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第5話 初めてのパーティ登録と、ギルド受付嬢の胃痛

毎日18時更新・全10話で第1章完結します。

冒険者ギルド『リヴェルタ中央支部』。

 昼下がりのギルド内は、昼間からエールをあおる荒くれ者たちの怒号と、依頼票を奪い合う冒険者たちの殺気で満ちていた。

 その自動扉をくぐり、俺たちは受付カウンターへと向かった。

 先頭を歩くのは元倉庫番の俺(普段着に道具袋)。

 後ろには、煤まみれの白衣を着たステラ、豪奢な青ローブを着てツンとすましたオリヴィア、そして腰に骨のナイフを差した野生児ベルカ。なお、チュウちゃんはギルドの入り口の扉に挟まって入れなかったため、外の馬繋ぎ場でお留守番である。


「す、すみません……本日登録をご希望の方ですか?」

 受付カウンターの奥から、今にも倒れそうな顔色の若い女性職員が顔を出した。

 名札には『エレナ』とある。目の下に濃い隈があり、手元には胃薬の瓶が置かれていた。どうやら俺と同類の、過労とストレスに苛まれる常識人枠らしい。

「はい。新規でパーティ登録と、受けられる依頼を探しに来ました」

 俺が丁寧に頭を下げると、エレナ嬢は少し驚いたように目を瞬かせた。

「あ、ありがとうございます……! いつもカウンターを蹴っ飛ばすような粗暴な方ばかりなので、まともに挨拶してくださるだけで涙が出そうです……」

 どれだけブラックな職場なんだ。俺は思わず同情の視線を送った。


「では、こちらの用紙にパーティ名と所属メンバーをご記入ください」

 渡された羊皮紙を前に、後ろの三人が即座に身を乗り出してきた。

「パーティ名? 決まっておりますわ! 『至高なる深淵の時空覇王団』になさい!」

 オリヴィアがドヤ顔で胸を反らす。

「枠からはみ出る」

 俺は即座に却下した。

「レンさん、わたしの案もあります! 『過剰濃縮錬金爆発倶楽部』はどうでしょう♪」

「爆発するな、テロリスト認定されるだろ」

「チュウちゃん隊」

「ネズミが本体になっちまうだろ」

 俺はため息をつき、羽ペンをインクに浸すと、登録用紙のパーティ名欄にサラサラと書き込んだ。

『煙突屋敷』。

「えっ、これでいいんですか!?」

「拠点の名前だ。短くて覚えやすいだろ」

 エレナ嬢に用紙を差し出すと、彼女は用紙を見つめたまま固まった。

「……ど、どうした? 不備でもあったか?」

「い、いえ……! 字が……字がとても綺麗で、行の幅も均等で、インクの滲み一つありません……! こんなに美しい書類、ギルド創設以来初めて見ました……!」

 エレナ嬢が震える手で受付印をポンと押した。倉庫番にとって、帳簿の几帳面さは命だからな。


「パーティ『煙突屋敷』、Fランクとして登録完了いたしました! ……それで、本日のご依頼ですが……」

 エレナ嬢が申し訳なさそうに、カウンターの隅から一枚の薄汚れた依頼票を取り出した。

「Fランクの皆様がお受けできるのは、基本的に街の雑用のみとなっておりまして……現在残っているのは、こちらの『王都中央下水路のヘドロ清掃および害獣駆除』だけなのです。報酬は銅貨三十枚……悪臭とヘドロが酷く、誰もやりたがらない案件なのですが……」

「受けます」

 俺は食い気味に依頼票を受け取った。

「銅貨三十枚あれば、今夜のパンとソーセージ、それに安ワインが買える。背に腹は代えられん」


 こうして俺たちは、リヴェルタの地下に広がる『中央下水路』へと降り立った。

 石造りの巨大な地下通路。

 だが、その環境は地獄そのものだった。

「うっ……! 臭いですわ……! 鼻がもげそうです!」

 オリヴィアがローブの袖で鼻を押さえて涙目になる。

 足元には、数百年分の油汚れとヘドロが固着し、ヘドロの奥からは巨大な下水スライムや毒ヒルが蠢いていた。排水口が完全に詰まり、汚水が逆流寸前で溜まっている。

「レンさん、わたしの出番ですね♪ この下水路全体を丸ごと融解させる『超濃縮・強酸性排水クリーナー』を流し込みましょう!」

「下水管ごと街が溶けて崩落するわ! 却下だ!」


 俺は持参した道具袋を開いた。

 倉庫番の現場管理(ロジスティクス)の見せ所だ。

「いいか、全員よく聞け。下水の清掃は、力任せにやってもキリがない。手順と役割分担がすべてだ」

 俺は現場を指差し、テキパキと指示を出した。

「ステラ! お前のその洗浄液を、バケツの水で五千倍に希釈しろ! 配管の石を溶かさず、ヘドロの油分だけを分解する濃度は、このバケツ一杯に対してスポイト三滴だ!」

「は、はいっ! 三滴ですね!」

「ベルカ! チュウちゃんを下水路の突き当たりに配置しろ!」

「チュウちゃん、吸引モード。いくよ」

「オリヴィア! 排水ゲートの出口の座標を、街の外の『不毛の岩山地帯』に繋げ!」

「街の外の岩山地帯……? そんな荒野に繋いで何をする気ですの?」

「今からわかる!」


 俺はモップを構え、声を張り上げた。

「清掃作業、開始ッ!!」

 ステラが希釈した洗浄液を、排水路の最上流から一気に流し込んだ。

 シュワアアアアアッ!

