第11話 金貨五十枚の消失と、飢餓警報
第2章開幕! 食糧危機と農業開墾編!
じっくり読める大幅加筆版でお届けします!
朝の冷え込みが、ボロ屋敷の薄い板壁を容赦なくすり抜けてくる。
俺は居間の暖炉に、前夜に割っておいたナラの小割りを三本くべた。
フイゴをシュポシュポと二回押し、火種に空気を送り込む。パチリと乾いた爆ぜる音が響き、細い炎が立ち上がると、ようやく指先の冷たさが緩んだ。
毎朝の日課である資材と金銭の棚卸しだ。
俺は道具袋から真鍮の計算尺と、使い古した革表紙の出納帳を取り出した。
居間の隅に置かれた、頑丈な鉄の小金庫。
ダイヤルを右に三回、左に二回回してレバーを引く。
カチリ。
重い鉄扉が手前に開いた。
――そして、俺の呼吸が止まった。
「……おい」
金庫の中を二度見する。
目をこすり、もう一度見る。
ない。
あるはずのものが、綺麗サッパリ消え失せている。
第1章で数々の修羅場をくぐり抜け、屋敷の修繕と冬越しの備蓄のために残しておいたはずの『金貨五十枚』の麻袋が、影も形もなくなっていた。
代わりに金庫の底に転がっていたのは、薄汚れた銅貨が三枚と、丸まった領収書の束だけだった。
「…………嘘だろ?」
俺の額から、タラリと冷たい汗が流れ落ちた。
手元の計算尺の目盛りをカタカタとスライドさせる。
残金:銅貨三枚。
現在の屋敷の備蓄食糧:乾燥パスタが半袋、塩漬けの豚脂がひとかけら、萎びた玉ねぎが二個。
四人(+体長五メートルの巨大ネズミ一匹)の胃袋を支えるには、今日一日分すら足りない。
完全なる財政破綻。飢餓警報の発令だ。
「おい、お前ら! 全員居間に集合だァッ!!」
俺の怒声が、ボロ屋敷の吹き抜けに木霊した。
バタバタと慌ただしい足音が響き、二階から三人が降りてくる。
「なんですのレン、朝からけたたましい……わたくし、優雅な朝のティータイムを楽しもうと思っていましたのに」
オリヴィアが、銀の刺繍が入った見たこともない豪華な陶器のティーカップを片手に現れた。
「レンさん、おはようございます! 新しい調合の実験が佳境なんです♪」
ステラが抱えているのは、虹色に怪しく光るガラス瓶と、黄金のラベルが貼られた木箱。
「ん。お腹すいた。朝ご飯、なに?」
ベルカが寝ぼけ眼で目をこすりながら、俺のエプロンの裾を引っ張った。
俺は机の上に、金庫から回収した三枚の領収書をバンッと叩きつけた。
「この領収書の説明をしてもらおうか!」
一枚目。宛名:オリヴィア。品目:王室御用達・極上ダージリン茶葉十缶、並びに純銀製ティーセット一式。金額:金貨二十枚。
「オリヴィア、お前これ何だ」
「あら? 名門貴族たるもの、朝の一杯に妥協は許されませんでしょ? まとめ買いの方が割引になると商人の方が仰っていましたわ♪」
「割引されても金貨二十枚だろがアホ! うちのどこに銀のポットで茶を飲む貴族がいるんだよ!」
二枚目。宛名:ステラ。品目:樹齢千年マンドラゴラの乾燥根、および幻獣フェニックスの涙(三滴)。金額:金貨二十枚。
「ステラ、次はお前だ」
「えへへ、レンさんの胃薬の効き目を一万倍にするために、最高級の霊薬素材を取り寄せてみたんです! これさえあれば、レンさんの胃壁はオリハルコン並みに頑丈になりますよ♪」
「その霊薬を買う金で俺の胃に穴が空いちまったんだよ!! 本末転倒だろうが!」
そして三枚目。宛名:ベルカ。品目:北部産・霜降り巨大マンモス肉の丸焼き用ブロック(百キロ)。金額:金貨九枚と銀貨九十枚。
「ベルカ……」
「ん。お肉、大事。チュウちゃんと半分こした。美味しかった」
「美味しかったじゃねええええええっ!!」
俺は頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
残された金は、銅貨三枚。パン半斤すら買えない。
「どうするんですの、レン? お昼ご飯はステーキが良いですわ」
「ステーキが食えるか! 今日から全員、野草生活だ!」
「ええっ!? 雑草なんて食べられませんわ!」
「文句を言うな! 裏庭を見ろ、雑草なら見渡す限り生い茂ってるだろうが!」
俺は納屋の扉を蹴破るように開け、隅に転がっていた古い錆びだらけの鍬とスコップを引きずり出した。
現場の倉庫番は、資材が尽きた時に泣き言を言わない。ないなら、今ある現場の資材で作るしかないのだ。
「今日から裏庭を全面開墾する。自分たちの食い扶持は、自分たちの手で畑を耕して自給自足だ!」
「「「ええええええっ!?」」」
三人の悲鳴を浴びながら、俺は砥石を取り出し、ボロ鍬の刃を研ぎ始めた。
キィン、キィンと響く砥石の音が、過酷な農業サバイバルの開幕を告げていた。
【幕間:商業ギルド本部の恐慌】
商業都市リヴェルタ・商業ギルド本部。
ギルドマスターが、各支店から上がってきた不審な取引明細書を前に、青ざめた顔で額の汗を拭っていた。
「信じられん……『煙突屋敷』の集団が、極秘裏に王都中の最高級軍用物資を買い占めたというのか……!?」
「はい! 純銀製の魔導触媒器、神話級の再生霊薬素材、そして超重量級の戦闘糧食百キロ……!」
「総額金貨五十枚を、即金の一括払いで決済していったとのことです!」
ギルドマスターの背筋に冷たい戦慄が走った。
「王室御用達の触媒で通信を遮断し、不死の霊薬で兵士を強化し、巨大魔獣の糧食を蓄えた……」
「これは……王都を根底から覆す、大規模クーデターの準備に違いありません!」
「一体、あの男は何を企んでいるのだ……『在庫管理者』レン……! 王国の経済を一夜にして揺るがす怪物が、ついにその牙を剥いたというのか……!?」
商業ギルドは即座に最高警戒態勢を発令し、煙突屋敷の監視を命じたが、彼らが裏庭で鍬を研いでいる姿を見て、さらに深い恐怖に陥ることになるのだった。




