けられた制服へと光は、サキチを導いた。サキチは制服のポケットなどを探したが鍵は見つからない。
「くそ、ここまで来て見当違いかっ!」
サキチは唇を噛んだ。
《はいはーい、サキチのダイバーくん。聞こえますかぁ?》
その声はジャージ姿の解析班・山寺の声だった。
「はい。聞こえてます」
《ちょっと、その制服をどけてみてよ》
そう言われてサキチは、ハンガーに掛かった制服を外すとまた鏡が現れた。そして、その鏡は光を反射して道筋の続きを作る。
光は、ある一点に差し込んだ。
「トロフィー」
サキチはそのトロフィーを見回したが鍵らしいものは見当たらない。光の差している部分をよく見ると、トロフィーの台座に光が集まっている。そのトロフィーを持ち上げると、台座の中に何か入っている。サキチはすぐさまハンマーを具現化し、
「ごめんなさい!」
と、謝りながらも思いっきりハンマーを振り降ろした。台座は破竹のごとく壊れ、中から鍵が出て来た。
「ふぅ」
一息してサキチは、鍵を手に取った。それでアトラクタの箱を開けると、部屋中を明るくするほどピースの光が溢れ出した。サキチはそのピースをスレートの上に置くと、ピースはスレートに飲み込まれた。モニターのピースアイコンの色が変わり、一つ回収済みになった。
急にヘッドホンから歓声が響いて来た。
《やったね、一つ回収した。もう残り時間は少ない。これで》
「いえ、テニスコートのピースも手に入れます」
サキチは時田の声を聞き終える前に春香の部屋を飛び出して、テニスコートへと急いだ。
《サキチ君、慌てなくても次回のミッションも予定している。クライアントにも了承済みだから急ぐ必要はない》
「でも、また数日はダイブできなし、ピースは多い方が解析の手がかりにもなるでしょ」
無論、時田さんの言うことも正しい。先を考えて進む必要性もある。
《あながち間違ってはいないのだよ、サキチのダイバーくん。回収できるなら、うちらとしては助かるよ》
山寺が嬉しそうな声が流れて来た。
《ふふ。そうだな。私たちは特別潜入調査室に選ばれたわけだから、余力を残して後回しにするほど甘くはない。一蓮托生よ。進め!》
「そうですよ!」
みさ希の言葉に、サキチは背中を押された。
サキチは一度目のダイブを悔やんでいた。それはサキチだけでなくオペレーションルームにいる人たちも同じ気持ちだ。短い期間でシステムの性能をアップさせ、先の計画を練っている。そう。クライアントの記憶をただただ早く取り戻してあげたい一心で。
サキチはテニスコートの脇にあるベンチに迷いなく走った。
《朗報だよ、サキチのダイバーくん。残り時間は二分を切っている。けど、いくつか落ちているテニスボールを調べんさい!》
「え、どうして?」
《解析班をなめてもらっちゃ困るよ。さっき撮ってくれた写真や今までの夢データを使って検証してるのだよ》
「くぅー、みんな頼もし過ぎるよ!」
サキチはナイフを具現化した。手前に落ちているテニスボールを拾ってナイフを突き刺した。中には何も入ってなかった。
「次!」
二つ目も入っていない。
「違う!」
《サキチ君。一分を切った》
「次! 違う!」
「次! 違う!」
「次! 違う!」
「次!」
「――っ!」
ナイフを突き刺すと、先端が硬い物にぶつかった。サキチはボールを輪切りにして、鍵を取り出した。
《あと十秒! 早く、アトラクタの箱を開けてピースを》
「わかってる―――っ!」
テニスコートの中央まで駆け寄り、アトラクタの箱にぶつかるようにして体を止めた。サキチは顔をゆがめたが、痛みなど気にすることもなく、鍵穴に鍵を差し込んだ。
そして、いっきに鍵を回転させた。
アトラクタの箱が開いて中から溢れ出す光。いつもなら祝福の光のように思っていたが、今はそれどころではない。サキチはピースを荒々しく握り、スレートの面に叩き付けた。
ピースは水に沈むように、スレート中へ光を放ちながら溶け込んで行った。




