51.欺く者
「アッティラ・ラシュターナ。
お前は三十日もの間、デュナメイオンで消息を絶った。寄生する者達との交戦が最後だそうだが間違いないか」
窓の無い部屋。
連行された先は地下だった。
「はい、間違いありません」
黒いベレーをした女の視線は、真っ直ぐに私を刺している。
全ての事実を話すのは危険すぎる。
「では本題だ。寄生する者達がお前と戦った後に消えていたのはなぜだ?」
……あれ。あの時は消えていなかったはず。
リーネが、「二日間の待機期間に寄生軍を掃討した」と言っていた。いや、それも今となっては本当かどうか。
ブラフを忍ばせて、あぶり出そうとしているのかも。
下手な嘘は言えない。
「ぼくはやられてしまったため、わかりません。
貴方がたが彼らを排除したと聞いたことはあります」
「そうか。では、長い間どこに行っていた?」
「丁度ここに似た部屋です。
銀のマントの者がいました。ぼくの面倒を見てくれたのだと思います」
可能な限りぼやかす。不自然でない範囲で。
「ではセティはどうだ。ずっと一緒にいたのだろう?」
この質問が来る想定はしていた。
もはやセティがオートマトンと気づかれる可能性は高い。とはいっても、切り捨てるようなことはしない。
なんとかして玉を救出するんだ。
(アテラ。セティは見捨てろ)
え。
セティ、なにを言ってる?
(リーネがああ言った以上、セティの正体はすぐに知れる。
不審な動きをすれば、オートマトンを違法に所有した犯罪者になる。メイラもノアテラも、ただじゃ済まんぞ)
(でもそれじゃお姉ちゃんは…)
お姉ちゃんが危ない…。
でも、あのわざとらしく豊かな表情なら、時間を稼いでくれるはず。
会う口実を何か。何か。
「どうした?言えないことでもあるのか?」
まずい。早く話さないと。
「……そう言えば、気が付いた時にはセティとはぐれていました。
そうして手当てが終わったら目の前に現れた。
そうだ。銀のマントの者なら…、彼を呼びましょう」
銀のマントが運営と繋がっていたら、どちらにせよ私は終わる。
あいつらが何故セティのことを手伝ったのかはわからない。
しかし今は、頼みの綱かもしれない。
「まあ、あわてるな。
リーネ殿からの物証もある。お前が黒か白かは第三者らの意見を踏まえて判断する。」
ベレー帽をした運営は部屋の隅へ行き、そこにある椅子に座った。
すると、正面の天井からスクリーンが下りて来る。
それはメイラの家にあった、映像をうつすホワイトボードに似ていた。
スクリーンを通して見えるのは、別の部屋のようだった。
まず最初にチターナが部屋に入ってくる。
手前で後ろを向く運営の者と、二、三の問答が行われた。
寄生する者との関与を、私とは異なる切り口で探るような内容だった。
そして、最後にゆっくりと運営は言った。
「アッティラ・ラシュターナ。
彼には寄生する者と敵対する体を装って、討伐前に情報を流して逃がした容疑がある。
奴らと会話ができ、裏で繋がっている恐れも」
逃がした。……それってつまり。
リーネは、討伐したと私に嘘を教えて、私の反応を見た。そうして驚く様子を見て、何も知らない私に罪を着せた…。
考えたくない。けれどそうすると合点がいく。
「ううん、アテラはそんなことはしないよ。
そりゃ年の割に不自然な振る舞いをするけど、本当の中身はかわいい子供」
チターナの返答は、私を無実だと言っているようだった。
気づかぬうちに、スクリーンの下には六つのランプがあった。
その一つ目に光が灯る。
次に入ってきたメイにも同じ質問がされた。
メイが明確に違うと言うと、二つ目のランプにも光が灯った。
そして、次はムイだった。
「正直、目的のためならば、何やってもおかしくないとは思うよ。
でも結構好きなんだよなあ、あいつのこと」
すると、ランプは黒く光る。
光ったランプは、白、白、黒となった。
くそ、何やってもおかしくないといっただけなのに黒なのか。
その後、ヌーが入ってくる。
「アテラは様々なハンデを背負っています。
例え彼が寄生する者と関わっていたとしても、私は軽蔑しません。
リーネが証拠を見せてくれましたが、いまだに信じられないくらいです。どうか温情を」
次のランプも黒く光った。
まずい。
何で、今のが黒なんだ。
ヌーの後は、リーネだった。
…嫌な予感しかしない。
「私は見つけました。アテラが黄昏を率いた寄生する者と同じ血が流れているのを。
これが証拠です」
リーネは、血液のようなものが溜められた瓶を差し出す。
「これがあの現場にあった体液。これがアテラの血液です。内容の一部が適合しました」
ランプは黒く灯った。
恐らく最後…。
その扉を開いてきたのは、セティだった。
セティは、運営との問答を始める。
「…アテラが奴らと会話ができ、裏で繋がっていると思うか?」
それを聞いたセティは不敵な笑みを浮かべ、片方の手のひらを上に向けた。
「やーっと気づいたんだねえ。察し悪すぎだよ。
あいつ、デュナミスどれだけ重ねがけしてるか知ってる?後ろめたいことを隠してるに決まってんじゃん」
え。
セティ、どういうこと?
