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第25話 暗殺ギルド『黒い牙』の潜入と、時速百キロの廊下滑走

第25話です。暗殺部隊 vs 摩擦ゼロ廊下!

深夜、月が雲に隠れ、王都全体が漆黒の闇に沈んだ時刻。

 カサリ。

 ボロ屋敷の裏塀の外で、乾いた小枝を踏み砕くかすかな音が響いた。

 屋根裏部屋の梁の上で、俺は黒い作業着に身を包み、息を殺して双眼鏡を構えていた。

 裏通りの暗がりから、音もなく滑り出してきた五つの黒い影。

 黒装束に身を包み、抜き身の短剣を逆手に構えた、暗殺者ギルド『黒い牙』の手勢だ。

「来たな……。やっぱり裏庭の死角、便所小屋の横から侵入するルートを選びやがった」

 俺は手元の真鍮巻き尺の端を指先で弾き、静かにカウントダウンを始めた。


」


 就寝前、俺は道具袋の紐を固く結び直し、目分量で床板の隙間や施錠を確認してから二階の寝室へ上がった。

 勝手口の鍵が、暗殺ギルドのピッキング針によって静かに外された。

 「侵入成功。一階廊下を制圧し、二階の寝室へ――」

 先頭の暗殺者が、誇らしげに屋敷の廊下へ足を踏み入れた。

 摩擦係数ゼロの超濃縮ワックスが、暗殺者の足裏の摩擦を完全に強奪した。

 両足が一瞬で天井に向かって跳ね上がり、背中から床へ激突。

 そのまま、初速時速八十キロで廊下をロケットのように滑走し始めた。

 後続の暗殺者五名が制止しようと足を踏み入れた瞬間、

 まるでボーリングの球のように、後続が先頭に激突。

 時速百キロに加速した暗殺者トレインが、一直線に廊下の突き当たりの頑丈な樫の木扉へと突進していく。

 先頭の男が壁に激突して白目を剥き、後ろの四人が次々に折り重なってサンドバッグ状態になった。

 「罠だ! これは古代の摩擦消滅結界だ!!」

 残された暗殺者たちがパニックになり、慌てて天井へ跳躍して逃れようとした。

 だが、天井で待ち受けていたのは――裏山のオオグモ糸だった。

 「ぎゃあああっ!? くっついた、剥がれねえええっ!?」

 暗殺者たちが天井の梁に次々に張り付き、ハエ取り紙に捕まった蛾のようにバタバタと悶絶し始めた。



 俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。

「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」

「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」

「文句は後だ! 現場の保安管理(セーフティ)は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」

 俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。

 現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。

「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」

「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」

「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」

「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」

 ドズゥゥゥゥッ!!

 それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。

 暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。

 ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。


「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」

 俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。

 資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。

「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」

 オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。

「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」

「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」

「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」

 ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。

「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」

 俺は大鍋の蓋を開けた。

 立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。

 裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。

「「「わあああああっ!!」」」

 木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。

「いただきます!」

 熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。

「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」

「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」

 チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。

 窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。

 外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。

【幕間:暗殺者首領の戦慄】


 庭で待機していた首領は、屋敷の中から響く凄惨な悲鳴と激突音に血の気を引かせた。

「ど、どうした!? 何が起きている!?」

「首領! 突入班十名が一瞬で壊滅しました! 床に触れた者は音速で射出され、跳躍した者は天井の生きた魔糸に捕食されております!」

「馬鹿な……我がギルドの精鋭が一合も交えずに全滅だと……!?」

 首領の額から、滝のような脂汗が噴き出した。


 一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。

「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」

「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」

「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」

 司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。

「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」

「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」

「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」

 ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。

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