50.折れぬ野心
セシザが、煙の中から真っ逆さまに落下してくる。
私はデュナミスにより頭が上になるようにして、落下直前に衝撃を緩衝させた。
落ちたセシザは、それでも脚を折った。
…じっと観察したが、すぐに動く気配はない。
私の近くにいるセティ、そしてアーズもまだ気絶したままだった。
動かない身体で這いずってセティに近寄りながら、遠くの戦線を覗く。
おおよそ左手にセンシアとハクレイ率いる軍勢が、
そして右手には中齢黒風を主力とする軍勢が乱戦模様となっていた。
何か光の筋が右の軍勢、つまり敵地で暴れ回っている。
ああ、あれは恐らくシュゼ…。ミュミテ分身による発動を果たしたのかもしれない。
戦況は、数の上でも、旗色においても優勢であるように見えた。
セティの隣に、やっと辿り着いた。
私はセティに触れると、そのまま頬を大きくつまみ、口の中を開けた。
オイルまみれの中からでてきた紫の玉は、澄んだ色味を帯びたままテカリを放ち、そして傷一つない。
私はそれを拭くことなく、頭に縛りつける。
(セティ…セティ、大丈夫?)
(ああ。なんとかな。あっちのセティはどうだ?)
(…うん、見てみる)
そこで、姉セティに顔を近づけて見た。
…呼吸みたいな吐息が顔にかかる。必要ないはずなのに。
「セティ」
頬をつねって、もぎもぎしても、目覚めない。
紋で見ても異常はない。
ただ少しだけ、瞼が動いている。
(姉と呼んでみたらどうか)
…。
確かに。
「お姉ちゃん。起きて」
「…んん。んー
アテラよくあんなの倒せたね」
既に起きていたと思う。
でもそれは突っ込まないであげよう。
『リンヌァグジアス・ザーグェロト・アーミヴェイヅ。が、降伏しました。
リンヌァグジアス……』
不意に、繰り返しのアナウンスが聞こえてくる。
あれ、今更…?
リンヌァグジアスは、女帝のことだ。
プログラムが始まって既に何人かは降伏したと思うが、アナウンスが流れたのは初めてだった。
今、強い敗北感を判定されたということは、運営によって追放、或いは逮捕でもされたのだろうか。
いずれにせよ、一つの勢力がこれで終わった。
セティは、アーズの腕を引っ張った。
「…こっちも終わらせよう。また立ち上がってくる前にね」
そう言って、セシザの方へ歩きはじめる。
「そうだね。セシザに敗北を認識してもらえたらいいけれど…」
私はそう伝えて、ずり這いのまま、メイの隣にきた。
「メイ、メイ…起きられますか」
赤紫のポニーテールはほどけて、へそあたりまで行くほどの長い髪が扇のように広がっていた。
チームアテラ随一の正義感と芯の太さ。
隙の無い強い大人に見えていた面構えが、今は子供のように無防備に見えた。
「ん…。
あ、ごめん。やられていたのかアタシは」
「はい。けれど今は相手が気絶です。まだ、降伏は確認できていません」
メイに手短に状況を話していくと、私を背負ってセシザの方へ向かってくれた。
途中、ムイのことが気になり紋で見ると、ちゃんと生きていることは勿論、初手の脚の傷を除けば、外傷すら見当たらなかった。
そう言えば、セティを撃った雷だって、きっちり無力化させておきながら、内部は無事だった。
つくづく、あいつの技術の高さには驚かされる。
「ひとまずこれでいいでしょ。
空に飛ばれさえしなければ、私でも止められるからね」
セティはセシザの上にアーズを重ね、その上で座っていた。
大勢力の衝突が長引き犠牲が増える前に、終わらせる。
セシザなら今の方が降参しやすいかもしれない。
「では、起こしましょうか」
私は、セシザを揺らして起こしてみる。
その揺れによって、セシザの表情が動く。
「…あ、二人起きるのはまずいか?」
アーズも起きたようだった。
すぐにセティは、アーズの両腕を掴む。
「てめえ、くそ。
……セシザ!!」
暴れようとするアーズだったが、セティの怪力の方が上だった。
「……まて、アーズ。
私達は一度は落ちた立場だ。無闇に抵抗するな」
セシザは横たわったまま、口だけを動かした。
……降伏には強い敗北感が必要、か。
戦闘しない状況から、どうなったらそれを感じるのだろう?
