第9話 元職場『黄金の獅子』商会の嫌がらせと、帳簿の監査
毎日18時更新・全10話で第1章完結します。
共同生活も二週目に入り、煙突屋敷の生活は平和そのものだった。
庭の菜園からは毎日新鮮な野菜が採れ、裏山ではウリちゃんたちが元気に走り回り、屋敷のワインサウナは近所の爺さんたちの社交場として定着していた。
だが、そんな平穏をぶち壊す奴らが、ついに姿を現した。
ドカァンッ!
昼下がり、煙突屋敷の玄関の扉が乱暴に蹴破られた。
「おい、レン! いるのは分かってんだぞ、出てこい!」
下品な怒声と共に土足で上がり込んできたのは、見覚えのある豚のような顔の男――俺をクビにした『黄金の獅子』商会の元上司、倉庫主任のバドだった。
後ろには、棍棒や鉄パイプを持った商会の雇われ用心棒が四人、凄みを利かせて並んでいる。
「……バド主任。不法侵入ですよ。何の用です?」
俺が台所から濡れ雑巾を持って出てくると、バドは下卑た笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「何の用だぁ? とぼけるなよ、薄汚い倉庫番が! お前がクビになった後、うちの商会にイナゴの大群が降ってきて穀物倉庫が全滅したんだよ! お前が裏で糸を引いてたのはバレバレなんだよ!」
「イナゴ? 何のことです? 俺はずっとここで畑を耕してましたが」
「嘘をつくな! それに、お前が倉庫番時代に横領していた証拠も見つかったんだ!」
バドが懐から、分厚い羊皮紙の帳簿をバサリとテーブルに叩きつけた。
「お前が担当していた第三倉庫の鉄鉱石と香辛料、合わせて金貨二百枚分の在庫が合わねえんだよ! 今すぐその横領した金を耳を揃えて返せ! 払えねえなら、この屋敷と裏山を商会に差し押さえさせてもらうぞ!」
用心棒たちが棍棒を手のひらに打ちつけ、下卑た笑いを浮かべた。
「なんですの、この豚のような下賤な輩は!」
二階からオリヴィアが駆け降りてきて杖を構える。
「レンさん、わたしの超濃縮劇薬で、骨ごと溶かして庭の肥料にしちゃいましょうか♪」
「ウチ、チュウちゃん呼んでくる。一口で食べる」
「待て、お前ら全員下がってろ」
俺は手で三人を制した。
暴力で解決すれば、衛兵沙汰になってこっちが不利になる。ここは、倉庫番としての本職の土俵だ。
俺はテーブルに置かれた商会の帳簿を、指先でパラパラとめくった。
「……バド主任。これ、本当に俺が横領した証拠ですか?」
「当たり前だ! 数字は嘘をつかねえんだよ!」
「そうですね。数字は嘘をつきません」
俺は帳簿の十二ページ目で指を止めた。
「主任。この帳簿、三ヶ月前の鉄鉱石の仕入れ重量が『二十トン』って書いてありますね。でも、受領印を押したのは俺だ。入庫伝票の荷台の寸法は『長さ四メートル、幅二メートル、深さ一メートル』の木箱が二つ。……鉄鉱石の比重は立方メートルあたり約四・五トンだ。この容積なら、どう詰め込んでも最大で十六トンしか入らない」
「な、何だと……?」
「つまり、お前は仕入れの段階で『四トン分』の架空請求をして、商会の金庫から金貨四十枚を自分の懐にネコババしたな?」
バドの顔から、サーッと血の気が引いた。
「さらに、二十八ページ目。先月導入した『自動仕分け魔導具』の保守点検費に金貨八十枚が計上されてる。だが、あの機械の魔力炉は『単結晶ルビー型』だ。月々の魔導触媒の交換費用は、どう計算しても金貨五枚を超えない。残りの金貨七十五枚はどこへ消えた?」
「なっ……な、なんでそんな昔の細かい数字を全部覚えてやがるんだ……!?」
「当たり前だろ。俺は五年半、あの倉庫の荷物を毎日手ばかりと目分量でチェックして帳簿をつけてたんだ。俺の頭の中に、倉庫の全在庫の出納データが入ってないわけがないだろ」
俺は冷笑を浮かべ、帳簿をバタンと閉じた。
