第28話 天井の梁に整列した暗殺者たちと、カビ防止の天日干し
第28話です。朝の整列点検と出荷準備!
朝からしとしとと冷たい秋雨が降り続いていた。
トタン屋根を叩く雨音が、規則正しいリズムで屋敷の中に響いている。
ポタリ、ポタリ。
居間の隅、バケツの中に落ちる雨水の音。
「レン、また雨漏りですわ! わたくしの高級シルクのクッションが濡れてしまいます!」
「わかってる、今トタン板とアスファルトルーフィングを持って上がる」
俺は梯子を抱えて屋根裏へ登った。
雨の日は現場の資材が湿気を吸うため、換気と防水の徹底が不可欠だ。
だが、屋根裏の梁の上を歩いていた俺の耳に、床下からゴソゴソという不審な物音が届いた。
」
屋敷の居間には、爽やかな朝日が差し込んでいた。
俺は縁側で茶をすすりながら、居間の天井を見上げた。
梁の下には、几帳面に等間隔で吊るされたミノムシ梱包の男たちが、整然と二十五体並んでいた。
「よし。間隔は三十センチ。通気性も良好だ」
起きてきたステラが、天井を見上げて目を丸くした。
「わぁ、レンさん! 新しい装飾ですか? ちょっと不気味ですけど、すごく整ってますね♪」
「装飾じゃない、昨夜侵入してきた泥棒どもだ」
そこへ、オリヴィアが優雅にお茶を持って現れた。
「あら、おはようございますレン。昨夜は便所の方で何やらポンッと気持ちのいい音が響いておりましたわね」
「あぁ。お前の作った虚空ゲートが、侵入者を五人ほど吸い込んで下水へ射出したらしい」
「オホホホ! わたくしの設計に狂いはありませんでしたわね!」
俺はため息をつき、梁から吊るされた男たちの名札(チョークで書いた木札)を点検した。
「さて、朝飯食ったら衛兵所に引き渡しに行くか。不法侵入と器物破損で突き出してやる」
俺は道具袋を腰に当て、朝食の焼き魚の準備を始めた。
俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。
「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」
「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」
「文句は後だ! 現場の保安管理は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」
俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。
現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。
「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」
「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」
「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」
「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」
ドズゥゥゥゥッ!!
それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。
暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。
ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。
「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」
俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。
資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。
「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」
オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。
「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」
「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」
「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」
ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。
「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」
俺は大鍋の蓋を開けた。
立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。
裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。
「「「わあああああっ!!」」」
木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。
「いただきます!」
熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。
「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」
「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」
チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。
窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。
外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。
【幕間:暗殺ギルド首領の完全降伏】
屋敷の外の物陰。
たった一人生き残った暗殺ギルド『黒い牙』の首領が、血の気の引いた顔で震えていた。
「ば、化け物どもめ……! 精鋭三十名が一晩で全滅し、天井の干物と下水ロケットにされた……!」
勝てるわけがない。
相手は人間ではない。神話の迷宮そのものを操る生きた災厄だ。
「撤退だ……! 今すぐギルドを解散し、王都から逃げるぞ!」
首領は武器を投げ捨て、なりふり構わず走り去った。
商業都市リヴェルタの裏社会から、最大の暗殺ギルドが一夜にして消滅した瞬間だった。
一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。
「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」
「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」
「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」
司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。
「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」
「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」
「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」
ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。