最後のランプはすぐに黒く灯った。
さらにセティは手振りを続ける。
「うん、時間の無駄だから言おうか。寄生する者は私。手引きしたのはアテラ。随分お時間かかったねえ無能さん達」
……終わった。なんで。
「…どうやら、セティが先に自白したようだな。
このランプの結果は、お前がこのデュナメイオンで一番長く関わった仲間達から、信用されていない証拠。残念なことだ」
部屋の隅にいる運営がそう言ってくる。
わけがわからない。セティは、操られているのかもしれない。
「都合のいいガキだったなア。
あとは、アテラともども煮るなり焼くなりどうぞ。何故なら既に本体は逃げたから。ふふ…」
セティはそう言って自らの身体を解体し始めた。
部品がばらまかれる。
「おっとごめんね。ここに置き土産があったの忘れてたあ」
剥き出しになったセティの腹部は、赤く脈動する大きな塊になっていた。
それは徐々に拍を速めていった。
「まさかそれは…」
セティの前に座る運営は、咄嗟に眼鏡をかけた。
ポリティカルメガネなのかはわからない。
ただ、それを通して見て背筋が伸びたかと思うと、
すぐに外し、部屋から立ち去って行った。
「ばかめ。ここにいる奴ら全員道連れだ」
『全員退避!地上へ走れ!!』
アナウンスが流れる。
「ちょっと、尋問どころじゃない」
眼の前にいた運営も走り去っていく。
セティ、操られてたんでしょ。今助けに…
(アテラ、セティは諦めろ。ここにある部屋は通信と記録が行われている。
今すぐあの者を追って逃げろ)
(何言ってるの?私にとっても、セティにとっても、お姉ちゃんは、もう一人の…)
途中まで言いかけたが気づいた。
そうか。セティなら、自分を犠牲にしてでも危機を遠ざけるんだった。分身なのだからきっとその思いを汲むんだ。
それなら私だって。
まだ反動が終わっていない。
あの大きな赤い塊の起動部分があるはず。一発で決めなきゃいけない。
他の部屋を紋でみていくと、みんな一斉に地上に向かって走っていく姿があった。
その中でも、部屋の中で全く動かない存在が残っている。
小さな女の子の姿を纏ったオートマトンの身体。
セティ。いまいくよ。
もう少し近づいたら、あの赤い塊を何とかしてあげるからね。
私は、壁に手を当て、できる限り速く歩いた。
(アテラ、危険だ。引き返せ!)
(嫌)
(アテラ!!少し考えろ!セティはまた作り出せる)
(嘘。そんな嘘いらない)
(落ち着け!あいつはアテラの胸…)
(うるさい!もうあんな気持ちは嫌なの!)
セティの腹部が別の生き物のように脈動しており、回路のようなものが見える。きっとあれだ。
あれを紋で丁寧に消して、そうしてその後…
ドオオオオォォォォン!!!
爆発音がした。
紋でみるセティの付近は崩れ去っていく。
うそ…だ……。
「ばか!…ばか!!」
(すぐに向かえ!)
