↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《銀帝》と幽霊女子高生の魔法の幌馬車旅 ~死んだ彼女の夢は、料理を売りながら世界を旅することでした~  作者: おにぎり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/40

第4話 はじめてのおにぎり

 ジャレッドは手にした袋の口を広げ、中を覗き込んだ。


 入っているのは、白く小さな粒。


 見たことのない食材だった。


 穀物らしいことは何となく分かるものの、パンになる麦とも、普段口にする豆類とも違う。


「これが、おにぎりってやつになるの?」


「なりますよ!」


「へぇ……」


 興味を引かれたのか、ジャレッドは米粒を一つ摘まみ上げ、鼻先へ近づける。


 硬い。


 乾いている。


 これといって食欲を誘う匂いもない。


 どう考えても、そのまま食べて美味しいものには思えなかった。


 だからこそ気になったのか。


 ジャレッドは何の躊躇もなく、その一粒を口へ放り込んだ。


「ああっ! ジャレッドさん、何してるんですか!?」


 ぼりぼり。


 乾いた咀嚼音が響く。


 しばらく真顔で噛んでいたジャレッドの眉尻が、だんだん下がっていった。


「……石みたい。美味しくないね」


「そりゃ、そうですよ! そのまま食べるものじゃありませんから!」


「ごめん、気になって」


 悪びれた様子もなく答えるジャレッドに、こなたは呆れた顔を向ける。


 それから人差し指を立て、聞き分けのない子供を諭すように言った。


「いいですか? 何でも口に入れちゃ駄目ですよ? 生で食べたら危ないものだってあるんですから」


「大丈夫。僕、色んな耐性を持ってるから。毒くらいじゃ死なないよ」


「そ、そういうことを言ってるんじゃないんだけどなぁ……」


 こなたの頬が引きつる。


 どうやらこの男は、料理以前に「知らない物をとりあえず食べてみる」という危険な癖から矯正する必要がありそうだった。


「ま、とりあえず作りましょうか。ただし――」


「ただし?」


「私は作れませんので、あしからず」


 こなたが調理台へ手を伸ばす。


 けれど指先は、木の天板に触れることなく、何の抵抗もなくそのまま通り抜けた。


「この通りです」


「まぁ、実体のないレイスだからね」


「この体、本当に不便なんですよ! 料理好きなのに料理できないって、結構な拷問ですからね!?」


「それは辛そう」


「分かってくれます?」


「僕も今、食べ物を目の前にして食べられないから」


「あなたの場合は作れば食べられます!」


「僕が作るの?」


「もちろんです。私が指示しますから」


「……できるかな」


 ジャレッドは、自分の両手を軽く見下ろした。


 剣なら何千何万と振ってきた。


 けれど料理となると、その手がどこまで役に立つのかは分からない。


「料理したことないんですか?」


「料理と呼べるほどのものは、ほとんど」


「普段どうしてるんです?」


「町にいる時は屋台か店で済ませるかな。依頼で外にいる時は携帯食か、獲ったものを焼くか煮るくらい」


「依頼って……やっぱりジャレッドさん、冒険者なんですか?」


 こなたの関心が一気に別方向へ飛んだ。


 ジャレッドの腰に下げられた長剣へ目を輝かせ、実体のない身体で彼の周囲をくるくる回る。


「うん、そうだよ?」


「わぁ、異世界定番の冒険者! 本物だぁ。握手してもらっていいですか?」


「こなたは実体がないから無理だよ?」


「そ、そうでした。わたし幽霊でした」


 勢いよく差し出しかけた手を引っ込め、こなたは照れくさそうに頬を掻く真似をした。


 そのあまりにも自然な仕草に、ジャレッドの口元がほんの僅かに綻ぶ。


 変化は一瞬だった。


 けれど、こなたは見逃さなかった。


「ジャレッドさんって、すごい女の子にもてるでしょ?」


「そんなことないよ? どちらかと言えば避けられてるかな」


「へぇ~」


 あまりにも意外な返答だった。


 こなたは整った顔をまじまじと覗き込み、納得できないと言いたげに首を傾げる。


