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第14話 木目を読む両手鋸と、倉庫番の塩蔵技術

第14話です。三十五トンの超巨大カボチャをどう食うか!?

夜明け前の冷たい風が、ボロ屋敷の隙間をすり抜けて居間に吹き込んでいた。

 俺はいつものように一番乗りで起き出し、冷えた手先を擦り合わせながら暖炉へ向かった。

 灰を火かき棒で丁寧にかき分け、底に残った小さな赤い熾火(おきび)を見つけ出す。前夜に乾かしておいたナラの小割りを三本、空気の通り道を計算して三角形に組み、フイゴを手に取った。

 シュポ、シュポと規則正しく二回、空気を送り込む。パチリと乾いた爆ぜる音が響き、細い黄金色の炎が立ち上がると、居間にじんわりとした暖気が広がり始めた。

 毎朝欠かさず行う、道具と資材の点検だ。

 俺は腰の革ベルトから、真鍮製の十寸計算尺、目盛りを刻んだ鋼尺、手のひらサイズの仕上げ砥石を取り出し、長テーブルの上に整然と並べた。

 油壺から椿油を一滴垂らし、ネル布で計算尺のスライド面を磨く。シャキリ、シャキリと滑らかな手応え。

 どんな過酷な現場であっても、道具の手入れを怠れば一瞬で事故につながる。十年間、倉庫番として叩き込まれた身体の記憶だ。

「さて、今日の作業段取りを整理しておくか」

 出納帳を開き、鉛筆を走らせる。ボロ屋敷の修繕、備蓄食糧の管理、納屋の棚卸し。やることが山積みだ。

 やがて二階からバタバタと慌ただしい足音が響き、三人娘が居間へと降りてきた。


「なんですのレン、朝から熱心に帳簿付けなんて。優雅な貴族の朝は、淹れたての上質な紅茶から始まりますのよ?」

 オリヴィアが銀刺繍の施された寝巻きの裾を優雅に翻し、長椅子に腰を下ろした。手にはなぜか、王立魔導院特製の超高純度マナ水晶が握られている。

「レンさん、おはようございます! 昨夜思いついた新しい調合液の反応が止まらなくて、瓶がちょっと発熱してるんです♪」

 ステラが抱えているのは、ドクドクと紫色に脈打つ巨大なフラスコ。表面からシュワシュワと怪しいピンクの蒸気が吹き出している。

「おいステラ、頼むから朝食前に危険物を抱えて居間に入ってくるな! 絨毯に一滴でも垂らしたら床板ごと消し飛ぶだろ!」

「えへへ、大丈夫です! 爆発限界温度までは、あと三度くらい余裕がありますから!」

「あと三度ってそれもう沸騰寸前だろうが!」

「ん。お腹すいた。朝ご飯、なに? お肉?」

 ベルカが半分眠ったような顔で俺のエプロンの端を掴み、背後からは体長五メートルの巨大ネズミ・チュウちゃんが「キュイッ」と甘えた声を出しながら鼻先を突っ込んできた。

「朝から肉が食えるか! まずは目の前の現場トラブルを片付けるのが先だ!」


 裏庭の広場に鎮座した、三十五トンの巨大カボチャ。

 見上げる三人娘と一匹は、圧倒的な緑の壁を前に立ち尽くしていた。

 「動かしたのはいいですけれど……これ、どうやって食べるんですの?」

 オリヴィアが台所から刃渡り二十センチの牛刀を持ってきて、カボチャの表面をツンツンと突いた。

 カン、カンと硬質な音が響くだけで、傷一つ付かない。

 「刃先が滑って折れますわ! カボチャというより鉄鉱石の塊です!」

 「当たり前だ。この巨体を支える表皮だぞ。皮の厚さだけで四十センチはある。包丁なんざ歯が立たん」

 俺は納屋の壁に掛けてあった、木こり用の大型両手鋸(のこぎり)と、鉄のクサビ(楔)を三本持ってきた。

 重さは約八キロ。刃渡り一・五メートルの無骨な鋼鉄の鋸だ。

 「倉庫番の資材加工において最も重要なのは、『繊維の流れ』と『目地(めじ)』を読むことだ」

 俺はカボチャの表面に手のひらを当て、ゆっくりと滑らせた。

