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《銀帝》と幽霊女子高生の魔法の幌馬車旅 ~死んだ彼女の夢は、料理を売りながら世界を旅することでした~  作者: おにぎり


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第7話 セーフエリア

水晶宮の最奥を出てから、二日。


 こなたは、ジャレッドという男について一つ理解したことがあった。


「ギシャアアアアッ!」


 正面から、巨大な魔蟲が突進してくる。


 全身を覆うのは、青白く輝く水晶の甲殻。


 人間ほどの大きさがあり、鋭く発達した顎なら、成人男性の胴体くらい簡単に噛み千切れそうだった。


「ジャレッドさん、前! 前!」


「うん」


 ジャレッドは歩みを止めない。


 腰の長剣へ手を添えたかと思えば――。


 一閃。


「…………」


 次の瞬間には、魔蟲の身体が縦に真っ二つになっていた。


 ジャレッドは何事もなかったように、その間を通り過ぎていく。


「…………」


 こなたも少し遅れて後を追った。


 しばらく進むと今度は、岩陰から三体の結晶蜥蜴が飛び出した。


「シャアアッ!」


 背中に生えた鋭い結晶が一斉に射出される。


 こなたの目には、白い線が幾つも走ったようにしか見えなかった。


「わっ!? わっ!?」


 思わず身を竦める。


 だが。


 キンッ。


 キキンッ。


 甲高い音が連続し、飛来した結晶がすべて地面へ落ちた。


 ジャレッドが剣で弾いたのだ。


 そのまま二歩、三歩。


 すれ違いざまに剣を振るう。


 それだけで、三体の蜥蜴の頭がぼとりと同時に地面へ転がった。


「…………」


「どうしたの?」


「いえ……」


 こなたは何とも言えない顔で、倒れた魔物とジャレッドを見比べた。


「あんなバカでかくて強そうな水晶竜を倒せた理由が理解できたというか……」


「?」


「何でもありません」


 こなたは思った。


 どうやらこの男ものすごく強い。


 いや。


 ものすごく、という言葉で済ませていいのかも怪しい。


 最奥を出発してから今日まで、二人はかなりの数の魔物と遭遇していた。


 そのどれもが、こなたからすれば命の危険を感じる怪物ばかりだった。


 けれど。


 ジャレッドは一度として苦戦していない。


 魔物と遭遇すれば剣を振るい道を開く。


 ただ、それだけ。


 たまに立ち止まることがあると思えば、敵を警戒したのではなく、道を間違えていないか確認しているだけだった。


「……冒険者って、みんなジャレッドさんみたいな感じなんですか?」


「そんなことないと思うよ」


「それを聞いて安心しました」


 異世界の冒険者が全員こんな化け物だったら、自分の知っている「冒険者」という言葉の意味を考え直す必要があった。


「ジャレッドさんって、かなり強い人なんですね」


「そうかな?」


「そうですよ!」


「でも、僕より強い人もいるよ?」


「……それ人間ですか?」


「ん? うん、人間だと思うよ」


 どうやら自覚も薄いらしい。


 こなたは小さく肩を落とした。


     ◇


「もうすぐ休めるよ」


 魔物の気配が途切れた通路を歩きながら、ジャレッドが言った。


「休める?」


「この先にセーフエリアがあるんだ」


「セーフエリア?」


「魔物が近寄ってこない場所。迷宮の中層に一つ、大きな休息場所があるんだ」


「そんな場所があるんですね」


「うん。冒険者が野営したりする場所になってる」


 こなたは感心したように頷いた。


「じゃあ、そこで少し休むんですか?」


「今日はそこで一日休むつもり」


「一日も?」


 思わず聞き返す。


 最奥を出てから二日。


 途中で僅かな仮眠は取ったものの、ほとんど休みなく歩き続けてきた。


 階段を上り。


 通路を進み。


 魔物を倒し。


 また上へ。


 そんなことを延々と繰り返している。


 さすがのジャレッドも疲れたのだろう。


「まあ、これだけ歩けば疲れますよね」


「身体は全然疲れてないよ」


「……はい?」


「まだ余裕」


「…………」


 こなたは横を歩く男をまじまじと見た。


 二日。


 ほぼノンストップ。しかも何度も戦闘を繰り広げた。


 しかも、今の言い方なら本気でまだ余裕があるらしい。


(……どんな身体してるんですか、この人)