部屋に向かう。
お姉ちゃんだったら、あの物凄い運動神経で、致命傷を避けてるはず。
…そうだ、玉さえ無事なら何とかなる。
ヒビが入るくらいなら、直せばいい。
ただ走った。
必死に、セティのいるところに。
「はぁ、はぁはぁ…」
辿り着いた部屋は、壁が黒く焦げて、金属の残骸が飛散していた。
……ない。
(アテラ。セティはもう、いない。あのサイズの爆発物だと耐えられない)
信じたくない。けれど、否が応にも紋の示す部屋が現実を突きつけてくる。
お姉ちゃんは、もう…
また涙腺が緩む。
(地上に行け。遅れれば怪しまれる。それでメイラやノアテラが…)
(わかってる、わかってるから)
私は感情の整理もつかぬまま、地上に向かった。
泣くな…泣くな…。
大粒の涙を落としながら、前へ。
山羊と孔雀の両脚が私を歩かせてくれた。
入口の階段を登っていく。
すると、外には避難を終えた者達が既に集まっていた。
付近で五、六人の運営の者が話し合っており、そのような纏まりが後もう二つ。
一番奥の方はチターナ達だと分かった。
「一部始終によると、爆破前に避難せず部屋に向かい、涙を流しながらきている。これはどういう見解に…」
「きたぞ」
運営の一人が言った。それによって皆一斉にこちらを見てくる。
「アテラ!」
チームの皆が寄ってくる。
「セティが…」
「聞いたよ。セティが寄生する者達に関わっていたって。確かに最近、印象が変だと思った」
チターナの話の内容を聞いたら無意識に、私は首を振っていた。
「アテラはここに来る前から、セティとは仲良しだったんだろ?さっき聞いたよ、セティがオートマトンにすり替わってた映像をアテラも見ていたって」
そう言うムイに向かっても首を振る。
違う。セティは守られるべきオートマトンで、すり替わっても私の大事な友達だったんだよ。
(アテラ、絶対に喋るなよ。ひと言も何も言うな)
頭にいるセティの言葉が、私の首を止めた。
こんな弱い姿、みんなに見られたくない…
「親友が寄生する者達に奪われて、機械にされていただなんて到底理解の及ぶ感情ではありません」
「そもそも、アテラ一人を寄ってたかって追い詰めて、運営はどういうつもりだったんだ?」
ヌーに続き、メイがそう言うと、視線の先は運営へ向かう。
「…物証が提出されました。ですので」
「物証…その体液は、本当に寄生する者なのか?それでアテラの体内に含まれていたからってアテラが関わっていたってなぜ言える?」
「そう。寄生する者達が逃げる前にでっちあげた可能性だってあるぜ」
メイとムイが矢継ぎ早に反論を入れていった。
そうして運営の僅かな沈黙に、チターナが大きくため息をつきながら、両腕を胸の前で組む。
「絶対におかしいよ。二日間外出禁止までして、みすみすあいつらを逃して、あちらにも何の尋問もできなかった。運営の方に内通者がいる方が遥かに自然」
「…この件は再審議とします」
運営の一人はそう宣言した。
その後、彼らは少しだけ口元で声なき会話を交わすと、別の一人がこちらに歩いてくる。
「リーネ殿、ちょっとこちらへ…」
「リーネ!お前もお前だ!
どういうつもりで…」
「メイ殿、これ以上は」
運営が制止すると、メイは黙った。
リーネを連れて運営がどこかへ向かうと、私達にもデュナメイオン閉会の案内があるまでは自分の棟に戻るよう指示が下った。
……私は黒だっていい。セティを返して。
誰とも話したくなかった。
私は皆の言葉に頷くだけで、無言を貫き通した。
棟につくと、ベッドの中で塞ぎ込む。
(アテラ、すまなかった)
(いい。どちらのセティでもそうしたと思うし)
(そうじゃなく、その、懐を…)
(懐?)
(ああ。服の中で引っ付いているはず)
私は懐をまさぐった。
するとそこには、粘着性のある球状のものがくっついていた。
(え。これって…)
(お姉さんの方だ)
手に取り、それをまじまじと見つめる。
確かに紫。大きさも似ている。でもなんで。
(首筋に吐きかけた唾と同時に付着した。
運営は白を黒にしようとする。アテラに余裕があれば、運営はより多くを巻き込んでそれを潰す。…感情を利用して申し訳ない)
……悔しいけれど、セティの言う通りかもしれない。
私はすぐにそれを頭に結んだ。
(いやほんと。アテラが気づかなくてよかった。
下手くそな演技じゃバレるからね)
(…)
下手くそな演技って、どの口が言うかと思った。
けれど嬉しさのあまり、何も言えなかった。
(お姉ちゃん、おかえり)
その後の連絡で、容疑が晴れたと伝えられた。
私の一連の行動から、「本体は逃げた」を事前に知っていたと思えない、とされた。
さらにセティが消える時、私に罪を着せようとした可能性が浮上、立証が困難になったそうだ。
また体液は、寄生する者が一人もいなくなったため証拠不十分とされたのだった。