 ゴツゴツとした畝(うね)の奥に走る、繊維の歪みと密度の差を感じ取る。

 「ここだ。ヘタの付け根から放射状に伸びる第三の溝。ここに最も強い引張応力がかかっている。ここに鋸を入れれば、自重で自然に割れる」

 「へええ! レンさん、木材のプロみたいです!」

 「倉庫にある木箱やパレットを何万枚バラしてきたと思ってんだ。ベルカ、鋸の反対側の柄を持て」

 ベルカが小さな手で鋸の木柄をガッシリと握った。

 「いくぞ。引く時に力を入れろ。ズッ、ズッ、とリズムを合わせるんだ」

 深緑の分厚い表皮に鋸の刃が食い込み、オレンジ色の細かな削り粉がサラサラと足元に落ちる。

 「ステラ、クサビを差し込め! ハンマーで叩き込むぞ!」

 俺は五キロの大金槌を両手で振り上げ、腰の回転を使って一気に振り下ろした。

 澄んだ金属音が鳴り響き、クサビが深く沈んだ。

 巨大な亀裂が一気に天頂部から底面へと走り、三十五トンの巨体が左右に真っ二つに裂けた。

 左右に倒れたカボチャの断面から、黄金色に輝くみずみずしい果肉が姿を現した。

 同時に、メロンとマンゴーを濃縮したような甘く濃厚な芳香が、風に乗って庭いっぱいに爆発的に広がった。

 「何ですのこの芳香は……!? 王室御用達の高級メロンすら霞む甘い香りですわ!」

 「果肉が黄金色に透き通ってます! 魔力肥料の成分が完全に糖分に転換されてますよ♪」

 ベルカが駆け出しそうになるのを、俺は襟首を掴んで止めた。

 「待て待て、まずは鮮度が落ちないうちに長期保存の加工をする。生鮮食品の廃棄ロスは現場最大の罪悪だ」

 俺は納屋から岩塩の麻袋を二袋引きずり出した。

 俺は両手鋸を器用に振るい、カボチャの果肉を五十センチ角のブロックにスライスし、皮を削ぎ落として大樽に塩と一緒に層状に敷き詰めていく。

 そして、切り落とした端材を薄切りにし、庭の鉄板の上でオリーブ油と塩だけでサッと焼き上げた。

 皿に山盛りにした焼き立てのカボチャを差し出す。

 「――――っ!? な、何ですのこれ……! 外はカリッとしているのに、中は栗のようにホクホクで、噛んだ瞬間にお口の中でとろけますわ!」

 「甘い! お砂糖を使ってないのに、極上のスイートポテトみたいです!」

 「ん。カボチャ、神。お肉より好きかもしれない」

 チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、巨大なブロックをペロリと平らげた。

 食費ゼロで手に入った、三十五トンの極上備蓄食糧。

 俺は塩まみれの腕を拭きながら、計算尺を懐に収めて会心の笑みを浮かべた。



 俺は真鍮の計算尺を取り出し、スライド尺をカチカチと動かして瞬時に数値を弾き出した。

「オリヴィア、ステラ、ベルカ! ボーッとしてる暇はないぞ、直ちに現場配置につけ!」

「ええっ!? わたくし、まだ朝のお茶を一口も飲んでおりませんのに!」

「文句は後だ! 現場の保安管理(セーフティ)は一秒の遅れが致命傷になる! 倉庫番の資材応用技術――『重心分散パレット工法』と『流体誘導カーテン』を展開するぞ!」

 俺は納屋から即座に必要な資材を選別した。規格寸法の杉板パレット四枚、耐荷重五トンの麻ロープ三束、そして予備のトタン板。

 現場にある資材を、物理法則に従って最も効率的な形に組み上げる。それが倉庫番の真骨頂だ。

「ステラ、その調合液を右舷のスリットに流し込め! 急激な気化熱で流速を三倍に引き上げる!」

「はいっ! 急速冷却反応、点火します♪」

「オリヴィア、空間ゲートの開口角度を三十度に固定! ベルカとチュウちゃんはアンカーロープを『南京結び』で二重固定しろ!」

「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため!」

 ドズゥゥゥゥッ!!

