第26話 足袋の荒縄滑り止めと、倉庫番のミノムシ梱包
第26話です。レンの大掃除とミノムシ梱包!
翌朝、東の空が茜色に染まり始めた頃。
俺はいつものように顔を洗い、手ぬぐいを首にかけて裏庭へ出た。
爽やかな朝の光が差し込む庭の真ん中。
そこには、昨夜のトラップの成果が美しいオブジェのように鎮座していた。
「あら、おはようございますレン。……まあ、庭に珍しいミノムシが干してありますわね」
オリヴィアがティーカップを片手に、パジャマ姿で優雅に出てきた。
彼女の視線の先には、極太の麻ロープと粘着糸で頭から足先までぐるぐる巻きにされ、物干し竿から逆さに吊るされた五人の暗殺者たちがいた。
「ん。ミノムシ、まだ動いてる。チュウちゃん、突っついて遊んでる」
「おいおい、あんまり突っつくな。資材(捕虜)に傷がついたら憲兵隊への引き渡し額が減るだろ」
」
物音で目を覚ました俺は、作業着を羽織って一階へ下りてきた。
ワックス油の上でも、俺の足取りは至って安定していた。
壁際で気絶して折り重なっている黒装束の男たち。
そして天井の梁からぶら下がり、蜘蛛の糸でもがいている黒装束の男たち。
「泥棒か……。夜中に土足で上がり込みやがって、床が汚れるだろ」
倉庫番の職業病が、即座に脳内で警告を発した。
『濡れた貨物や汚れた資材を床に放置すると、カビと腐敗の原因になる。速やかに結束して天日干しスペースへ隔離せよ』。
気絶している男の手足を揃え、背中合わせに密着させる。
長尺貨物を荷崩れさせずに固定する伝統の『南京結び』。
ギュッとロープを締め上げ、男たちの身体を布で幾重にも巻き包む。
頭と足だけを出した、見事な『ミノムシ型出荷梱包』の完成だ。
天井の梁に滑車を通し、梱包した男たちを次々と梁の上へと吊り上げていく。
風通しの良い高所に整列させて吊るすことで、湿気を防ぎ、床のスペースを確保する倉庫の基本技術だ。
俺は雑巾をバケツの水に浸し、平然と床の乾拭きを再開した。
俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。
「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」
「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」
「文句は後だ! 現場の保安管理は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」
俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。
現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。
「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」
「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」
「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」
「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」
ドズゥゥゥゥッ!!
それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。
暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。
ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。
「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」
俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。
資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。
「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」
オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。
「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」
「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」
「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」
ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。
「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」
俺は大鍋の蓋を開けた。
立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。
裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。
「「「わあああああっ!!」」」
木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。
「いただきます!」
熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。
「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」
「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」
チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。
窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。
外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。
【幕間:天井から見下ろす恐怖】
梁に吊るされた暗殺者の一人が、意識を取り戻した。
身動き一つ取れない。指先一本動かせない完璧な拘束。
ふと下を見ると、青年が鼻歌交じりに雑巾がけをしていた。
(ば、化物だ……! 我がギルドの精鋭を、まるで干し肉のように平然と梱包して天井に吊るしやがった……!)
青年が道具袋から取り出したチョークで、男の額に『出荷待ち・重量七十五キロ』と几帳面に書き込んだ。
(あ、悪魔だ……! この男こそ、人の命を荷物として扱う絶対悪の支配者『在庫管理者』だァァァッ!!)
暗殺者は恐怖のあまり、白目を剥いて再び気絶した。
一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。
「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」
「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」
「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」
司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。
「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」
「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」
「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」
ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。