 一方のジャレッドは、そこで僅かに視線を下げた。


 ほんの一瞬。


 それまでの気の抜けた雰囲気とは違う陰りが見えた気がして、こなたはそれ以上踏み込まなかった。


「とりあえず、おにぎりは難しい料理じゃありませんから! さっそく作りましょう!」


「うん。僕は何をすればいいの?」


「まずは、お米を炊きましょう」


     ◇


「その前に、塩っと……」


 こなたはキッチンの一角へ顔を向けた。


 壁際には、小さな扉付きの棚が備え付けられている。


「そこ、開けてみてください」


「これ?」


「はい」


 ジャレッドが戸を開く。


 中には大小様々な瓶や壺が、隙間なく整然と並べられていた。


 白い粉末。


 赤みを帯びた香辛料。


 琥珀色や濃い茶色の液体。


 どれもジャレッドにとっては馴染みのないものばかりだ。


「……これは?」


「調味料棚です」


「食材庫は空だったのに?」


「こっちは別なんですよ」


 こなたは、どこか誇らしげに胸を張った。


「この棚の調味料、ある程度使うと勝手に補充されるんです。それに、時間が経っても劣化しません。湿気ないし、腐らないし、風味も落ちないんですよ」


「……すごい便利」


「でしょう?」


「この黒いのは?」


 ジャレッドが小さな壺を持ち上げる。


 蓋を少し開けると、独特の匂いが立ち上った。


「醤油です」


「ショウユ」


「焼きおにぎりに使います」


「これを飲むの?」


「絶対、飲まないでください!」


 口元へ運びかけていた手がぴたりと止まる。


「危なかった」


「なんで未知の物をすぐ口に入れようとするんですか!?」


「食べ物なんでしょ?」


「調味料です!」


 こなたは頭を抱えたくなった。


 どうやら先ほどの注意は、ほとんど意味を成していなかったらしい。


「先が思いやられる……」


「それで、他には何を使うの?」


「あ、はい。まず塩。焼きおにぎり用に醤油とみりん、砂糖を少し。それから出汁も使います」


 必要な物を、こなたの指示に従って一つずつ取り出していく。


 塩。


 醤油。


 みりん。


 砂糖。


 そして、棚に保存されていた顆粒出汁。


「じゃあ今度こそ、お米を炊きましょう!」


「うん」


     ◇


 まずは米を研ぐところから始めた。


 ジャレッドが器へ水を張り、両手で米を優しくかき混ぜていく。


 透き通っていた水が、すぐに白く濁った。


「はい、一度捨てて。新しい水を入れてください」


「こんな感じ?」


「そうそう。何度か入れ替えて、水の濁りが少し落ち着けば大丈夫です」


 言われた通りに繰り返していく。


 最初は手探りだった動きも、二度三度と続けるうちに自然と整ってきた。


「次はしばらく水に浸けて、お米に水を吸わせます」


「放っておくの?」


「はい。こうしておくと、芯までふっくら炊き上がるんですよ」


「へぇ」


「今回はおにぎりなので、炊く時の水加減は少し控えめにしましょう。柔らかすぎるより、少し粒が立っていた方が握りやすいですから」


「なるほど」


 ジャレッドは意外なほど素直だった。


 疑問に思ったことはその都度尋ね、教えられたことはきちんと守る。


 普段の掴みどころのない態度とは裏腹に、何かを覚える時は妙に真面目らしい。


「ジャレッドさんって、思ったより器用ですね」


「剣を使うからかな」


「剣の技術って米研ぎにも応用できるんだ……」


「ごめん、適当に言った」


「自分で言わないでください!」


 十分に水を吸わせた米を土鍋へ移し、水加減を整えて火へかける。


 あとは炊き上がるのを待つだけ。


「…………」


「…………」


「まだ?」


「まだです」


「……意外と時間がかかるんだね」


「……まだ三分しか経ってませんよ」


「そう。長いね」


「三日食べてない人に炊飯待ちは酷でしたかね……」


 時間が経つにつれ、鍋の中から小さな音が聞こえ始めた。


 沸々。


 やがて蓋の隙間から白い湯気が立ち、土鍋の縁から細かな泡がこぼれそうになる。


 そして。


「…………」