そもそもセシザは、どうしたかったのだろうか。
「セシザ、あなたの目的は何なのですか?
既に『ハヴィ』にいるのなら、成績など不要のはずです」
「詳しくは言えん。
だが、女帝をここから退場させることに関連する。と言っておこう」
淡々と返してくる。
でも、女帝の退場って…
「女帝ならば、先程降伏したとアナウンスされました」
「なに…?」
「女帝は既に動けない状態だったんです。
私達でそこまで追い詰め、後は運営に任せることにしてこちらに戻りました」
セシザの目線が落ちる。
何か腑に落ちていないような表情だった。
「……おい、このガキ何もわかってちゃいねえぞ」
「アーズ、それは言わなくていい。
……アテラ。お前に聞こう。
なぜ、スピリエ様を目の敵にしている?」
王を作り出そうとする考えや、怪異との関係、メイラを裏切っていること。
その全てが、スピリエが企む破滅への布石に感じる。
だが確証はないし、『ハヴィ』にそのまま伝えるのは危うい。
「ぼくは、自分勝手な数値で人を選別し、守られるべき存在を見失っている世界を何とかしたい。
スピリエがその中央にいるのなら、目の敵にするのは当然です」
具体例は言えなかった。
ただ、前世の幸福値が今もこの胸を灼き、私の気持ちを動かしているのは確かだった。
セシザは何も言わなかった。
しかしその口元は、少しだけ緩んだように見えた。
「そ、そのスピリエ様はどうなんだ。無関係な風を装って、デュナミス喰らいを裏で操っているんじゃないのか?」
メイが話す。
それに関して私は複雑だが、メイの目線ならば運営がスピリエの意思で動いていると見えてもおかしくない。
「んなわけねえ。なあ、セシザ?
あの方なら例え野心のためでも、そんな小汚い悪行には…」
アーズの声が止まった。
視線の先には、運営らしきたくさんの人達がいた。随分手前である先頭に、リーネが走ってきている。
私はひとまず手を振って、笑顔で来るリーネを招いた。
リーネは手を振り返してくる。
「よかったあ、アテラ。無事だったね」
「リーネ、早かったですね。
この人達を治せますか」
「うん」
リーネはゆっくりと頷いた。
しかし、セティは嫌そうな表情をする。
アーズを立たせて、少し離れたところでまた横にした。
「おい!」
「……こいつは、すぐ暴れるかもしれんから後で」
「アタシもそう思う。こっちはまだ治さない方がいい」
メイもアーズの拘束に手を貸した。
「えっと、治した後は、運営が事情聴取するって」
アーズがセシザの方を見た。
運営が向かってきている。紋で覗くことはできない。
「まだ俺はやれる!」
それを聞いたリーネが近寄る。表情は晴れ渡ったように明るい。
「この乱暴そうなアーズさんは、運営に引き渡しましょう」
「……まて、運営が出る必要はない。
アーズ、落ち着け」
セシザは僅かなデュナミスを使い、片脚で立ち上がった。
その顔は先ほどと異なり、眉間に皴が寄っている。
私は姉セティにアイコンタクトを入れる。
「我ら軍勢も、分が悪い」
「はい、犠牲者が増える前に白黒つけたいと思っています」
そう伝えた瞬間、セシザは頷いた。
私は背筋を伸ばし、足元の岩片に神経を集中させる。
しかし、セシザは無言のまま、服を払いながら遠くを見ていた。
……降参する気なの?しない気なの?
