第31話 冬の訪れと、屋敷の薪代危機
第4章開幕! 雪山の極限輸送編!
窓の外が一面の銀世界に染まっていた。
王都に今年初めての初雪が降り積もり、屋敷のトタン屋根には十センチほどの雪が積もっている。
冷え切った空気が肺を満たす中、俺は作業着の上に厚手の羊毛チョッキを羽織り、薪ストーブに火を入れた。
パチパチと薪が燃え、暖かなオレンジ色の光が居間を満たす。
「寒い……! 毛布から出られませんわ……」
オリヴィアがベッドの羽毛布団に簀巻きになったまま芋虫のように転がっている。
だが、そんな静かな雪の朝を切り裂いて、馬の蹄の音が屋敷の門前に響いた。
飛び込んできたのは、息も絶え絶えの冒険者ギルドの伝令兵だった。
」
煙突屋敷の隙間風が、ビュービューと寒々しい音を立てて吹き抜けていく。
俺は毛布にくるまりながら、納屋の薪置き場を確認した。
ナラの薪が約三十束。一日に三束消費するとして、もって十日分。
「ステラ、暖炉に火を――って、何してる!?」
居間に入ると、ステラが調合釜から真っ赤なゲル状の物体を取り出していた。
「あ、レンさん! 暖房費節約のために、木炭を千倍に圧縮した【超濃縮発熱スライム】を作ったんです♪ これ一つで屋敷中がサウナになりますよ!」
オリヴィアが凍えながら毛布をかぶって現れた。
「レン、わたくし寒さで指先が麻痺して空間座標の計算が狂いそうですわ……暖炉に薪をくべてくださいまし!」
「薪が足りねえんだよ。市場の薪も大雪の影響で価格が三倍に跳ね上がってる」
手元の金庫には、前回の報奨金の残りが金貨十枚。
屋根の補修と冬の薪代を賄うには、まとまった臨時収入が必要だった。
俺は道具袋の紐を固く結び直し、防寒用の厚手作業着に身を包んだ。
俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。
「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」
「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」
「文句は後だ! 現場の保安管理は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」
俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。
現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。
「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」
「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」
「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」
「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」
ドズゥゥゥゥッ!!
それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。
暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。
ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。
「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」
俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。
資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。
「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」
オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。
「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」
「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」
「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」
ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。
「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」
俺は大鍋の蓋を開けた。
立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。
裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。
「「「わあああああっ!!」」」
木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。
「いただきます!」
熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。
「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」
「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」
チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。
窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。
外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。
【幕間:冒険者ギルドの緊急事態】
冒険者ギルド本部。
ギルドマスターが、雪に濡れた緊急電文を握りしめて青ざめていた。
「北部鉱山都市バルカンが、観測史上最大の大雪崩で完全に孤立した……!?」
「はい! 峠の街道が五メートルの雪壁で寸断され、食糧と医薬品の輸送隊が全滅しました! 住民五千人が餓死と凍死の危機に瀕しております!」
「至急、物資を届けられる特級輸送隊を編成しろ!」
「しかし、吹雪で飛竜便も飛ばず、通常輸送では一ヶ月かかります!」
「万策尽きたか……いや、待て」
ギルドマスターの脳裏に、東区の煙突屋敷の姿が浮かんだ。
「あの男……『在庫管理者』レンに依頼を出すのだ! 成功報酬は金貨千枚!」
一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。
「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」
「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」
「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」
司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。
「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」
「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」
「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」
ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。