 ジャレッドの鼻先が、僅かに動いた。


「いい匂いがする」


「炊けてきましたね」


 ほんのり甘く、温かな香り。


 パンとも芋とも違う。


 初めて嗅ぐはずなのに、不思議と腹の奥を直接刺激してくる。


 ぐぅぅぅぅぅ……。


「…………」


「もう少しですから」


「蓋、開けてもいい?」


「駄目です」


「少しだけ」


「駄目です」


「…………」


「そんな悲しい顔しても駄目です!」


「してないよ?」


「してます!」


     ◇


「――はい。もういいですよ!」


 ようやくこなたから許可が出る。


 ジャレッドが待ちかねたように土鍋の蓋を持ち上げた。


 ふわっ。


 一気に白い湯気が立ち上り、柔らかな米の香りがキッチンいっぱいに広がる。


「…………」


「いい感じで炊き上がってますね」


 ジャレッドの青い瞳が、わずかに大きくなる。


 先ほどまで硬く小さかった粒が、水をたっぷり含んでふっくらと膨らんでいた。


 真珠のような艶をまとい、一粒一粒が光を受けて白く輝いている。


「……同じもの?」


「同じですよ」


「増えてない?」


「水を吸って膨らんだんです」


「不思議」


 ジャレッドは興味深そうに鍋の中へ顔を寄せた。


 先ほど生米をそのまま齧った時とは、見た目も匂いもまるで違う。


「このまま食べても美味しいですよ」


「食べていい?」


「せっかくなので、もう少しだけ我慢してください」


「……分かった」


 口では素直に返事をしたものの、明らかに名残惜しそうだった。


「そんな切なそうな顔しないでくださいよ!」


「してないよ?」


「してますって!」


 こなたは思わず吹き出す。


「このご飯に少し手を加えるだけで、もっと美味しくなるんです」


「……もっと?」


 その一言で、ジャレッドの青い瞳にわずかな期待が宿った。


     ◇


「まず、手を水で濡らしてください」


「うん」


「それから塩を少し」


 ジャレッドが濡れた掌へ塩を広げる。


「ご飯を取って」


「これくらい?」


「ちょっと多いです。まあ、大きいおにぎりも悪くないですけど」


「おにぎりって、どんな形なの?」


「基本は三角ですね」


「三角」


「丸でもいいんですけど……こう、潰さないように優しく握ってください」


 こなたが空中で両手を重ね、握る動きを見せる。


 ジャレッドもそれを真似した。


 ぎゅっ。ぎゅっ。


「強い強い強い!」


「?」


「もっと優しく! ご飯が潰れます!」


「……剣とは違うね」


「当然です!」


 今度は手へ入れる力を意識して抜く。


 崩れない程度にまとめ、形を整えていく。


 そして最初に完成したものは――。


「…………」


「…………」


 微妙に歪んだ三角形だった。


「……三角?」


「本人が三角だと思えば三角です」


「優しいね」


「初めてですから!」


 二個目。


 三個目。


 握る数が増えるにつれ、角の作り方や力加減を掴んだのか、少しずつ形が整っていく。


「おお、上手くなってますよ!」


「……そう?」


「手際いいですよ」


 ジャレッドは自分で握ったおにぎりを掌に乗せ、しばらく眺めた。


 歪ではある。


 それでも、自分の手で何かを作ったという感覚が新鮮なのか。


 口元が、ごく僅かに緩む。


「ジャレッドさん」


「なに?」


「ちょっと楽しいでしょう?」


「……少し」


「やっぱり!」


 こなたの声が弾んだ。


     ◇


「次は焼きおにぎりです!」


 ここからは、香りの強い調味料を使う。


 こなたの指示で用意した出汁に、醤油、みりん、砂糖を加え、よく混ぜ合わせる。


 出来上がったのは、艶のある濃い茶色のタレだった。


 ジャレッドが器を持ち上げ、その中を覗く。


「これを塗るの?」


「はい。でも、その前に軽く表面を焼きます」


 フライパンへごま油を垂らし、火にかける。


 熱が回ったところへ、先ほど握ったおにぎりを並べていく。


 じゅっ。


 油に触れた瞬間、ごま油の香ばしい匂いと小気味よい音が上がった。


