第13話 家屋大のカボチャと、電柱サイズの白大根
第13話です。一晩で起きた異常成長と、巨大野菜の土木パニック!
翌朝、東の空が白み始めた頃、俺は寝袋から這い出た。
ボロ屋敷の寝室は隙間風が多く、吐く息がうっすらと白い。
俺は作業着の袖を通し、腰の革ベルトに真鍮の計算尺、巻き尺、砥石を差してバックルを締めた。
居間の暖炉にはまだ昨夜の熾火が残っていた。灰をかき分け、ナラの薪を二本くべてフイゴで風を送ると、パチリと小気味よい音がして赤い炎が蘇る。
鍋に井戸水を汲み、ヤカンを火にかけて湯を沸かす。
毎朝のルーティンだ。倉庫番にとって、作業前の段取りと体調管理は業務の半分を占める。
「よし、昨日の畑の様子でも見に行くか。種から芽くらいは出てるかもしれん」
マグカップの白湯を飲み干し、裏庭へ通じる勝手口の引き戸に手をかけた。
ガラガラガラ……。
引き戸を開けた瞬間――俺の視界が完全に遮られた。
「………………は?」
俺は立ち止まり、瞬きを三回した。
昨日まで、そこには見渡す限りの赤土と青空が広がっていたはずだった。
だが今、目の前にあるのは――そびえ立つ深緑色の『巨大な壁』だった。
壁ではない。
ゴツゴツとした縦の畝、大人の太ももほどもある太い蔦、そして朝日を浴びて鈍く光る漆黒に近い緑の表皮。
――カボチャだ。
昨日、ステラがぶち撒けた五千倍濃縮肥料のせいで、親指サイズの種が一晩のうちに直径五メートル、二階建ての民家ほどもある超弩級モンスターカボチャへと巨大化していた。
さらにその左手。
ズオオオオッ……と天に向かって垂直にそそり立つ、白く輝く巨大な塔。
大根だ。
直径一メートル半、地上に露出している首の部分だけで長さ八メートル。屋敷の屋根の高さすら優に超え、朝霧の中に突き刺さる巨塔と化していた。
「お、おい……ステラァァァッ!! 全員起きろォッ!!」
俺の絶叫が、早朝の王都の静寂を粉々に粉砕した。
ドタバタと慌ただしい足音が階段を駆け下りてくる。
「なんですのレン、朝からけたたましい……わたくしの美肌の睡眠が――きゃあああっ!? な、何ですのこの緑の巨山は!?」
オリヴィアが寝巻きの上にガウンを羽織った姿で庭に出てきて、口をあんぐりと開けた。
「おはようございますレンさん! わあ、すごい! 私の特製肥料、期待以上の大豊作ですね♪」
ステラがパジャマ姿で目をキラキラ輝かせながら拍手している。
「ん。お肉じゃない。でも、カボチャの家。住めそう。チュウちゃんの別荘にする?」
ベルカが寝ぼけ眼で巨大カボチャを見上げ、チュウちゃんが鼻先をカボチャに押し当ててスンスンと匂いを嗅いでいる。
「呑気なこと言ってんじゃねえ! 見ろ、カボチャの重みで裏庭の地盤が沈下し始めてるぞ!」
俺は真鍮の計算尺を取り出し、即座に目盛りをスライドさせた。
直径五メートルの球体カボチャ。比重を一・〇五として体積から重量を概算する。
「推定重量、およそ三十五トン……! 大型荷馬車三十台分だぞ! このまま放置したら地盤沈下で屋敷の基礎が歪んで、台所が崩壊する!」
「三十五トン!? 人間が動かせる重さではありませんわ!」
「だから現場の物理を使うんだよ! 倉庫番の重量物運搬技術――『コロ(転動木)』と『テコ』の出番だ!」
俺は納屋へ走り、解体用の丸太五本と、耐荷重十トンの太い麻ロープ二束を抱えて戻ってきた。
「オリヴィア! カボチャの底面に隙間を作れ! 空間ゲートをミリ単位で薄く展開して、地面との接地面を五センチだけ浮かせろ!」
「ええっ!? 三十五トンの下にゲートを開くなんて、空間の歪みが――」
「お前の魔力なら余裕だ! ミリ単位の制御はお前の十八番だろ!」
「……っ! 当然ですわ! 誰に向かって口を利いてますの! 【極薄空間スライサー】展開!」
オリヴィアの杖から青い魔方陣が地面すれすれに走り、カボチャの底面が一瞬だけ宙に浮いた。
「今だ! 丸太を滑り込ませろ!」
俺は丸太を等間隔で地面に蹴り込み、カボチャの下に五本のローラーを敷設した。
「次は牽引だ! ベルカ、チュウちゃんに親綱を結着! 結び目は『南京結び』、滑車比四対一の倍力システムを組むぞ!」
「ん。チュウちゃん、踏ん張って。ご飯のため」
「キュイイイッ!」
体長五メートルの巨大ネズミが頑丈な胸当てをきしませ、力強く大地を蹴った。
ズズズズズズッ……!!
地響きとともに、三十五トンの巨大カボチャが丸太の上をゴロゴロと滑らかに転がり、屋敷の壁際から安全な裏庭の中央広場へと移動した。
「止まれ! 輪止めを噛ませろ!」
俺がクサビを丸太の前に叩き込み、カボチャがピタリと停止した。
「ふう……っ、第一関門突破だ」
額の汗を作業着の袖で拭う。
だが、見上げればまだ八メートルの電柱大根が、天に向かって悠然とそびえ立っていた。
俺の胃痛とサバイバルは、まだ始まったばかりだった。
【幕間:東区の八百屋ギルド連合の恐慌】
煙突屋敷の裏手を通る大通り。
朝の仕入れに向かっていた八百屋の店主たちが、屋敷の塀を遥かに越えてそびえ立つ巨大な深緑の塊を見て足を止めた。
「お、おい……見ろよあれ……」
「新築の倉庫か? いや……違うぞ、ヘタがついてる……カボチャだ!」
「家よりデカいカボチャだと!? おい、その隣の大根を見ろ! 城門の破城槌より太いぞ!」
商人たちは荷車の手を放し、震える指先で煙突屋敷を指差した。
「あそこは……あの『在庫管理者』レンのクランハウスだ……」
「まさか……王都中の穀物相場を牛耳るため、一晩で数千人分の巨大作物を錬成したというのか……!?」
「恐ろしい男だ……! 力技で大地を支配し、食糧を武器に王都を屈服させる気だぞ!」
八百屋ギルドの商人たちは恐怖のあまり青ざめ、その日の野菜相場を半値に叩き売るパニック売りに走るのだった。