 絶妙な希釈率で調整された液体が、壁面にこびりついたヘドロとスライムの油膜を一瞬で炭酸ガスと水へと生分解していく。固着していた数百年分の汚れが、ドロドロの液体となって一気に流れ出した。

「ベルカ、チュウちゃん! 吸えッ!!」

 ズオオオオオオオオオオオッ!!

 下水路の奥で口を開けたチュウちゃんが、巨大な魔導吸引器をも超える凄まじい肺活量で、押し寄せるヘドロとスライムの群れを一滴残らず吸い込んでいく。

「オリヴィア! チュウちゃんの真後ろに空間門を展開!」

「開け、空間の門ッ!!」

 チュウちゃんが吸い込み、そのままお尻から排出した高圧の汚水ジェットが、オリヴィアの開いた空間ゲートへとダイレクトに吸い込まれ、街の外の誰もいない不毛の岩山へと転送されていく。

 ステラの分解、チュウちゃんの吸引、オリヴィアの空間バイパス。

 三つの規格外の力が、俺の段取りによって完璧な『超高速・全自動下水高圧洗浄システム』として噛み合った。


 作業開始から、わずか四十五分後。

「……ふぅ。完了だな」

 俺はモップを絞った。

 そこにあったのは、悪臭漂うドブ川ではない。

 天井から床の隅々まで、汚れ一つなく磨き上げられ、地下水がキラキラと清らかに流れる、まるで古代神殿のような美しい地下水路だった。

「す、すごいですわ……! わたくしたち、本当にあのおぞましい下水路を掃除してしまいましたの……!?」

「チュウちゃん、お腹いっぱい。ちょっと眠い」

「レンさん、床が鏡みたいにピカピカですよ♪」


 夕暮れ時。

 冒険者ギルドの受付に戻った俺たちは、エレナ嬢に完了報告書を提出した。

「えっ……? もう戻られたのですか? あそこはベテランの作業員が十人がかりで三日かかる場所なのですが……」

 半信半疑のエレナ嬢が、水晶球で下水路の遠隔映像を確認した。

 次の瞬間。

「……え?」

 エレナ嬢の手から、羽ペンがポロリと落ちた。

「な……何ですかこれは……!? 下水路に……チリ一つ落ちていない……!? 水が透き通って魚が泳いでいる……!?」

「詰まりは全部抜いておきました。これで依頼達成ですよね?」

「は、はいィィィッ! 達成です! 報酬の銅貨三十枚、どうぞお受け取りくださいませぇぇぇっ!!」


 チャリン、と重みのある銅貨の束を受け取った。

 ギルドを出た俺たちは、茜色に染まるリヴェルタの商店街を歩いた。

「よし、ステラ、オリヴィア、ベルカ! 今夜は約束通り、パン屋の焼きたてフランスパンと、肉屋のソーセージを買うぞ!」

「わああいっ! ソーセージです♪」

「フッ、わたくしはマスタードをたっぷり添えていただきますわ!」

「チュウちゃんにも、骨付き肉買ってあげて」

「キュイッ♪」


 他愛のない会話を交わしながら、俺たちは並んで家路についた。

 手に入れた金はわずか銅貨三十枚。贅沢など程遠い、日銭を稼ぐだけのギリギリの生活だ。

 だが、この騒がしくて厄介な連中と囲む夕飯は、悪くないかもしれない――俺は道具袋の紐を締め直しながら、ほんの少しだけ口元を緩めたのだった。


---

【幕間:下水管理局長とギルドマスターの戦慄】


 深夜。リヴェルタ中央下水路、最深部。

 王都下水管理局長と、冒険者ギルドマスターが、ランタンを手に呆然と立ち尽くしていた。

「……信じられん」

 下水管理局長が、白銀のように輝く排水口の壁面を震える指でなぞった。

「王都創設から三百年間、配管の奥深くに堆積し、いかなる水属性魔導士も浄化できなかった【古代魔導都市の呪詛汚泥】が……分子レベルで完全に分解されている……」

「ああ……それだけではないぞ」

 ギルドマスターが、さらに青ざめた顔で報告書を握りしめた。

「今日、街の外の不毛の岩山に、突如として空間の裂け目が現れ、数千トンの腐食性ヘドロが一瞬で投棄された。そして……岩山に巣食っていた凶悪な魔獣の群れが、そのヘドロに呑まれて全滅したそうだ」

「な、何だと……!? 王都の下水を清掃すると同時に、郊外の魔獣の巣窟をピンポイントで壊滅させただと……!?」

「そうだ。すべては、綿密に計算された作戦だったのだ……」

 ギルドマスターは、真新しいFランクパーティ登録票を取り出し、その名を畏怖を込めて読み上げた。

「パーティ名【煙突屋敷】……リーダー、レン。身分を偽り、最下級の依頼を装って、王都の地下インフラと郊外の国防をたった一時間で平定してみせた謎の青年……」

「ギルドマスター、彼らは一体何者なのですか……!?」

「わからん。だが……彼らを単なるFランク冒険者として扱ってはならん。直ちに王都上層部へ報告書を回せ。彼らは……この街の『裏の治安維持組織』だ……!」


 都市の最高幹部たちが、新たなる伝説の誕生に震え上がっていたその頃。

 当のレンは、煙突屋敷の縁側で、焼きたてのソーセージを頬張りながら「やっぱり仕事終わりの一杯は最高だな」と安ワインを喉に流し込んでいた――。





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次回「古着屋の掘り出し物と、絶対防弾の寝間着」は【明日18時】に更新します!


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