第12話 鍬とスコップと、過剰濃縮の魔力肥料
第12話です。荒地開墾とステラの超濃縮肥料!
朝日が昇ると同時に、俺たちの開墾作業が始まった。
煙突屋敷の裏庭は、およそ三百坪の広大な荒れ地だ。
長年放置されていたため、大人の背丈ほどもある雑草が生い茂り、地表にはゴロゴロと拳大の石ころが転がっている。
俺は作業着の袖をまくり、研ぎ澄ました鍬を構えた。
「いいかお前ら、畑作りの基本は三工程だ。草刈り、天地返し、そして畝立てだ」
道具袋から木製の定規を取り出し、目分量で三十センチ間隔のグリッドを地面に引く。
ザシュッ! ザシュッ!
乾いた赤土に鍬の刃を突き入れ、手首のスナップを利かせて土を掘り返す。
倉庫番の荷運びと同じだ。腰を落とし、背筋を伸ばして腕の力ではなく体重移動で掘る。
「ほら、オリヴィア! 腰が高えぞ! そんなヘッピリ腰じゃ十回振っただけで腰を痛めるぞ!」
「くっ……わたくしが、名門公爵令嬢たるこのわたくしが、なぜ朝から泥にまみれて土を掘らねばなりませんの!?」
オリヴィアがフリル付きのドレスの裾を泥だらけにしながら、涙目でスコップを土に突き刺す。
カキンッ!
「痛っ!? 石に当たって手が痺れましたわ!」
「スコップの刃先を見ろって言っただろ。ベルカ、石拾いと雑草の根の分別だ」
「ん。石、投げる。チュウちゃん、キャッチ」
ベルカが掘り出された石ころを軽々と放り投げ、後ろで待機していたチュウちゃんが器用に口で受け止めて山に積んでいく。
巨大ネズミの土木作業適性は異常に高かった。前足の鋭い爪でガリガリと土を掻き出し、俺の三倍のスピードで地面を耕していく。
「よしよし、チュウちゃんは偉いぞ。後で干し草を余分にやるからな」
「キュイッ♪」
だが、問題は掘り起こした土の質だった。
俺は手のひらに一握りの土をすくい、指先で揉んで崩した。
パサパサと乾いて粉のように崩れる。
「土壌の団粒構造がまるでないな……。砂利と赤土ばかりで、窒素もリン酸も足りてない。このまま種を蒔いても、もやしみたいな草しか育たんぞ」
作物を育てるには、腐葉土か堆肥を混ぜ込んで土を肥やす必要がある。
だが、堆肥を買う金など銅貨一枚もない。
俺が計算尺を睨みながら頭を抱えていた、その時だった。
「レンさん、レンさん! お困りのようですね♪」
ステラが両手で、紫色の液体がタプタプと揺れる巨大なガラス瓶を抱えて走ってきた。
「なんだその毒々しい液体は」
「ふふん、納屋の奥にあった腐葉土と牛糞に、世界樹の湧水と魔力触媒を混ぜて、五千倍に超濃縮した【特製アルティメット有機魔力肥料】です!」
「五……五千倍!?」
「はい! 通常なら三ヶ月かかる土壌改良が、これさえあれば一瞬で完結します! ほんの一滴垂らすだけで――あっ」
ツルッ。
ステラの足が、掘り起こされた泥に滑った。
「あ」
「おいバカ待て止まれェェェッ!!」
俺の制止も虚しく、ステラの手から離れた十リットルのガラス瓶が、耕したばかりの土壌のど真ん中へドサリと落下した。
パリーンッ!!
甲高いガラスの破砕音。
紫色の超濃縮原液が、一滴残らず乾いた土壌へと染み込んでいった。
一秒、二秒。
シン……と静まり返る裏庭。
「……な、何ともありませんわね? 脅かさないでくださいまし」
オリヴィアが胸を撫で下ろした、その瞬間だった。
ドズゥゥゥゥゥゥッッ!!
大地が地鳴りを立てて震え始めた。
ボコボコボコッ!
土壌がまるで沸騰したマグマのように激しく泡立ち、隙間からエメラルドグリーンの猛烈な魔力の光と湯気が噴き上がった。
「ぎゃあああああっ!? 地面が光ってますわ!」
「退避! 全員後ろに下がれ!」
俺は三人娘の首根っこを掴んで後ろへ引き倒した。
ジュワワワワッ!
わずか十秒足らずの間に、パサパサだった赤土が、黒々とした極上の黒土へと変貌を遂げ、湯気を上げながらフカフカの絨毯のように盛り上がった。
俺は道具袋の火ばさみで土を突っついてみた。
ふんわりとして、温かい。まるで焼きたてのパンのようだ。
「……ステラ」
「は、はいっ♪」
「濃縮しすぎだアホ! 心臓が止まるかと思ったぞ!」
「でもでも、土壌の肥沃度は王立農園の百倍以上になりましたよ!」
「結果オーライにしてんじゃねえ! ……ちくしょう、種を蒔くぞ。カボチャと大根だ。どうせなら一番デカくなるやつを植えてやる!」
俺たちはフカフカの黒土に、種を次々と埋め込んでいった。
これが後に、王都全体を震撼させる巨大パニックの引き金になるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった――いや、薄々嫌な予感はしていた。
【幕間:王立農政局の観測パニック】
王都・王立農政局中央観測室。
地脈の魔力潮流を監視する魔導技師が、けたたましく鳴り響く警報ベルに飛び起きた。
「きょ、局長! 東区外れの廃屋敷周辺で、異常な地脈エネルギーの爆発的活性化を検知しました!」
「何だと!? 数値はどのくらいだ!?」
「通常の肥沃地の……五千倍です! 大地そのものが意思を持って急速成長を始めたかのような、神話級のドルイド魔力反応です!」
局長は淹れたてのコーヒーを床にぶち撒けた。
「馬鹿な……あそこは長年放置された不毛の死地のはずだぞ!?」
「衛星観測鏡の映像が出ました! ……作業着の青年が、緑に光る大地に種を蒔いております!」
「『在庫管理者』レン……! あの男、禁忌の古代農法に手を染めたというのか……!?」
農政局の技師たちは青ざめ、王都を襲う未知のバイオハザードを警戒し、厳戒態勢を敷くのだった。




