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《銀帝》と幽霊女子高生の魔法の幌馬車旅 ~死んだ彼女の夢は、料理を売りながら世界を旅することでした~  作者: おにぎり


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第8話 セーフエリアの騒動

 重苦しい沈黙が、セーフエリアを支配していた。


 抜き放たれた剣。


 構えられた杖。


 何が起きてもすぐ動けるよう身構える冒険者たち。


 その中心で、ジャレッドはこなたを庇うように立っている。


 長剣の切っ先は地面へ向けられていたが、彼の前へ進み出ようとする者はいなかった。


「…………」


「…………」


「…………」


 誰も喋らない。


 そんな中。


「え、えーっと……」


 ただ一人。


 こなただけが、落ち着かない様子で周囲を見回していた。


(ど、どうしよう!?)


 自分を取り囲むように並ぶ冒険者たち。


 全員が明らかに警戒している。


 しかも原因は、どう考えても自分だ。


(初めて他の冒険者さんたちに会えたと思ったら、いきなりこれ!?)


 七十年越しの異世界交流。


 もっとこう。


『こんにちは』


『初めまして』


『どこから来たんですか?』


 そんな穏やかなものを想像していた。


 まさか出会って一分も経たず聖魔法を撃ち込まれるとは思わない。


 そのうえ、ジャレッドが魔法を斬ってしまったせいで、先ほどより状況が悪化している気すらする。


「おい……」


 やがて、一人の冒険者が口を開いた。


 先ほどジャッジアローを放った男だ。


 まだ杖を構えたまま、ジャレッドを睨んでいる。


「お前……正気か?」


「うん、正気だよ」


「だったら、なんでレイスを庇う!」


 男が声を荒らげた。


「そいつは魔物だぞ!」


「いや、私は別に――」


「喋るな!」


「はいぃっ!?」


 こなたは反射的に両手で口を塞いだ。


 理不尽。


 ものすごく理不尽だ。


 ジャレッドはちらりと後ろを振り返った。


 こなたと目が合う。


「…………」


「…………」


 ほんの一瞬。


 ジャレッドの眼差しが僅かに泳いだ。


 そして。


「この子は大丈夫」


「何を根拠に――」


「僕がテイムしたレイスだから」


「…………」


「…………」


「…………」


 今度は、先ほどとは違う意味で沈黙が落ちた。


 こなたの目が丸くなる。


(テイム!?)


 どうやらジャレッドも、この場を丸く収めるために何か考えたらしい。


 ただ、それが正解なのかは、こなたにも分からなかった。


「……レイスを?」


 冒険者の一人が怪訝そうに眉を寄せる。


「テイムした?」


「うん」


 ジャレッドは平然と頷いた。


 まるで昨日その辺で犬を拾ったとでも言うような口調だった。


「レイスをテイムした奴なんて聞いたことあるか?」


 別の冒険者が隣の男へ尋ねる。


「いや……俺はない」


「だよな?」


「でも、テイムできる魔物の種類が全部分かってるわけじゃないし……なくはないんじゃないか?」


「そうなのか?」


「知らねぇよ」


 ざわざわと周囲が騒ぎ始める。


(なくはないんだ……)


 こなたも少し驚いた。


 この世界には、自分の知らない魔物が無数に存在する。


 ならばレイスを従える者がいても、不思議ではないのかもしれない。


「いや、待て!」


 しかし。


 先ほどの男だけは納得しなかった。


 ジャレッドを頭から足元まで睨むように観察する。


 長剣。


 軽装。


 使い込まれた革のブーツ。


 どう見ても前衛の剣士だ。


「お前、どう見てもテイマーじゃねぇだろ!」


 ジャレッドが瞬きをする。


「……剣士がテイムしたら駄目なの?」


「そういう問題じゃねぇ!」


(ジャレッドさん、ちょっと押し切ろうとしてません?)