「お前、自分の横領の穴埋めに、俺の退職にかこつけて在庫の帳尻を合わせようとしたな? ……この帳簿の筆跡、お前の愛人の娼婦の字じゃねえか。酒場のツケ伝票と同じ丸文字の筆跡じゃねえか」
「ヒッ……ひいいいいいいっ!?」
バドがガタガタと震え出した。
数字のプロである倉庫番を相手に、杜撰な改ざん帳簿で喧嘩を売ったのが運の尽きだ。
「お、おい! 何をボケッと突っ立ってやがる、やれ! こいつをぶっ殺して帳簿を奪い返せ!」
逆上したバドが用心棒たちに怒鳴り散らした。
用心棒の巨漢が、凶悪な笑みを浮かべて棍棒を振り上げる。
「死ねや、ガキがァァァッ!」
その瞬間だった。
ズゥゥゥゥゥゥン……。
リビングの窓の外から、家ほどもある巨大な漆黒の影がぬっと顔を覗かせた。
体長五メートルの下水ネズミ、チュウちゃんだ。
チュウちゃんの丸い耳がピクピクと動き、そのつぶらな赤い瞳が、窓ガラス越しに用心棒たちをじっと見下ろした。
「キュイ〜?」
チュウちゃんが愛らしく首を傾げ、太い前足をそっと屋敷の屋根の上に置いた。
ミシミシッ……! メキメキメキッ!
屋敷全体が悲鳴を上げ、天井からパラパラと埃が降ってくる。
「ヒッ……!?」
「な、なんだあの怪物はァァァァッ!?」
用心棒たちの顔が、一瞬で青から白へと変色した。
「おい、用心棒の皆さん」
俺は穏やかな笑顔で、手元の万能包丁をシャコシャコと爪で弾いた。
「うちのチュウちゃん、ちょうどお昼ご飯がまだなんですよ。……粗大ゴミとして出荷されたいですか?」
「ひ、ひいいいいいいっ! 助けてくれえええええっ!」
用心棒たちは棍棒を投げ捨て、蜘蛛の子を散らすように玄関から逃げ出していった。
取り残されたバド主任は、腰を抜かして失禁しながら床を這いずり回っていた。
「レ、レン……! 頼む、見逃してくれ! 俺が悪かった!」
「見逃すわけないだろ。お前は俺の神聖な玄関を泥足で汚したんだからな」
三十分後。
俺は麻ロープで手早くバド主任を『人間ミノムシ』に梱包し、懐から押収した横領の証拠帳簿を首からぶら下げて、衛兵所の前へ出荷しておいた。
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【幕間:王都財務局と騎士団の強制捜査】
夕暮れ。大手『黄金の獅子』商会の本社ビル。
「動くな! 王都財務局および騎士団である!」
突入してきた武装騎士たちが、商会長の執務室を制圧した。
「な、何事ですか騎士団長殿!? 我が商会が何をしたと――」
「問答無用! 貴殿らの倉庫主任バドより提出された裏帳簿により、過去十年間にわたる大規模な脱税、密輸、および横領の動かぬ証拠が押収された!」
騎士団長が突きつけたのは、レンの几帳面な赤ペンで不正の全容が完璧に暴かれた帳簿だった。
「ば、馬鹿な……!? あの帳簿の暗号化された数字を、たった一人で完璧に監査し、すべての裏金の流れを暴き出すなど……財務局の首席監査官でも不可能な神業だぞ!?」
「そうだ。通報者は、あの『煙突屋敷』の主……『在庫管理者』レン卿だ」
騎士団長は冷たく言い放った。
「貴様らは、触れてはならぬ不可侵の怪物の領域に踏み込み、その圧倒的な知略によって自滅したのだ。……連行しろ!」
翌朝、『黄金の獅子』商会は全財産没収の上、看板を下ろすこととなった。
元職場が完全に消滅したとは露知らず。
その頃レンは、玄関の泥汚れをモップで拭きながら、「敷居を跨ぐときは靴を脱げって教わらなかったのかな」とぼやいていた。
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次回「鍋を囲む夜と、世界最強クランの烙印」は【明日18時】に更新します!
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