第6話 古着屋の掘り出し物と、絶対防弾の寝間着
毎日18時更新・全10話で第1章完結します。
下水清掃の報酬で得た銅貨三十枚は、その日の晩餐――焼きたてのパンと極太ソーセージ、そして安ワインとなって俺たちの胃袋へと消え去った。
だが、翌朝になって新たな、そして極めて深刻な問題が浮上した。
「着る服がない」
煙突屋敷のリビングで、俺は腕を組んで宣告した。
見渡せば、ステラの白衣は長年の薬品実験で袖がボロボロ、オリヴィアの豪奢な青ローブは下水の泥水で裾が変色し、ベルカに至ってはほぼ野生児の腰布一枚である。
「わたくし、名門アカデミーの制服以外に着たことがありませんのよ? まさかこの薄汚れたローブで街を歩けとおっしゃるの?」
「わたしも、予備の白衣は前のアパートを出るときに全部置いてきちゃいました♪」
「ウチ、服きらい。動きにくい」
「風紀を乱すな。お前らは女の子なんだから、少しは身嗜みに気を使え」
俺自身も、商会をクビになったときの作業着一着しか持っていない。これから寒くなるというのに、このままでは全員で風邪をひいて全滅だ。
俺たちは、リヴェルタの西区で毎週開かれる『ガラクタ蚤の市』へと足を運んだ。
貴族のお下がりや、冒険者の遺品、売れ残りの布地が山積みにされた貧民街の市場だ。
「レン、こんなゴミ捨て場みたいなところで服を買うんですの……?」
「ゴミの中に宝があるんだよ。倉庫番の目を舐めるな」
俺は古着の山に手を突っ込み、手ばかりの感覚を研ぎ澄ませた。
生地の厚み、糸の撚りの強さ、布目の詰まり具合。指先で撫でるだけで、羊毛の混紡率から麻の耐久性までが数字で伝わってくる。
「ほら、これを見ろ」
俺が山底から引っ張り出したのは、泥で薄汚れていたが、最高級の防寒用アルパカ毛で織られた厚手のコートだった。ボタンが一つ取れているだけで、銀貨五十枚の価値があるものが銅貨三枚の投げ売りだ。
「本当ですわ……! 泥を落とせば、仕立て直せば立派なドレスになります!」
「だろ? ステラにはこの麻の作業用ワンピース、ベルカにはこの毛皮の裏地付きチュニックだ」
俺は銅貨十枚をはたいて、四人分の丈夫な古着と、裁縫用の太針、そして頑丈な麻糸の束を購入した。
屋敷に戻り、俺の『梱包ロープワーク』を応用した超高速裁縫が火を吹いた。
破れた袖を切り落とし、麻糸を三重に縒って『本縫い返し』でガチガチに縫い上げる。荷崩れを起こさない結束技術は、そのまま布の補強に直結する。
「よし、これで普段着は完成だ。あとは寝間着だな」
俺が余った端切れ布をパッチワークのように繋ぎ合わせていると、ステラが目を輝かせて小瓶を取り出した。
「レンさん! 夜は冷えますから、寝間着の繊維の隙間に『超濃縮・分子間結合硬化液』を染み込ませておきましたよ♪」
「……なんだその不穏な名前の液体は」
「繊維の密度を千パーセントに高めて、冷気の侵入を完全に防ぐ保温コーティングです!」
「保温ならいいが……変な副作用はないんだろうな?」
「ありません♪ ただちょっと、硬度がダイヤモンド並みになるだけです!」
「それパジャマじゃなくて重騎士の胸甲だろうが!!」
その夜。
仕上がったパジャマを着た俺たちは、全員魔導人形のように関節をギシギシ言わせながらリビングに集まった。
「……レン、これ、曲がらない」
ベルカが直立不動のまま倒れ込み、床に『ガシャン!』と金属音を立てて激突した。
「わたくしもですわ! 腕が前に出ません! 寝返りが打てませんわよ!」
「えへへ、でもすっごく温かいですよ♪」
「温かいけど息が苦しいわ!」
その時だった。
ガタツッ。
暗闇に包まれた煙突屋敷の窓ガラスを割り、二人のコソ泥が侵入してきた。
昼間、市場で俺たちが掘り出し物を買い集めているのを見て、金目のものがあると踏んで後をつけてきた街のチンピラだ。
「おい、静かにしろ……寝首を掻いて、荷物を全部奪うぞ」
抜き身のダガーナイフを持ったチンピラが、暗闇の中で直立不動のまま転がっていたベルカに忍び寄り、背中にナイフを突き立てた。
ギャリィィィィィィンッ!!
火花が飛び散った。
「ぎゃああああああああっ!?」
ダガーナイフの刃が根元からへし折れ、チンピラの手首が衝撃で脱臼した。
「な、何だこのガキの背中はァァァッ!? 鉄板でも仕込んで……ヒッ!?」
ベルカが魔導人形のように首だけをギチギチと九十度回し、暗闇の中で赤い瞳をギラリと光らせた。
「チュウちゃん、侵入者。潰していいよ」
「キュイッ!」
暗闇から現れた体長五メートルの巨大ネズミの平手打ちが、チンピラ二人を壁ごと庭へ叩き出した。
翌朝。
俺たちはガチガチの防弾パジャマを脱ぎ捨て、筋肉痛の体をさすりながら庭へ出た。
庭の隅には、気絶したチンピラ二人が転がっていた。
「……おいステラ。あの防弾液、水で十倍に薄めて塗り直せ」
「はーい、反省してます♪」
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【幕間:裏路地のコソ泥たちの噂】
リヴェルタの貧民街、裏酒場。
「おい、聞いたか……? 銀爪のジャックたちが、東区の『煙突屋敷』に盗みに入ったらしいんだが……」
「ああ、知ってるぜ。全身の骨を折られて衛兵所に放り出されたんだろ?」
「それだけじゃねえ! ジャックが言うには……あの屋敷の連中、全員が『不可視の神話装甲』を皮膚の上に常時展開してるらしい!」
「はあ!? 神話装甲だと!?」
「特級のダガーで不意打ちしたのに、刃先が粉微塵に弾け飛んだそうだ……。しかも、パジャマ姿の幼女が一歩も動かずに手首をへし折ってきたと……」
酒場の荒くれ者たちが、青ざめてグラスを置いた。
「……恐ろしい。寝込みを襲われても傷一つ負わん怪物の巣窟か……。あそこには二度と近づくな。命がいくつあっても足りんぞ……!」
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次回「郊外の薬草採取と、暴走猪の耕作パニック」は【明日18時】に更新します!
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