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第3話 下水ネズミのチュウちゃん(体長5メートル)が家賃を稼ぐ

初日3話連続投稿の第3話です。

明日以降は毎日18:00に更新いたします!

共同生活三日目。

 煙突屋敷の生活環境は劇的に改善された。ステラが掃除用の劇薬(薄め済み)で床をピカピカに磨き上げ、オリヴィアが安定させた空間門から常時温泉が供給されている。

 だが、根本的な問題は何一つ解決していなかった。

「金がない」

 居間のちゃぶ台を囲み、俺は重々しく宣告した。

「ステラ、お前の作った金塊は地下深くへ沈んだままだ。オリヴィア、お前のワープで引き上げようとしたらマントルに触れて金塊が蒸発した。結果、俺たちの所持金は現在、銅貨二枚だ」

「ごめんなさい……」

「空間の密度が濃すぎたせいですわ……」

 二人がしょんぼりと項垂れる。

 今日の晩飯すら買えない。俺が本格的に胃の痛みに耐えかねて頭を抱えた、その時だった。


 ズシィィィィィィン……!

 地響きとともに、屋敷の庭の頑丈な鉄柵が、まるで爪楊枝のようにへし折れる音が響いた。

「な、何事ですの!?」

「敵襲ですか!?」

 俺たちは慌てて庭へ飛び出した。

 そこにいたのは――漆黒の毛並みを持つ、巨大な山のような怪物だった。

 丸い耳、長い尻尾、つぶらな瞳。

 どう見てもネズミだった。ただしサイズがおかしい。二階建ての屋敷の屋根に届きそうな、体長五メートルを超える超巨大ネズミだ。

 そのネズミの頭の上に、野生児のようなボロ布をまとった黒髪の少女が、誇らしげに立っていた。

「ただいまー。ご飯ある?」


「新キャラァァァァァァァァッ!?」

 俺の絶叫がリヴェルタの空に木霊した。

「ベルカ! あんた何日も森に消えたと思ったら、何を連れて帰ってきてるんですの!?」

 オリヴィアが金切り声を上げる。

 どうやら彼女もこの屋敷の元不法占拠者の一人、魔獣使いのベルカ(十七歳)らしい。

「森で捨てられてたから保護した。ウチの新しい家族。名前はチュウちゃん」

「どう見ても下水ネズミが突然変異した厄災級の魔獣だろうが! どこがチュウちゃんだ、ギガントデスラットじゃねえか!」

「チュウちゃんはチュウちゃん。すごく良い子」

 ベルカが無表情のままチュウちゃんの頭を撫でると、巨大ネズミは「キュイ〜」と愛らしい(地響きのような)鳴き声を上げ、庭の納屋をバリバリと咀嚼して食べ始めた。

「ぎゃあああ! 納屋があああっ!」

「お腹が空いてるみたい。レン、ご飯作って」

「食費で破産するわ! こんな巨体、牛一頭丸呑みにしても足りねえぞ!」


 だが、その時。

 俺の倉庫番としての貧乏根性と生活の知恵が、パズルのピースのように噛み合った。

「……待てよ」

 俺は屋敷の裏手、ステラが失敗作として山積みにしていた『超濃縮ポーションの絞りカス(燃え殻)』に目を留めた。

 高純度すぎて人間が食べたら胃が爆発するが、成分自体は超高カロリーの薬草と穀物の塊だ。

「ステラ、あの絞りカスを寄こせ! ベルカ、大鍋に火を熾せ!」

 俺は即座に大鍋を取り出し、ステラの廃棄物をフライパンで豪快に乾煎りし始めた。

 倉庫番時代、湿気た家畜用の飼料を長持ちさせるためにやった『焙煎』の技術だ。強火で炒って余分な油分と揮発成分を飛ばし、粗塩をひとつまみ放り込む。

 香ばしい、炒り大豆のような匂いが庭いっぱいに広がった。

「キュイッ!?」

 チュウちゃんの鼻がピクピクと動く。

「ほら食え、チュウちゃん! 特製家畜飼料……じゃなくて特製ラットフードだ!」

 大鍋いっぱいの炒りカスを地面にぶちまけると、チュウちゃんは狂喜乱舞してガツガツと平らげた。

 山積みだったステラの産業廃棄物が、ものの三分で綺麗サッパリ消滅する。

「すごい……ウチのご飯より美味しそうに食べてる……」

 ベルカが目を輝かせて俺を見つめてきた。

「レン、すごい。優秀な飼育員。一生ウチの専属にしてあげる」

「お前のペットになった覚えはねえよ!」


 その時だった。

 お腹がいっぱいになって満足したチュウちゃんが、ふぅと息をつき、お尻をモゾモゾと動かした。

 コロン。

 チュウちゃんのお尻から、黒く輝くラグビーボール大の塊が一つ、排泄された。

「うわっ、汚ねえ! フンかよ!」

「チュウちゃんは綺麗好きだから、消化しきれなかったミネラルをペレットにして出す習性があるの」

 ベルカが淡々と言った。

 俺は恐る恐る、革手袋越しにその黒い塊を持ち上げてみた。

「……ん?」

 手ばかりの感覚が、異常な数値を弾き出した。

 異様に硬い。そして表面が驚くほど滑らかで、完全に平らだ。ステラの超濃縮エキスが、チュウちゃんの超高圧の胃袋の中で圧縮され、完全に別の物質へと変質している。

「めちゃくちゃ硬くて平らだな……。あ、ちょうどいいや」

 俺は腰から、刃こぼれしていた料理用の万能包丁を取り出すと、その黒い塊の表面に刃を当ててシャコシャコと研ぎ始めた。

「おっ、すげえ研げる! 最高級の砥石じゃないかこれ!」

