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第30話 裏社会の全面降伏と、壊れたドアの蝶番

第3章完結話です! 屋敷の防犯大勝利!

秋晴れの清々しい風が吹き抜ける朝。

 ボロ屋敷の正面玄関の前には、純白の大きな布――白旗を掲げた商業ギルドの使者が、青ざめた顔で直立不動していた。

「れ、レン殿……! ギルド連合より、先般の数々の無礼を心よりお詫び申し上げます……!」

 使者の後ろには、金貨が詰まった革袋と、最高級の木材や釘が満載された荷車が三台並んでいた。

「詫びの品だと?」

「はい! どうか、我が商会への制裁トラップをお許しいただきたいと……!」

「制裁も何も、俺は自分の家の防犯をしてただけなんだが」

 俺は呆れながら計算尺をポケットにしまい、山積みの木材を見上げた。

「まあいい、ちょうど便所のドアを直したかったところだ。資材はありがたく受け取っておく」


」


 昼前。山から帰還した俺は、ようやく落ち着きを取り戻していた。

 屋敷の廊下には、近所の農民から分けてもらった大量の籾殻(もみがら)を敷き詰めることで、ワックス油を吸い取らせて無力化。

 便所の虚空ゲートも、オリヴィアが小一時間かけて呪文を逆再生し、なんとか閉じることに成功した。

 そして天井に吊るしていた二十五名のミノムシ暗殺者たちは、通報を受けて駆けつけた衛兵隊によって、全員荷車に乗せられて連行されていった。

 「いやぁ、レン殿! 王都の指名手配犯を一網打尽にしていただき、感謝の言葉もございません!」

 衛兵隊長が直立不動で敬礼し、報奨金の金貨百枚を恭しく差し出してきた。

 「あ、どうも。不法侵入の迷惑料として受け取っておきます」

 これで壊れた便所のドアの蝶番を新品に替え、屋敷中の鍵を頑丈な二重ロックにできる。

 ベルカが路地裏で拾ってきた怪しい反社会情報誌を広げた。

 そこにはデカデカと、髑髏マークと共にこう書かれていた。

 『警告:東区煙突屋敷は絶対不可侵の生きた魔宮。関わった者は梱包されて天井の干物にされる。絶対に近づくな』。

 俺は苦い顔をして新聞を丸め、竈の火にくべた。

 変な噂が広まるのは癪だが、これで悪徳商会からの嫌がらせも止むだろう。

 「よし、蝶番を付け替えたら、今夜は豚の角煮だ!」

 こうして、ボロ屋敷の生活防衛戦は、俺たちの完全勝利で幕を閉じたのだった。



 俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。

「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」

「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」

「文句は後だ! 現場の保安管理(セーフティ)は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」

 俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。

 現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。

「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」

「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」

「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」

「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」

 ドズゥゥゥゥッ!!

 それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。

 暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。

 ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。


「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」

 俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。

 資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。

「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」

 オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。

「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」

「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」

「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」

 ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。

「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」

 俺は大鍋の蓋を開けた。

 立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。

 裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。

「「「わあああああっ!!」」」

 木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。

「いただきます!」

 熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。

「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」

「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」

 チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。

 窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。

 外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。

【幕間:『黄金の獅子』商会の完全破滅】


 商業都市リヴェルタ・衛兵所本部。

 捕縛された暗殺者たちの自白により、『黄金の獅子』商会の悪行(食糧買い占め、暗殺教唆、裏社会との癒着)がすべて白日の下に晒された。

「会頭、観念しろ! 国家反逆罪および暗殺教唆の現行犯で逮捕する!」

「ば、馬鹿な……! 我が商会が、あんな名もなき倉庫番に負けるはずが……!」

 手錠をかけられた会頭は、泡を吹いて卒倒した。

 都市随一の大商会は一夜にして取り潰され、財産はすべて没収。

 リヴェルタの商業秩序は、煙突屋敷の青年の『大掃除』によって、完全に浄化されたのであった。


 一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。

「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」

「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」

「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」

 司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。

「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」

「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」

「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」

 ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。

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