第12話 求職苦戦中
一
七月の終わり、なつみは三十七歳になった。
誕生日らしいことは何もしなかった。みほと麻衣からLINEでスタンプが届いて、それで十分だった。大学を出てから、時間は驚くほど早く過ぎていく。このままいけば、あっという間に四十になり、五十になるんだろうな、となつみは思う。何とかしっかりした職に就きたい気持ちはある。でも、現実はそう簡単じゃない。
二
マッチングアプリで会ったのは、バツイチ、四十五歳の司法書士だった。
自己紹介をする段になって、なつみは少し詰まった。仕事は、と聞かれて、今は無職で求職中です、と言うのが、思ったより恥ずかしかった。
「翻訳とか事務なんかは、どんどんAIに仕事取られて、求人は減る一方でしょう」と彼は言った。「司法書士とか行政書士とか、社労士なんかの資格でも取ったらどうですか」
その手があったか、となつみは一瞬思った。
でも彼は、少し考え込んでから続けた。
「いや、うちの事務所も、新規採用は二十代なんだよね。留学とか修士、博士出てても、三十くらいまで。なつみさんが今から資格取って求職ってなると、四十だもんね。自分で事務所開く以外、就職はないと思った方がいいかも」
なつみは、その言い方に、何も言い返せなかった。
新しい仕事に、三十七の新人は採らない。学歴でも、能力でもなく、年齢ではじかれる。それが現実だった。
三
ハローワークでは、事務以外の職種の面接も勧められた。
勧められた面接に行かないと、求職活動をしていないとみなされる。なつみはそれが嫌で、介護助手と保育助手の面接に行くことにした。どちらも、無資格OK、働きながら資格が取れる、と求人票に書いてあった。
最初に行ったのは、多機能型のホームだった。
面接官は、忙しそうな介護職員だった。
「もうじき四十かあ」と彼女は言った。「うちは体力仕事だから、とにかく若い人が欲しいのよね。資格取っても、無資格の二十歳が来たら、そっちを採るわ」
なつみは、黙って頷いた。
「認知症の人なんて、暴れる人もいるし。男の人なら四十でもいいんだけどね」
その一言が、なつみの中に、静かに落ちた。
女は、若さがすべて。男は、力があればいい。年齢の値段が、性別によって全然違った。
四
保育園での面接でも、似たようなことを言われた。
はっきりとは言われなかったけれど、若い方が扱いやすい、という空気は同じだった。
なつみは、面接を終えて、駅までの道を歩きながら、考えた。
女の三十七は、どうやって収入を得たらいいんだろう。
専門職は年齢で切られる。体力仕事も年齢で切られる。事務はAIに奪われていく。残された選択肢が、どんどん狭まっていくのを、なつみは肌で感じていた。
五
司法書士の彼とは、その後も何度かメッセージのやり取りが続いた。
「結婚は」と彼は言った。「『この人と結婚したい』と思う人に出会えるまでは、焦らずのんびりするつもりです」
なつみは、その言葉を、何度も読み返した。
そのまま受け取っていいのか、それとも、結婚願望があるなら他を当たってください、という遠回しな拒絶なのか、なつみには測りかねた。彼の言葉には、いつも二重の意味があるような気がした。仕事の話も、結婚の話も、優しいようで、どこか突き放されているような。
考えても、答えは出なかった。
なつみは、その考えを、一旦しまうことにした。
六
夜、なつみはベッドに横になって、天井を見た。
あと数年で、四十歳になる。
就職はおろか、派遣の求人も、これからもっと減っていくだろう。結婚のチャンスも、たぶん、少なくなっていく。頭ではわかっていた。
でも、と思う。
周りを見渡せば、高学歴で未婚の派遣仲間は、みんな似たような感じだった。学生気分のまま、のんびりしていて、切迫感がない。自分も、その中の一人だから、なんとかなる気もしてしまう。それでいいのか、という気持ちもある。でも、そこからどうやって抜け出したらいいのか、なつみにはわからなかった。
将来に対する、漠然とした不安はある。
それでも、好きな音楽を聴いて、映画を観て、本を読んで、時々ちょっといいものを食べて、なんとなく毎日は楽しい。それなりに、満足している。
危機感が、持てない。
持たなければいけない、とわかっているのに、持てない。
なつみは、目を閉じた。
明日も、きっと同じような一日が始まる。それなりに楽しくて、それなりに、何も変わらない一日が。




