第7話 郊外の薬草採取と、暴走猪の耕作パニック
毎日18時更新・全10話で第1章完結します。
共同生活五日目。
煙突屋敷の生活は、少しずつ軌道に乗り始めていた。
だが、俺の胃痛の種は尽きない。
「チュウちゃんの食費が、一日で乾燥トウモロコシ二袋。ウリちゃんたち二十頭の飼料が、大麦三袋……」
裏山の牧場を見上げながら、俺は帳簿にペンを走らせた。
下水清掃の銅貨三十枚など、とっくの昔に動物たちの胃袋へと消え去っている。日雇いの雑用だけでなく、継続して金を生み出す『生産拠点』を作らねば、冬を越す前に破産だ。
「よし。屋敷の広大な裏庭を開墾して、薬草の家庭菜園を作るぞ」
「賛成です、レンさん! 薬草ならわたし、育てたい品種がたくさんあります♪」
「わたくしも優雅なハーブティー用の茶葉を所望いたしますわ!」
「ウチ、甘い木の実がいい」
話がまとまったところで、俺たちは苗木と野生の種子を採取するため、リヴェルタ郊外の『黒枯れの森』へと向かった。
チュウちゃんの背中に揺られながら森の奥へと進む。
ここは低級の薬草が自生しているが、土壌が痩せており、冒険者もあまり寄り付かない場所だ。
「レンさん、見てください! あそこに群生しているのは、疲労回復薬の原料になる『銀鈴草』です!」
ステラが指差した木の根元に、小さな白い花が咲いていた。
「よし、根を傷つけないようにスコップで掘り起こすぞ」
俺が作業を始めようとした、その時だった。
「ふふふ……この痩せた土地の植物たちに、愛の手を差し伸べましょう♪」
ステラが腰のフラスコから、ドロリとした蛍光グリーンの液体を取り出した。
「おいステラ、それは何だ」
「安心してください! 前回のキノコ事件を反省し、今度は植物専用に調整した『超濃縮・植物万能液肥』です! 一滴垂らすだけで、土壌の肥沃度が十万倍になります♪」
「一滴で十万倍って時点で劇物指定だろうが!!」
俺のツッコミより早く、ステラの手からフラスコが滑り落ちた。
ボトッ。
液肥の全量が、森の地面に染み込んでいく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地響きとともに、森の大地が波打った。
「な、なんですのォォォォッ!?」
オリヴィアが悲鳴を上げる。
可憐な白い花だったはずの銀鈴草が、ジャックと豆の木のように天に向かって急成長を始めた。茎は電信柱のように太くなり、花びらは大人の人間を丸呑みできそうなサイズに巨大化。さらに周囲のツタや雑草が、まるで触手のように蠢きながら森全体を覆い尽くしていく。
「ぎゃあああ! 森が……森がジャングルになっちゃいました!」
「お前のせいだろ!!」
さらに最悪なことに、強烈な薬草の香気に釣られて、森の奥から地響きが迫ってきた。
ドドドドドドドドッ!
野生の魔獣『マッドボア』の大群だ。それも二十頭や三十頭ではない。百頭を超える巨大な猪の津波が、真っ赤な目を血走らせて巨大薬草目掛けて突進してくる!
「ひいいいっ!? 踏み潰されますわ!」
「オリヴィア、空間門で逃げる準備を――」
「ダメ」
ベルカが前に飛び出した。
「みんな、お腹空いてるだけ。ウチが話をつける」
ベルカが指笛をピィーッと鋭く鳴らした。
突進の先頭にいた巨大なボス猪が、ベルカの目の前で急ブレーキをかけた。
ベルカはボス猪の牙を両手で掴み、額と額をごっつんと突き合わせた。
「ウチはベルカ。美味しいご飯の場所を知ってる。暴れる子は嫌い」
ベルカの瞳から、柔らかな桃色の魔力が放たれる。
百頭の暴走猪たちが、一斉にフシュウウッと大人しく鼻息を漏らし、子犬のように地面にお座りした。
「百頭手懐けただとおおおおっ!?」
「レン、この子たちも家族。名前はウリちゃん二十一号から百二十号」
「増やすなァァァッ!! 破産するわ!!」
だが、俺の脳裏に、倉庫番としての電撃的な閃きが走った。
巨大化した数千本もの超特級薬草。
そして、手懐けられた百頭の怪力猪。
「……待てよ。これ、全部収穫して市場に卸せば、金貨何十枚になる?」
俺は道具袋から、予備の麻ロープをすべて引っ張り出した。
「ベルカ! 猪たちの背中にロープをかけろ! 十頭一組で連結牽引隊を組む!」
「了解。みんな、お仕事だって」
「オリヴィア、お前はゲートを開け! 出口は煙突屋敷の裏庭だ! 距離は三キロ、座標の原点はあの巨大な岩だ!」
「三キロの固定なら……わたくしの計算でもズレませんわ!」
「ステラ、お前は包丁を持て! 巨大薬草の根元を切り落とすぞ!」
俺の怒涛の指示が飛んだ。
猪軍団が一斉に巨大薬草を根元から掘り起こし、ステラがオリハルコン包丁で素早く茎を切り落とす。
俺は落ちてきた薬草を手際よく麻縄で十本単位に束ね、荷崩れ防止の『樽縛り』でパッキング。
できた荷物を、オリヴィアが開いた空間ゲートの向こう――煙突屋敷の庭へと次々と放り込んでいく。
掘る、切る、縛る、放り込む。
完璧なベルトコンベア作業が、森の中で展開された。
作業開始からわずか一時間後。
荒れ狂っていた暴走薬草の森は、綺麗サッパリ更地となり、煙突屋敷の裏庭には、最高級の巨大薬草が美しく山積みされていた。
夕方。
冒険者ギルドに薬草の一部を持ち込むと、薬草ギルドの責任者が泡を吹いて倒れた。
「こ、これは……通常の十倍の薬効を持つ【真・銀鈴草】……! しかも傷一つない完璧な出荷状態……! 金貨三十枚で全て買い取らせてください!!」
チャリン、と重い革袋が俺の手に落ちた。
「勝った……! これで今月の飼料代は全額クリアだ!」
俺は夕日を背にガッツポーズを決めた。
……なお、残った八十頭の猪たちは、裏山を嬉しそうに耕しながら、自分たちの寝床を勝手に作り始めていた。
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【幕間:薬草ギルド長と魔導院の密談】
その夜。リヴェルタ薬草ギルド本部、最高機密保管庫。
「……間違いない。今朝納品された銀鈴草は、人為的に魔力活性を極限まで濃縮された【神聖変異種】だ」
薬草ギルド長が、震える手でルーペを置いた。
「しかも納品したのは、あのFランクパーティ『煙突屋敷』……。王都の最高ランクの採取部隊ですら、一ヶ月に数本しか持ち帰れない代物を、たった一日で荷車三台分も持ち込んできた……」
同席していた魔導院の調査官が、唾を飲み込んだ。
「……噂は本当だったのか。煙突屋敷の主『レン』……彼は、王都周辺の生態系と植物相すら、自らの庭先のように意のままに操作できるというのか……」
「逆らうな。彼がその気になれば、王都の医薬品市場を一夜にして独占・崩壊させられる……。彼らには最優先で便宜を図れと、全職員に通達を出せ!」
薬草市場の裏で国家規模の警戒令が出ているとは露知らず。
その頃レンは、巨大薬草の葉っぱを天ぷらにして、「おっ、ほろ苦くてビールに合うな」と晩酌を楽しんでいた。
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次回「屋敷の雨漏りと、煙突サウナの繁盛記」は【明日18時】に更新します!
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