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第27話 便所の窓からの侵入者と、王都下水への逆噴射

第27話です。別動隊の悲劇と便所ワープ!

カラリと晴れ上がった昼下がり。

 台所から、ニンニクとトマトの香ばしい匂いが漂っていた。

 俺がフライパンでパスタを炒めていると、突然――

 ドンドンッ! ドンドンッ!

 正面玄関の重い木の扉を、誰かが力任せに叩きつける音が響いた。

「開けろ! 王都商業監査局の査察官だ! 煙突屋敷の主、レンを出せ!」

 怒声とともに、ドアノブがガタガタと激しく揺さぶられる。

「まあ! お昼ご飯の最中に、なんて無作法な輩ですの!」

「レンさん、ドアの隙間から催涙ガスを吹き込みましょうか!?」

「待て待て、相手は一応お役人だ。……だが、不法侵入なら話は別だぞ」

 俺は火を止め、フライパンを置いて玄関へ向かった。


」


 暗殺ギルドの副首領率いる別動隊五名が、換気用の小窓の前に潜んでいた。

 「正面の部隊がやられたようだ……だが、我々が背後から寝室を奇襲すれば勝てる!」

 副首領は小窓の格子を外し、頭から内部へと滑り込んだ。

 「フッ、便所か。悪臭がするが、暗殺者にとっては都合のいい隠れ蓑――ん?」

 そして便器の木蓋にチョークで書かれた文字。

 『※危険・絶対に石をどかすな・吸い込まれる』

 「ハッ、子供騙しの脅迫か! この俺を舐めるなよ!」

 副首領は鼻で笑い、邪魔な漬物石を蹴飛ばした。

 虚空ゲートの超強烈な気圧吸引力が炸裂した。

 副首領の身体が、まるで掃除機に吸い込まれるチリのように、頭から便器の穴へと吸い込まれていく。

 小窓から覗いていた後続の暗殺者四名が副首領の足を引っ張った。

 だが、虚空の吸引力は四人の腕力など歯牙にもかけない。

 引きずり込まれた部下たちもろとも、五人全員が便器の穴へと頭から吸い込まれ、異次元の闇へと消え去った。

 そして王都の中央大通り――下水マンホールから、

 汚水と共に対空ミサイルのように夜空へ噴射された暗殺者五名が、満月の夜空に綺麗な放物線を描いて消えていった。



 俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。

「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」

「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」

「文句は後だ! 現場の保安管理(セーフティ)は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」

 俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。

 現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。

「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」

「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」

「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」

「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」

 ドズゥゥゥゥッ!!

 それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。

 暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。

 ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。


「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」

 俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。

 資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。

「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」

 オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。

「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」

「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」

「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」

 ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。

「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」

 俺は大鍋の蓋を開けた。

 立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。

 裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。

「「「わあああああっ!!」」」

 木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。

「いただきます!」

 熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。

「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」

「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」

 チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。

 窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。

 外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。

【幕間:衛兵隊の夜間哨戒記録】


 深夜の王都中央広場。

 巡回中の近衛兵たちが、夜空から降ってきた五つの黒い塊を目撃した。

「な、なんだ!? 隕石か!?」

「違います! 人です! 下水まみれの暗殺者が空から降ってきました!」

 地面に激突して伸びている男たちの胸元には、名高い暗殺ギルド『黒い牙』の紋章。

「これは……王都を震撼させていた凶悪ギルドの副首領ではないか!」

「一体誰がこんな芸当を……?」

 近衛隊長が、東の空を仰ぎ見た。

「……東区の煙突屋敷だ。あそこから空間排気されたに違いない。『在庫管理者』……街の治安まで裏から掃除してくれるというのか……」

 衛兵隊は深々と東に向かって敬礼した。


 一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。

「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」

「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」

「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」

 司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。

「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」

「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」

「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」

 ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。

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