 白かった表面が、薄く色づいていく。


「まず軽く表面を焼いてください」


「うん」


 頃合いを見て裏返す。


 焼けた面には、淡いきつね色の焼き目がついていた。


「いい感じです。じゃあ、今度はタレを塗りましょう」


 刷毛へ調味液を含ませ、表面へ薄く広げていく。


 じゅわっ。


 余った一滴が熱されたフライパンへ落ちた。


 その瞬間――。


「…………!」


 醤油の焦げる香ばしさ。


 みりんと砂糖の甘さ。


 出汁の旨味を含んだ匂いが熱気に乗り、一気に立ち上る。


 ジャレッドの動きが止まった。


 鼻腔をくすぐるどころではない。


 三日間何も食べていない腹へ、直接殴り込んでくるような香りだった。


「ジャレッドさん?」


「これ、絶対おいしい」


「まだ食べてませんよ?」


「分かる。匂いが言ってる」


「匂いは喋りませんよ」


「でも言ってる」


 先ほどまでの眠たげな雰囲気は、どこかへ消えていた。


 焼き加減を見極める眼差しは真剣そのもの。


 刷毛を動かす手つきにも、妙な集中力が宿っている。


 その豹変ぶりに、こなたが思わず目を丸くした。


「す、すごい真剣な顔! そんな顔できたんですね」


 返事はない。


 ジャレッドは完全に焼きおにぎりへ意識を奪われていた。


 片面へタレを塗る。


 焼く。


 裏返す。


 また塗る。


 そのたびに表面の色が深くなり、ところどころ醤油が焦げて香ばしい膜を作っていく。


 やがて、白かったおにぎりは艶のある狐色へ変わった。


 キッチン中を満たす香りは、空腹の人間にとってもはや拷問に近い。


 そして。


「――完成です!」


 皿の上に並んだのは、少し歪ではあるものの、立派な塩おにぎりと焼きおにぎり。


「……食べていい?」


 待ちきれない様子に、こなたは柔らかく微笑む。


「はい。召し上がれ」


 ジャレッドが最初に手へ取ったのは、塩おにぎりだった。


 手の込んだ焼きおにぎりも気になる。


 けれど、まずは米そのものの味を知ってみたかった。


 作ってから少し時間が経っているため、炊きたてほどの熱はない。


 それでも掌には、まだほんのり温かさが残っていた。


 一口、齧る。


 適度に締まった米粒が、口の中でほろりとほどける。


「…………」


 ゆっくり咀嚼する。


 噛む。


 もう一度、噛む。


 そのたびに、米本来の柔らかな甘味がじわじわと広がっていく。


 そこへ、掌へ擦り込んだ塩気がほんの僅かに加わり、素朴な味を引き締めていた。


 豪華ではない。


 強烈な香辛料が使われているわけでもない。


 なのに、不思議と次の一口が欲しくなる。


 ジャレッドの青い瞳に、素直な驚きが浮かんだ。


「……すごくシンプルだけど、おいしい」


「お口に合ってよかったです」


 こなたの顔が自然と綻ぶ。


 異世界の人間にも、米の美味しさはちゃんと伝わった。


 それが、料理好きの彼女には何より嬉しかった。


 美味しいと感じる心に、国も人種も世界の違いさえ関係ないらしい。


 ジャレッドは行儀のよい所作で塩おにぎりを食べ終えると、いよいよ焼きおにぎりへ手を伸ばした。


 持ち上げた瞬間から、焦がし醤油の香りが鼻先へ届く。


 その表面へ、静かに齧りついた。


 ぱりっ。


 薄く焼けた外側が小さく音を立てる。


 中からは、ふっくらとした米。


 甘じょっぱい旨味のあるタレ。


 焦がした醤油の香ばしさ。


 ごま油の風味。


 それらが口の中で一気に重なった。


「――っ!?」


 今度こそ、ジャレッドの青い瞳が大きく見開かれた。


 そのまま上体が、ぐわっと後ろへ仰け反る。


「ええっ!?」


 予想外すぎる反応に、こなたが素っ頓狂な声を上げた。


「ジャ、ジャレッドさん!? 大丈夫ですか!? 熱かった!?」


 ジャレッドは焼きおにぎりを手にしたまま硬直している。


 しばらくして。


 ようやく、掠れるような声が零れた。


「……神の食べ物だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。