「そうだな。最後、一つだけいいか」
私は、ゆっくりと首を縦に振る。
メイがアーズを押さえる手に力を込めた。
「無色の暈は、どのように壊した?」
……話せない。
流れていく沈黙の中、セシザの様子に目を光らせる。
空気が張り詰めていた。
次の動作で雌雄が決するかもしれない。
そんな状況の中、不意に、リーネがセシザに抱きつく。
え…。
「なにやってんの?」
姉セティが問いかける。
(アテラ。紋だ、紋で見ろ)
一瞬だけリーネの姿を紋で見る。
セシザの身体に、リーネの腹部、へそあたりからでる小さな花びらが吸着していた。
セシザ…!
「離れて!!」
「……お前は」
「捕らえて!!一人も逃がさないように!」
リーネが被せて叫んだその時、周囲にいた運営が、私達をがんじがらめにした。
デュナトスである彼らは、一瞬でそれを遂行していた。
「教官への背信は禁止だ!お前達を寄生騒動の容疑で拘束する!」
アーズ、メイ、セティにおいても、例外なく拘束された。
「まって!デュナミス喰らいがそこに…うっ」
小柄な私に、二人の運営が取りついている。喋ると拘束は強くなった。
なんでリーネが…
本当にリーネ?信じられない。
長い眠りから再会した時には涙を流してくれた。
さっきだって、さりげなく喉元に触れて治してくれて、中齢黒風との戦いに間に合って…
「リーネ…」
私が呼ぶその名を聞いても、まるで自分じゃないみたいに上の空だった。
セシザに張り付いたまま、笑みを浮かべている。
「リーネ殿、情報提供に感謝する」
「あの子供は特に怪しいから徹底的に調べて」
「承知した」
うそ。
リーネが指差した先はセティだった。
「リーネ!!うぐ」
顎ごと抑えられる。
「アテラ、抵抗しちゃだめ」
メイは大人しく拘束されていた。
「アテラ、ダメな子」
セティはこちらを見下すようにすると、ペッと唾を吐く。
唾は私の首筋に当たった。
……セティ?
くそ、この数じゃ紋は役に立たない。
セティを調べられたら。セティ…
運営の中で誰かが、セシザの頭上に手をかざす。
セシザは一瞬顔を硬直させたが、
すぐに穏やかな顔になり、目を瞑った。
『セシザ・バルケアが、降伏しました。
セシザ・バルケアが、降伏しました』
続いてこちらに歩いてくる。
そうして同じように手をかざした。
その手からは、音声がくる。
「直ちに降伏せよ。
お前達には寄生騒動への加担容疑がかかっている。目撃証言があるんだ。
降伏して、全てを自白し、情報提供すれば罪は軽くなる」
降伏…やだ…
すぐに首を振った。
「う……あ」
声が、でない。
「教官への背信は禁止。直ちに降伏せよ。
さもなくば、お前とお前の親に、スコアフルネガティブを付与する」
親にまで…。
ノアテラ。メイラ。
セティを救ってくれた…
声を出すこともできない。
抗議も弁解も……許されない。
こらえようとしても、涙があふれた。
「降伏する気がなさそうだな」
流れ出したらボロボロと止まらない。
……犠牲を払うのは、決して親であってはならない。
『アッティラ・ラシュターナが、降伏しました。
アッティラ・ラシュターナが、降伏しました』
仕組まれていた。
全部、運営に。
「……しかし、スピリエ様は本当にすごいわ。いつもこんな逸材を用意してくれる」
連れて行かれる中、小さく聞こえたそれは、リーネの声だった。
……私は、見逃していた。
スピリエの言う最高栄誉の意味を。
何だっていい。スピリエが関わる悪事をもっと…
目を瞑り、紋で観察し続ける。
リーネの顔が、「ごちそうさま」といったように見えた。
すると、その腹にある花の中心から、何かがセシザを突き刺した。
セシザはそれを受けて倒れると、全てのデュナミス源が、リーネのもとへいく。
ああ。
そういうことか。
選別して奪うための『ハヴィ』だったんだな。
スピリエ…絶対にお前を……許さない。
『過半数の降伏を確認しました。これにてデュナメイオンの全てのプログラムを終了します。
過半数の……』
私は敗北した。




