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第2話 お風呂を沸かそうとしたら、王城が水没寸前になった件

初日3話連続投稿の第2話です。(本日20時に第3話を更新します)

毎日18時更新・全10話で第1章完結します。

大家から押し付けられた『煙突屋敷』は、お化け屋敷という表現が生ぬるい代物だった。

 外壁のツタは枯れ果て、屋根には巨大な煙突が一本、天に向かって不気味にそびえ立っている。中に入れば埃と蜘蛛の巣のワンダーランド。だが、雨風は凌げるし、部屋数だけは無駄に多い。

「よし、ステラ。まずは生活拠点の確保だ。掃除をして、風呂を沸かすぞ」

「はい、レンさん! わたし、お湯を沸かすための超濃縮発熱結晶を――」

「作るな。屋敷ごと灰にする気か」

 俺は即座にステラの首根っこを掴んで止めた。

 この屋敷には幸いなことに、中庭に立派な石造りの風呂桶と、地下から水を汲み上げる手押しポンプがあった。問題は、ポンプが錆びついていて水がチョロチョロとしか出ないことだ。

「薪を拾ってきて火を熾すにしても、水が溜まるまで日が暮れちまうな……」

 俺が腕を組んで溜息をついた、その時だった。


「フッ……貧民どもの嘆きが聞こえますね」

 頭上から、妙に澄んだ高飛車な声が響いた。

 見上げると、風呂場の崩れかけた天窓の縁に、豪奢な青いローブをまとった銀髪の少女が腰掛けていた。手には豪奢な装飾の魔導杖。年齢は十八くらい、整った顔立ちをしているが、その表情には隠しきれない傲慢さが張り付いている。

「だ、誰ですか!?」

 ステラが驚いてフラスコを構える。

 少女は天窓からふわりと飛び降り――着地に失敗して盛大に足をもつれさせ、泥の上にダイブした。

 ドチャッ。

「……い、痛っ……」

「大丈夫か?」

「だ、誰が無様に見苦しく転んだと申しましたか! これは空間の位相をずらして運動エネルギーを大地に逃がす高等魔導です!」

 少女は泥だらけの顔を真っ赤にして跳ね起きると、杖をビシッと俺たちに突きつけた。

「よくお聞きなさい。わたくしは名門王立アカデミーを首席で……いえ、諸般の事情で自主退学した、至高の空間転移士オリヴィアです! この屋敷の地下大空洞は、わたくしの神聖なる実験場。不法侵入者は即座に立ち退きなさい!」

「自主退学って、要するに追放されたんだな」

「自主退学と言いました!!」


 オリヴィアがキーキーと叫ぶ。

 どうやら昨夜、ステラの超重力金塊が地下に貫通した際、地下に住み着いていたこの女の実験スペースを直撃したらしい。

「まあいいでしょう」

 オリヴィアはわざとらしく咳払いをし、ツンと胸を張った。

「水が出なくて困っている愚民どもに、わたくしの慈悲をお見せします。空間を繋ぎ、極上の温泉をこの風呂桶に直接ワープさせて差し上げましょう!」

「おい、やめろ。嫌な予感しか――」

「黙って見ていなさい! 出でよ、空間の門(ゲート)!」

 オリヴィアが杖を一閃させると、石造りの風呂桶の真上に、直径一メートルほどの紫色の空間の裂け目が口を開けた。

 その瞬間。

 ゴオオオオオオオオオオオオオッッッ!!


 凄まじい重低音とともに、猛烈な硫黄の臭気と、視界を一瞬で白く染め上げる超高圧の蒸気が噴き出してきた。

「あっつぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 熱湯の飛沫が弾け飛び、屋敷の壁が激しく震動する。風呂桶どころか、庭全体が一瞬でスチームサウナの地獄と化した。

「おいオリヴィア! 貴様これどこに繋いだ!?」

「えっ、えっ!? ただの南方の温泉地帯の座標を指定したはずですが……あ、あれ? 深度の桁を二つ間違えて、海底火山の熱水噴出孔に繋がって……!?」

「海底火山直結かよ!! 閉じろ! 今すぐゲートを閉じろ!」

「む、無理です! 向こうの水圧が高すぎて、逆流するエネルギーでゲートの蝶番が焼き付いて閉じませんわーっ!?」

 オリヴィアが涙目で杖を振り回すが、蒸気圧は増すばかり。このままでは熱水と蒸気で屋敷が木っ端微塵に吹き飛ぶ!