 後ろから眺めているこなたには分かった。


 表情はまったく変わっていない。


 声もいつも通り。


 だが。


 ほんの僅かに、返答までの間が長い。


(たぶん、これ結構焦ってる……)


「そもそも、本当にお前が従えてるのか?」


 男がさらに踏み込んでくる。


「レイスは人に取り憑くこともある。お前の方が操られてるんじゃないのか?」


「違うよ」


「だったら証拠を――」


「おい、さっきからぐちぐちとうるせぇぞ! 仮眠もとれやしねぇ」


 低い声が割って入った。


 それまで少し離れた場所で仮眠を取っていた、一人の冒険者だった。


 大柄な男。


 二メートル近い身長。


 歴戦を思わせる傷が頬から顎へ伸び、背中には大人一人の胴ほどもある巨大な戦斧を背負っている。


 男は立ち上がると、ジャレッドの横顔をじっと見つめた。


「…………」


 その顔から、徐々に険が消えていく。


 代わりに浮かんだのは――驚愕だった。


「お前……いや、あんた」


「?」


 ジャレッドが男に顔を向ける。


 大男の表情が強張った。


「灰銀の髪……青い目……」


「なんだよ?」


 ジャッジアローを放った男が苛立ったように振り返る。


「知り合いか?」


「馬鹿野郎」


「は?」


「……それ以上つっかかるな」


 低く押し殺した声。


 先ほどまで騒がしかった周囲が、再び静まっていく。


 大男はジャレッドから目を離さないまま告げた。


「この人は――《銀帝》だ」


「…………」


 誰かが息を呑んだ。


「銀帝……?」


 別の場所から掠れた声が漏れる。


「まさか……」


「《銀帝》のジャレッド?」


 ざわっ。


 今度こそ、セーフエリア全体が大きく揺れた。


「竜種すら単独で狩るっていう……」


「オークキングとゴブリンキングが率いた混成軍を一人で潰したって噂もあるぞ」


「それ、本当なのか?」


「知らねぇよ。けど《銀帝》ならありそうだろ」


 次々と声が上がる。


 こなたはジャレッドの背中を見た。


(銀帝?)


 初耳だった。


 しかも周囲の反応を見る限り、随分と有名な名前らしい。


(やっぱり普通の冒険者じゃないじゃないですか!)