 あっという間に、錆びた安物包丁が髪の毛一本すら両断できる名刀のようにピッカピカになった。

「よし、ベルカ! チュウちゃんにこのロープを括り付けるぞ!」

 俺は倉庫の頑丈な麻ロープを取り出し、チュウちゃんの胴体に手早く『牽引用のハーネス結び』を施し、荷台代わりに屋敷の壊れた扉を背中に括り付けた。

「キュイッ♪」

「完璧だ。今日からお前はうちの荷馬車(大型荷馬車)兼、包丁研ぎ石生産係だ!」


 その日の夕暮れ。

 俺たちはリヴェルタの商人ギルドの本部へと足を運んでいた。

 目的は、ピカピカに研ぎ上げた包丁でさばくための『安い食材の買い出し』と、ついでに余った『黒い砥石』の端金換金だ。

 ギルドの受付窓口に、俺はドサリと黒い塊を置いた。

「すみません。庭で拾った砥石なんですけど、これ銅貨十枚くらいになりませんかね?」

 受付の老鑑定士が、眼鏡を押し上げて塊にルーペを当てた。

 一秒。

 二秒。

 老鑑定士の顔から、急速に血の気が引いていった。

「……き、貴方……これに刻まれている刃物の研ぎ跡は……何ですか……?」

「え? うちの台所の包丁ですけど。めちゃくちゃよく研げましたよ」

「ほ、包丁を……研いだ……!? この……神話の時代にしか産出されず、傷をつけることすら不可能とされた……純度百パーセントの【神代オリハルコン原石】を……台所の包丁研ぎに使ったとおっしゃるのかァァァァァァッ!?」


 ギルドのフロア全体が、静まり返った。

 老鑑定士が泡を吹いて卒倒し、奥から転がり出てきたギルドマスターが、膝をついて叫んだ。

「金貨! 今すぐ金庫から金貨三百枚を持ってこい!! 買い取らせていただきます! どうか、どうか我がギルドにお譲りくださいませぇぇぇぇッ!!」


 気がつけば、俺の手の中には、ずっしりと重い金貨三百枚入りの革袋が握らされていた。

 金貨三百枚。平民が一生遊んで暮らせる大金だ。

 ギルドを出た俺は、夕日の中で革袋を高く掲げ、感涙にむせんだ。

「か、勝った……! 俺たちの完全勝利だ! これで向こう十年、家賃も飯も困らねえぞ!」

「やりましたね、レンさん!」

「フッ、当然の結果ですわ!」

「チュウちゃんのおやつ代、稼げた」

 三人が満面の笑みでハイタッチを交わす。

 だが、屋敷に帰り着いた瞬間。

 庭に、三つの巨大な木箱と、納品書を持った配達員が待ち構えていた。


「煙突屋敷のレン様ですね! ご注文の品をお届けに上がりました!」

「……は?」

 配達員が爽やかに領収書を差し出してきた。

「ステラ様ご注文の『王立特注・耐圧超濃縮錬金炉』、金貨百枚!」

「オリヴィア様ご注文の『古代遺物・多次元空間観測儀』、金貨百枚!」

「ベルカ様ご注文の『神獣専用・純銀刺繍特注シルクドレス(超特大)』、金貨百枚!」

「合計、金貨三百枚のツケ払いでございます! まいどあり!」


 …………。

 俺は手元の金貨三百枚の袋を見た。

 そして、配達員の手元の領収書(合計三百枚)を見た。

 視線を上げると、ステラとオリヴィアとベルカが、キラキラとした無垢な瞳で俺を見つめていた。

「これで、明日からもっと素晴らしい成果が出せますね、レンさん♪」

「感謝なさい。わたくしの研究が進めば、世界を統べるのも夢ではありませんわ!」

「チュウちゃん、おめかしできる。レン、ありがとう」


 初夏のリヴェルタの夕風が、優しく吹き抜けた。

 俺は金貨の袋を配達員に無言で手渡し――そのまま、受け取った領収書を握りしめたまま、白目を剥いて後ろ向きに倒れた。

 ドサッ。

「ああっ!? レンさんが息をしてません!」

「しっかりなさい、レン! 今すぐ心臓に空間マッサージを――」

「やめろ、余計に死ぬ!」

 ポンコツたちの騒がしい声が遠のいていく中、俺は最後に残った気力で、ポケットの胃薬を噛み砕いた。

 ……明日こそ。明日こそ絶対に、実家に帰ってやる。


---

【幕間:王立名工鍛冶ギルドの狂乱】


 その夜。王都の最高峰ドワーフ鍛冶工房。

「お、頭領! 商人ギルドから持ち込まれた、例の石の鑑定が終わりました!」

 筋骨隆々のドワーフ高弟が、震える手で黒い塊を親方に差し出した。

 親方はハンマーを取り落とし、ルーペを覗き込んだ瞬間、白目を剥いて卒倒しかけた。

「ヒ、ヒイイイイッ!? 竜の牙でも傷一つ付かんはずの神代オリハルコン原石に……刃物の研ぎ跡が無数に刻まれとるわッ!!」

「しかも親方、刃こぼれした安物の三徳包丁を研いだ痕跡だそうです……!」

「包丁を研いだとォォォォッ!? 神話の奇跡を台所の砥石代わりに使う狂人が王都におるというのかァァァッ!? 直ちに全弟子に告ぐ! 煙突屋敷の主を怒らせるな! あの御仁は、武器など持たずとも世界を研ぎ潰せる本物の怪物じゃああああっ!!」


---


――――――――――――――――――――――――

次回「朝食のパンと、庭に生えた謎の巨大キノコ」は【明日18時】に更新します!


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