 それぞれの能力が、俺の指示した物理ラインに沿って完璧に噛み合った。

 暴走しかけていた魔力とエネルギーが、無理なく整流され、美しいピタゴラスイッチのように次々と課題をクリアしていく。

 ガタガタと軋んでいた屋敷の梁がピタリと収まり、現場は静寂を取り戻した。


「ふう……っ! やれやれ、心臓が三回くらい止まるかと思ったぞ」

 俺は作業着の袖で額の汗を拭い、床に散らばった工具を道具袋へ戻した。

 資材を点検し、破損がないことを確認して元の棚へ収める。作業後の清掃と点検こそが、次の事故を防ぐ最善の予防策だ。

「……まったく、レンの指示は相変わらず無茶苦茶ですわ。名門公爵令嬢たるわたくしが、朝からこんな力仕事をさせられるなんて」

 オリヴィアが文句を言いながらも、手際よくテーブルの上を片付けて布巾で拭いている。

「でもでも、レンさんの計算通りに全部ぴったり解決しましたよ! やっぱりレンさんは現場の天才ですね♪」

「天才じゃねえ、ただの現場の経験則だ」

「ん。お腹ぺこぺこ。力出ない。倒れそう」

 ベルカがテーブルに突っ伏し、チュウちゃんも横で行儀よくお座りして待っている。

「よしよし、待たせたな。朝飯にするぞ」

 俺は大鍋の蓋を開けた。

 立ち上る湯気とともに、野菜と干し肉の濃厚で香ばしい香りが居間いっぱいに広がる。

 裏庭で採れた新鮮な野菜をたっぷり使い、素材の旨味をじっくりと引き出した特製ポトフだ。

「「「わあああああっ!!」」」

 木のお椀によそい、焼きたての黒パンを添えて並べる。

「いただきます!」

 熱々のスープを一口すする。野菜の甘みと塩蔵肉の深いコクが、疲れた身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。

「美味しいですわ……! 疲れた後のこの温かさ、どんな高級ホテルの朝食よりも心に染みます!」

「ん。スープ、お肉、最高。今日も生きててよかった」

 チュウちゃんも鼻を鳴らしながら、特大の木桶に入った野菜をごくごくと平らげた。

 窓から差し込む朝の光の中、賑やかな笑い声がボロ屋敷を満たしていく。

 外の世界がどれほど大騒ぎになっていようと、俺たちの現場には、今日も確かな日常と温かい食卓があった。

【幕間:王都最高級料亭『雪月花』料理長の衝撃】


 王都屈指の超高級料亭『雪月花』の厨房。

 ミシュラン三ツ星に相当する料理長が、東の風に乗って漂ってきた異次元の香気に、手に持っていた包丁を止めた。

「な……なんだこの甘美な香りは!? 幻の古代蜜か!?」

「料理長! 東区のあばら家から、黄金の光を放つ作物の香気が漂ってきております!」

「東区だと……!? 平民の貧民街から、王宮料理すら凌駕する至高の香気が漂うはずがなかろう!」

 料理長は厨房を飛び出し、屋上から遠眼鏡で東区を覗き見た。

 そこには、作業着の青年が手際よく巨大な黄金の塊をスライスし、樽に詰め込んでいる姿があった。

「信じられん……あれは失われた古代神話の果実『黄金竜の肉』ではないのか……!? あの青年、何者だ……!?」

 王都の料理界に、無名の倉庫番が生み出した味が激震を走らせていた。


 一方その頃、王都中枢の諜報機関では、緊急の特別機密文書が机の上に叩きつけられていた。

「報告します! 煙突屋敷周辺の魔力潮流および物資移動の解析が完了しました!」

「……どうだったのだ? あの『在庫管理者』レンの真の狙いは……!」

「驚くべきことに、敵のあらゆる行動、自然環境の変動、そして王都の経済網の隙間まで、すべてが彼の計算尺の上で完璧にコントロールされておりました……!」

 司令官の背筋に、氷のような冷たい汗が流れ落ちた。

「馬鹿な……天候や魔獣の習性、果ては王宮の動きまでを自らの『在庫』として管理し、意のままに動かしているというのか……!?」

「はい! 彼にとって、この王都そのものが巨大な倉庫に過ぎないのです! 逆らう者は、帳簿の赤字として処理され、痕跡すら残さず抹消されるでしょう……!」

「恐ろしい男だ……! 全部隊に厳命せよ! 煙突屋敷の領域には絶対に足を踏み入れるな! あの男の日常を乱した瞬間、王国は滅びるぞ……!」

 ボロ屋敷でレンがスープのおかわりを配っていることなど露知らず、王都の闇は底知れぬ怪物の影に怯え続けるのだった。

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