「ステラ! さっきの荷物から、一番硬い麻袋とロープを寄こせ!」

「は、はいっ!」

 俺は倉庫番の経験から、頭の中で即座に展開図を引いた。

 密閉空間で高圧蒸気が暴発するのは、逃げ場がないからだ。配管が破裂しそうなときは、バイパスを作って圧を逃がすのが鉄則だ。

「オリヴィア! ゲートの座標をいじるな! 原点をどこに置いてる!」

「えっ? わ、わたくしの足元ですが……」

「だからブレるんだよ! 自分の立ち位置なんぞで測るな! あの柱の傷から歩幅三歩、高さは俺の腰骨の位置だ!」

 俺は懐のチョークで地面に十字の印を殴り書きした。倉庫で何千個もの木箱を寸分の狂いもなく積み上げるときに使う、絶対基準点(ランドマーク)の指定だ。

「その印に合わせてゲートの開口部を固定しろ! それ以上広げるな!」

「は、はいっ! 固定しましたわ!」


 ゲートの位置が安定した瞬間、俺は麻袋を裂いて作った即席の耐熱ダクトを、ゲートの噴出口にロープで手早く括り付けた。緩みなし、荷崩れ防止の『南京結び』だ。

 そしてダクトの先を、屋敷の壁に埋め込まれていた古い煙突の通風口へと突っ込む。

「煙突のダンパー(空気弁)を開けろ!」

 錆びついたレバーを力任せに引き下ろす。

 ガコンッ!

 シュゴオオオオオオオオオオッ……!!

 暴れ狂っていた超高圧の蒸気が、煙突という巨大な排気筒を見つけ、一気に空へと吸い上げられていった。

 屋敷の天辺にある巨大な煙突から、雲を突き抜けるような白煙が勢いよく立ち昇る。

 室内に残ったのは、適度に温度を下げられた、しっとりとした心地よい温泉の蒸気と、風呂桶にドバドバと注がれる程よい熱さの極上湯だけだった。


「……ふぅ。止まったな」

 俺はびしょ濡れのシャツを絞った。

 風呂場には、完璧な湯加減の天然温泉と、極上のスチームサウナが完成していた。

 オリヴィアは床にへたり込み、チョークで描かれた十字の印を震える指で見つめていた。

「な、何なのですか、貴方は……? 世界最高の魔導学者ですら苦心する空間座標の原点固定を、ただの歩幅とチョークの落書きで完璧に補正するなんて……」

「倉庫で荷物を積むときの常識だ。基準を決めなきゃ山が崩れるだろ」

 俺は呆れて溜息をつき、風呂桶の湯加減を手で確かめた。

「いい湯だな。おい、お前らも入るか?」

「入りますっ! レンさん、背中流しますね♪」

「わ、わたくしも入りますわ! これはわたくしが開いた門の湯ですからね!」


 こうして、煙突屋敷には二階の住人としてオリヴィアが加わった。

 ……なお、オリヴィアのゲートが閉じる直前、ズレた空間の余波で、チョークの粉混じりの海底の泥水が『どこか別の場所』へと大量にワープしていったことに、この時の俺たちはまだ気づいていなかった。


---

【幕間:王城の戦慄】


 同じ頃。リヴェルタを統べる王都の中枢、豪奢を極めた王城の謁見の間。

「国王陛下! 大変です!」

 近衛騎士団長が、血相を変えて玉座の前へ滑り込んできた。

 玉座に座る国王は、びしょ濡れになっていた。それどころか、王宮の床一面が、異様な磯の香りを放つヘドロと熱水で水没していた。

「な、何事だ団長! 先ほど突如として虚空が裂け、玉座の真上に熱水と泥が降ってきたぞ! 我が国の誇る多重防護結界はどうした!?」

「そ、それが……結界には何一つの反応もありませんでした! 空間を直接歪曲させ、王城の座標をミリ単位で狙い撃ちにした不可視の空間爆撃です!」

「な、何だと……!?」

 国王が戦慄に顔を蒼白にする。

 騎士団長は、泥水の中から拾い上げた証拠品を、震える手で国王に差し出した。

「さらに現場には、このような謎の白い粉末で描かれた『十字の紋章』が転移してきておりました……」

「こ、これは……死の宣告か!? 結界をものともせず、余の喉元にいつでも刃を届かせられるという脅迫なのか!?」

「間違いありません。王都に、国家転覆を狙う規格外のテロ組織が潜伏しております! 全軍に警戒態勢を敷かせます!」


 王城がかつてないパニックに包まれているとは露知らず。

 その頃レンは、サウナ上がりの冷水を美味そうに飲み干していた。


---


――――――――――――――――――――――――

次回「下水ネズミのチュウちゃん(体長5メートル)が家賃を稼ぐ」は【本日20時】に更新します!


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