 危うく声に出すところだった。


 当の本人はというと。


「…………」


 ほんの少し嫌そうな顔をしていた。


 どうやら二つ名で呼ばれること自体、あまり好きではないらしい。


「銀帝……」


 ジャッジアローを放った男の顔色が変わる。


「いや、でも……」


「やめとけ」


 大男が低く制した。


「けど、レイスが――」


「聞こえなかったのか? 本人が従えてると言ってるんだ。なら、そういうことにしておけ」


「そんな適当な――」


 なおも男が食い下がろうとする。


 そんな男に対し、大男の眼差しが鋭くなった。


「……っ」


 そのひと睨みで、男は黙った。


 大男は小さく息を吐き、ジャレッドへ向き直る。


「騒がせて悪かった」


「…………」


「あんたが管理できてるなら、俺たちから何か言うつもりはない」


 ジャレッドは何も答えない。


「ここはセーフエリアだ。休むための場所だろ」


 大男は顎で広場の奥を示す。


「こっちのことは気にせず、好きな場所で休息してくれ」


「……ありがとう」


 それだけ言うと、ジャレッドは剣を鞘へ収めた。


 張り詰めていた空気が、僅かに緩む。


「行こう、こなた」


「あ、はい!」


 こなたは慌てて後を追った。


 二人が離れていく。


 それでも、背中には何十もの視線が突き刺さっていた。


「本当に放っておくのか?」


 不満げな声が聞こえた。


 先ほどの男だ。


 大男は肩越しにジャレッドの後ろ姿を眺める。


「言っただろ」


「…………」


「あれに必要以上に関わるな」


 灰銀の髪を揺らしながら歩いていく青年。


 見た目だけなら、特別威圧感があるわけではない。


 むしろ眠たげで、少し頼りなくすら見える。


 だが。


 大男は知っていた。


 その男が剣を抜いた後に、何が残るのかを。


「少なくとも、敵に回す相手じゃねぇよ」


 誰も返事をしなかった。


     ◇


「……すみませんでした」


 広場の端。


 冒険者たちから少し距離を取った場所まで来たところで、こなたが頭を下げた。


「なにが?」


「私のせいで、面倒なことになっちゃって」


「こなたのせいじゃないでしょう?」


「でも……」


「レイスだからって、いきなり魔法を撃ったのは向こうだし」


「それは、そうなんですけど……」


 こなたは少し困ったように笑う。


「たぶん、これからも同じようなことありますよね」


「あるかもね」


 ジャレッドは否定しなかった。


 今回だけが特別とは思えない。


 この世界において、レイスは人を襲う魔物として認識されている。


 自我があり、普通に会話のできるこなたの方が例外なのだ。


「……迷惑じゃないですか?」


「別に」


 即答だった。


 こなたが顔を上げる。


「本当に?」


「うん」


「…………」


「それより」


「はい?」


 ジャレッドが腹へ手を当てた。


「お腹減った」


「…………」


「早く何か作ろう」


「……もう!」


 こなたは思わず苦笑した。


「せっかくちょっといい雰囲気だったのに!」


「そうだった?」


「そうだったんです!」


「気づかなかった」


「でしょうね!」


 けれど。


 いつもの調子に戻ったことが、今は少し嬉しかった。


 こなたは小さく息を吐き、周囲を見回す。


 セーフエリアには、今も十数人以上の冒険者がいる。


 こちらを警戒する者。


 興味深そうに眺める者。


 ジャレッドの名前を聞いて、遠巻きに様子を窺う者。


「今日は何を作るの?」


 ジャレッドが尋ねる。


「そうですねぇ……」


 こなたは顎へ指を添える仕草をした。


 次は何がいいだろう。


 せっかくなら。


 ジャレッドが知らない料理。


 食べた瞬間、またあの眠たげな顔を変えてしまうような料理がいい。


「…………」


 そこで。


 こなたの意識が、もう一度周囲の冒険者たちへ向いた。


 長い探索で疲れたであろう身体。


 横になって眠る者や、硬そうな携帯食らしきものを複雑な表情で齧っている者。


 辺りを見回せば、どこの冒険者パーティーも似たような感じだ。


「……よし」


「決まった?」


「はい」


 こなたがにっと笑う。


「今日はカレーにしましょう!」


「カレー?」


 予想通り、ジャレッドが首を傾げた。


「なに、それ」


「私の故郷じゃ、知らない人はいないってくらい有名な料理です」


「美味しい?」


「もちろん!」


 こなたは胸を張る。


「それに――」


「?」


「ものすっごく、お腹の空く匂いがする料理です」


「…………」


 ジャレッドの目が僅かに見開かれた。


「早く作ろう」


「食いつくの早っ!」


 先ほどまでの騒動はどこへやら。


 すでに頭の中は未知の料理でいっぱいらしい。


「じゃあ、まず馬車を出しましょうか」


「うん」


 ジャレッドが腰のマジックバッグへ手を伸ばした。


 何気ない動作。


 周囲の冒険者たちは、まだ遠巻きにこちらの様子を窺っている。


 袋の口を開き。


 ジャレッドが魔力を流した。


 次の瞬間。


 広場の空間が大きく歪む。


「……ん?」


 誰かが気づいた。


 光が溢れ、地面を覆う巨大な影が現れる。


 そして――。


 ズンッ。


 低い振動と共に。


 一台の巨大な幌馬車が、何もない空間から姿を現した。


「…………」


「…………」


「…………」


 セーフエリアが再び静まり返る。


 冒険者たちの目が点になる。


「……馬車?」


 誰かが呟いた。


「マジックバッグから……?」


「いやいやいや……」


「入るわけねぇだろ……」


 先ほどとはまた違う意味で、ざわめきが広がっていく。


 こなたはそれを聞きながら、隣のジャレッドへ顔を向けた。


「…………」


「なに?」


「私たち」


 こなたは乾いた笑みを浮かべる。


「今日ずっと目立ってません?」


「そう?」


「そうですよ!」

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