 口には出さなかった。


 たぶん聞いても「普通だよ」と返ってくる。


 その普通が普通ではないことは、もう理解していた。


「じゃあ、どうして休むんです?」


「こっち」


 ジャレッドが腰に下げたマジックバッグを軽く撫でる。


「魔力がきつい」


「あ」


 こなたは納得した。


 あの中には現在、魔法の幌馬車が収納されている。


 最奥の隠し部屋から出発する際、あのままでは狭い迷宮を移動できないため、ジャレッドが試しにマジックバッグへ入れてみたのだ。


 神狐が作った巨大な魔法の幌馬車。


 普通なら収納できるような代物ではないはずだった。


 だが、ジャレッドの持つマジックバッグはかなり高性能らしく、どうにか収めることはできた。


 ただし。


「入れてるだけで魔力を使うんでしたっけ」


「うん。普通の物ならほとんど気にならないんだけどね」


 ジャレッドが袋を軽く持ち上げる。


「この馬車は、見た目以上に中が大きいでしょう?」


「空間拡張されてますからね」


「たぶん、そのせい。ずっと収納してると結構持っていかれる」


「なるほど……」


 ジャレッドほどの人間が「きつい」と言うのだから、相当な消耗なのだろう。


 そして、もう一つ。


 こなたは自分の半透明の身体を見下ろした。


「でも、私がこうして一緒に動けるのは助かりました」


「そうだね」


 幌馬車を収納した直後。


 こなたは最初、自分もその場に取り残されると思っていた。


 これまで幌馬車から一定以上離れようとすると、見えない何かに引き止められるように、それ以上進めなかったからだ。


 ところが。


 幌馬車がマジックバッグへ入った途端、その制約まで移動した。


 今のこなたは、ジャレッドのそばなら問題なく歩き回ることができる。


「やっぱり私、馬車となんらかの形で繋がってるんでしょうか」


「たぶんね」


「不思議ですねぇ」


「便利だからいいんじゃない?」


「まあ、そうなんですけど」


 仕組みは分からない。


 けれど七十年間、一度も離れることのできなかった場所から出られた。


 それだけで、今のこなたには十分だった。


「とりあえず、セーフエリアで魔力を回復させるよ」


「了解です」


「あと」


「はい?」


「……お腹も減った」


 ジャレッドが横目でチラチラとこなたに視線を送る。


「…………」


 非常に分かりやすい視線だった。


 ものすごく期待している。


 二日前におにぎりを食べて以来、この男はどうやら完全にこなたの料理を当てにしているらしい。


 こなたは思わず吹き出した。


「分かりました」


「本当?」


「休憩したら、美味しいものを作りましょう」


 ジャレッドの顔に、ほんの僅かな喜色が浮かんだ。


「楽しみ」


「食べることになると本当に分かりやすいですね」


「そう?」


「そうですよ」


     ◇


 それからしばらく進んだ先。


 狭かった通路が、突然大きく開けた。


「わぁ……」


 こなたの口から、自然と感嘆の声が零れた。


 半円状に広がる巨大な空間。


 天井は高く、壁一面に生えた水晶が淡い光を放っている。


 中央には平坦な地面が広がり、あちこちに焚き火の跡。


 簡素な天幕。


 敷物。


 荷物。


 そして――。


「…………人」


 こなたの足が止まった。


 人がいる。


 しかも一人や二人ではない。


 剣を腰に下げた男。


 大きな盾を背負った女。


 杖を持った老人。


 弓を手入れしている青年。


 四人、五人とまとまった冒険者たちが、広場のあちこちで休息を取っていた。


「人がいっぱい……!」


「うん」


「ジャレッドさん、人ですよ!」


「僕も人だけど?」


「ジャレッドさんはもう見慣れました!」


「……ひどい」


 少し寂しそうに言われた気がしたが、今はそれどころではない。


 七十年。


 こなたが知っていた人間は、自分だけだった。


 隠し部屋で友達はできた。


 けれど、人間の暮らす世界をこの目で見るのは、あの日以来初めてだった。


「すごい……」


 思わずジャレッドより前へ出る。


 どれも映画やゲームでしか見たことのないような姿の人間が、こなたの眼前に広がっている。


(本物の異世界の冒険者だ……!)


 思わず頬が緩む。


 辺りをきょろきょろと見回しながら、少しずつ広場の奥へ進んでいく。


 その時。


 一人の男と目が合った。


 焚き火のそば。


 三人組の冒険者の一人で、剣を膝に置いた男だった。


「…………?」


 こなたが首を傾げる。


 男の顔が、みるみる驚愕の色に変わり目が大きく見開かれ、口が震えた。


「レ……」


「?」


「レイスだ!!」


 男が叫んだ。


 広場の空気が一変した。


「えっ?」


「どこだ!?」


「セーフエリアに!?」


「なんで入ってこられる!?」


 それまで休んでいた冒険者たちが一斉に立ち上がる。


 剣を抜く者。


 杖を構える者。


 慌てて距離を取る者。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 突然向けられた敵意に、こなたがたじろぐ。


「私、何もしませんから!」


「流暢に喋った……!」


「自我があるぞ!」


「高位のレイスか! 呪われるぞ!」


「いや、呪いませんって!」


 必死に両手を振る。


 けれど、誰も聞いていない。


「下がれ!」


 一人の男が前へ出た。


 白を基調とした軽鎧。


 胸元には、太陽を思わせる聖印が刻まれている。


 男が杖を構えた。


「聖なる光よ――邪なる魂を穿て!」


「え?」


 杖の先へ白い光が集まる。


 こなたは、それが何なのか理解できなかった。


 ただ。


 本能的にあれはまずい。


 そう感じた。


「ジャッジアロー!」


 白い光が矢へ変わり、まっすぐこなたの胸元へ放たれる。


「――っ!」


 避けられない。


 そう思った、その時。


 銀色の軌跡が割って入った。


 キィンッ!!


 鋭い金属音。


 白い光の矢が、こなたの目の前で真っ二つに裂けた。


 砕けた光が左右へ散り、粒子となって消えていく。


 こなたは呆然と立ち尽くした。


 いつの間にか。


 その前に、一人の男が立っている。


 灰銀色の髪。


 抜き放たれた長剣。


 ジャレッドだった。


「……は?」


 魔法を放った冒険者が、愕然とする。


「今……魔法を、斬った……?」


 広場が静まり返る。


 ジャレッドは剣を下げたまま、相手へ眠たげな青い瞳を向けた。


 いつもの気の抜けた表情。


 けれど、目だけが、ほんの少し冷えていた。


「僕の相棒に手を出さないでくれる?」


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