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第8話 屋敷の雨漏りと、煙突サウナの繁盛記

毎日18時更新・全10話で第1章完結します。

季節の変わり目というのは、大抵ロクなことが起きない。

 リヴェルタの街を、記録的な秋の豪雨が襲っていた。

 バケツをひっくり返したような土砂降りが屋根を叩き、煙突屋敷のあちこちから不穏な音が響き始める。

 ポタッ……ポタポタポタッ!

「レンさん! リビングの天井から雨漏りです!」

「わたくしの二階の寝室も水浸しですわ! ベッドの上に滝が流れています!」

「チュウちゃんの頭の上に、水滴落ちてきて可哀想」

 屋敷中が水浸しだった。鍋やバケツを総動員して床に並べるが、雨足が強すぎて追いつかない。

「ちくしょう、前の住人が夜逃げした理由がよく分かったぜ……!」

 俺は道具袋を掴み、脚立を立てて屋根裏へと駆け上がった。

 倉庫番の基本スキル、雨漏り防護だ。雨漏りは放置すると梁が腐り、家全体が倒壊する。

「ステラ、防水用のタールか油性ワニスはあるか!」

「あります! 外壁用に調合した『超濃縮・液体撥水ポリマー』ならドラム缶一本分ありますよ♪」

「よし、それを持って上がれ!」


 屋根裏に登った俺は、割れた瓦の隙間に木枠を当て、ステラの撥水ポリマーを手早く塗りたくった。

 手ばかりで粘度を測り、雨水で薄まらないように素早くコテで均す。

 ピタリ、とリビングへの浸水が止まった。

「ふぅ……これでひとまず応急処置は完了だ」

 俺が汗を拭った、その時だった。


「お任せなさい! 屋根の上に溜まった雨水など、わたくしの空間門で雲の上へ逆流させて差し上げますわ!」

 二階から、オリヴィアの自信満々な声が響いた。

「待てオリヴィア! 屋根の上で大掛かりなゲートを開くな、嫌な予感が――」

「【ディメンション・リバース】ッ!!」

 ドガアアアアアンッ!!

 屋敷の屋根の上で、巨大な紫色の裂け目が開いた。

 だが、オリヴィアの方向音痴が、またしても奇跡的な大暴走を引き起こした。

 雨水が吸い込まれる代わりに――ゲートの向こうから、甘く芳醇なブドウの香りと共に、深紅の液体が滝のように屋根へ逆流してきたのだ。

 ドババババババババッ!!

「あっつ!? いや、冷たい!? ……って、これ赤ワインじゃねえか!!」

「えっ、ええっ!? 雲の上を指定したはずなのに、どうして南区の高級ワイナリーの地下貯蔵樽に繋がって……!?」

「酒蔵の樽に直結したのかよォォォッ!!」


 屋根の上の煙突に、数千リットルの最高級ヴィンテージ赤ワインが注ぎ込まれた。

 そして、その煙突の真下にある暖炉では――ステラが昨日入れた『超濃縮木炭』が、三千度の超高温で赤々と燃え盛っていたのだ。

 ジュワアアアアアアアアアアッッッ!!

 赤ワインが超高温の木炭に触れた瞬間、爆発的な蒸発が起きた。

 煙突から、信じられないほど甘く香ばしい、濃厚なブドウとハーブの『ワイン蒸気』がモクモクと立ち昇り、煙突屋敷全体を包み込んだ。

 中庭の石造り風呂桶が、一瞬にして『極上ワインスチームサウナ』へと変貌を遂げた。


「な、なんですのこれぇぇぇぇっ!?」

「すっごくいい匂いです♪ お肌がすべすべになりそう!」

「チュウちゃん、気持ちよさそうに寝ちゃった」

 豪雨の中、煙突屋敷から立ち昇る甘美なワインの香りは、風に乗って東区の街全体へと広がっていった。


 十分後。

 ドンドンッ! と屋敷の玄関のドアが叩かれた。

「おい! レンの坊主、いるか!?」

 びしょ濡れの大家の親父と、近所の長屋の住人たちが、タオルと桶を抱えて大挙して押し寄せてきたのだ。

「大家さん、どうしたんですか?」

「どうしたじゃねえよ! 街中にとんでもねえ美味そうな酒の匂いが漂ってきて、見上げたらお前の屋敷の煙突からワインの蒸気が噴き出してるじゃねえか! 頼む、その風呂に入らせてくれ! 冷たい雨で体が冷え切っちまってんだ!」

「お、俺も頼む! 銅貨十枚払うから!」

「私も入れてちょうだい!」

 雨で仕事を失い、寒さに震えていた下町の労働者たちが、目を血走らせてコインを差し出してきた。


 俺は一瞬呆然としたが、次の瞬間、頭の中のそろばんが高速で弾かれた。

「……よし、ステラ! 下駄箱の板を外して番台を作れ!」

「は、はいっ!」

「オリヴィア、温度が上がりすぎないようにゲートの開口度を三割に絞れ!」

「わ、わたくしがサウナの温度調節係ですの……!?」

「文句を言うな! 大人一人、銅貨五枚! バスタオル貸出は銅貨二枚だ! 順番に並べ!」


 その日の午後、煙突屋敷は下町最大の『天然ワインスチームサウナ温泉』として大繁盛した。

 雨に濡れた住人たちが湯気に包まれ、「極楽だぁ……」「腰の痛みが消えたぞ!」「肌が若返った!」と大絶賛。

 雨が上がった夕暮れ時。

 番台の缶を開けると、中には銅貨と銀貨が溢れんばかりに詰まっていた。

 計算すると、なんと銀貨八十枚(金貨八枚相当)。

「……屋根の修理代どころか、今月の生活費が全部浮いたぞ」

 俺は温かいワイン風呂に肩まで浸かり、深く息を吐き出した。

「レンさん、背中流しますね♪」

「わたくしにもワインを一杯注ぎなさいな」

「チュウちゃん、もうふやけてる」

 ……雨漏りからサウナ経営。人生、何が起きるか本当に分からないものである。


---

【幕間:王都酒類商業ギルドの激震】


 その日の夜。リヴェルタ酒類商業ギルド、会談室。

「……報告書を読ませてもらった」

 ギルド長が、眉間を指で揉みながら書類を叩いた。

「南区の名門ワイナリーから、門外不出の幻のヴィンテージ赤ワインが、樽から忽然と数十リットル消失した。そして同時刻、東区の『煙突屋敷』にて、その幻のワインを贅沢にも【入浴用の湯気】として全量噴霧し、貧民どもに無料同然で振る舞ったと……」

 調査員が青ざめた顔で頷く。

「はい……一杯で金貨一枚は下らない伝説の銘酒を、ただの雨の日のサウナの燃料として消費したそうです……」

「馬鹿な……なんという桁外れの財力、そして王都の経済を嘲笑うかのような道楽……!」

 ギルド長は戦慄に体を震わせた。

「あの煙突屋敷の主『レン』……酒の密輸ラインの王か、あるいは世界の財界を裏で牛耳る大富豪の隠し子か……。絶対に怒らせてはならん。あの屋敷の酒類取引には、一切の口出しを禁ずる!」


 酒の密売王として恐れられているとは夢にも思わず。

 その頃レンは、サウナ上がりのフルーツ牛乳を腰に手を当てて飲み干していた。


---


――――――――――――――――――――――――

次回「元職場『黄金の獅子』商会の嫌がらせと、帳簿の監査」は【明日18時】に更新します!


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