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49.お姉ちゃん

「宗主アテラ、暫定一位だったな。

 誤った成績は、私がここで正す」


セシザの声は、空からの宣言だった。

降りてはこない。だが、ここで逃がしてくれるつもりは到底ないだろう。


案の定、セシザにしがみついていたアーズは落ちてくる。


バァンと、地面を叩くような着地音を立てた。


「…ふう。あの時見逃した異常値が、まさか最高栄誉の最有力候補だっただなんて。

 俺の見る目はどうなってやがんだ」


「どうも、ごきげんよう」


アーズへ、咄嗟の挨拶をした。

今すぐの接近戦は、分が悪い…


「もしかして、この人達が…?」


メイがそう尋ねて私が素早く頷くと、間髪入れずに距離をとる。

しかし、ムイは両手のひらを上にしてアーズの方へ向かっていた。


「まあ待ってくれ。俺達はまだ戦う準備が…」


ドゴッ!


「おままごとじゃねえぞ。すっこんでろ」


アーズの突然の蹴りを受けたムイは、十メートルほど離れたところまで飛ばされた。

その先にある二大軍勢は、騒がしく交戦を始めている。

声も届かない。今すぐにこちらも、戦うしかない…


「なんてやつ。口も、手つきも、顔も悪いじゃん」


「あ?

 まあいい。俺が用なのは、そこのガキだ」


ミュミテの悪口にアーズは動じず、一瞬睨みつける。

そして、すぐにセティの方へ向いた。


「…」


セティは、受けてたとうと言わんばかりに、無言でステップを踏む。


(ねえ、今のセティで勝てる?)


(そうだねえ。少しの援護と、あとはアテラのデュナミス制御次第だよ)


何の保証もない助言だけれど、心強い。

……今のセティなら、渡り合えると信じる。


「ミュミテ分身!」


瞬時に思考する。

ミュミテが暈を発動させて、セティが全力を出す。

メイとムイが支援。私がこの世界の源流のデュナミスで補助攻撃。

それで二人相手に勝つ。


心を鎮める。この胸は氷のようにただ冷ややかに。

自身を灰色のデュナミスで染め上げてやる。


地面に落ちている岩を、私を中心に公転させる。

そして、ミュミテが分身を作り出すや否や、即座に変化をかけた。


「ミュミテはセシザをマーク!」


「へえ、あたしの好み分かってんじゃん」


あの攻撃的青銀髪がミュミテの好みって……。いや考えるな無視無視。

動きのない味方へ、次の指示を。


「メイは増強で支援に」


「オッケー」


「…ぼくは、ムイを起こします」


身体の自由が利きだしている。

二回目の紋改変から四十分ほど経過したことにより、恐らく一回分の反動が消えつつあった。

私はメイから降りて、上空を確認しながら早足でムイに近寄る。


セシザは攻撃してこない。

あの飛翔物を捻じ曲げ、加速して返してくるデュナミスについては、見当をつけていた。

差し詰め、重力操作あたりだろう。熱線はそれを応用して屈折させられた。


つまり、こちらの先制こそがセシザにとって最も省エネの攻撃手段なのだ。

そして、いつもあいつは上空にいる…


私は、公転する岩を一つ、セシザに向けて飛ばす。


それはセシザを前にして曲がり、私の方へ帰ってくる。

返ってくる岩を私はデュナミスで押し、狙いを逸らせた。


そう。こうやって少しずつ…


「ムイ、起きて。今戦わなきゃ」


そうして、身体を揺らす。

アーズに蹴られた脚は既に腫れており、前にでられる状況じゃない。

それでも、やってほしいことがあった。


「引斥でセシザへの陽動攻撃頼めますか、一定間隔で打ち続けてください」


「ああ。いてて…」


ムイはゆっくりと起き上がる。

私は、それを最後まで見守らずに、ミュミテの方へ戻る。


「何投げてもだめ。あいつ降りてこないし……

 アテラ、こっちのあたしをあいつへ飛ばして?」


ミュミテの声に頷きながら、セティとアーズの様子を見ていた。


セティは、守勢を保ちながらアーズに対して離れすぎないようにしていた。

蹴りに攻撃を合わせ、あの刀のような鈍器は根元で受けて、回転振りだけは綺麗にかわした。


姉セティによると、アーズに勝つには『複数判断』がいる。

セティは小ぶりの攻撃だけを行い、反応を見ている。そのやり方を模索するかのように。


さらに心強いことに、セティに隙ができたと思うと、メイが前に出た。

……これでセシザに集中できる。



「ミュミテ、行きましょう」


ミュミテは、自らのデュナミスでゆっくりと浮く。

そして、懐から刃を取り出した。


私はそれを押すように、セシザに向けて加速させた。


今までとは違い、できる限りの速度を高める。

セシザに近づいたところで、ミュミテは捻じ曲げられた。


上空でセシザを通り過ぎたミュミテは、もう一人の分裂を作った。

その分裂体がセシザを襲う。


セシザは素手で刃を振り払った。

しかし、そのまま分裂体はセシザの服にしがみつく。


「すごいでしょ」


隣にいるミュミテが私にそう言った。

その声は聞こえないふりをして、私は公転させている岩をセシザに飛ばす。


セシザはしがみついたミュミテを足で蹴り払ったが、ちょうどそのタイミングでムイの石ころが届く。

セシザがそれを捻じ曲げたところで、上からミュミテの分身がまた彼を襲った。

忙しく振り向きそちらに対応しているとき、私の岩がセシザの顔面をかすめた。


一撃。


「当たりました!」


つい声に出した。

セシザは多方向から時間差で注意を引けば、攻撃が当たる。

だから上空に居座っているのかもしれない。



(あ。上の方が少し暗くなってる)


姉セティが教えてくれた、その瞬間だった。

上に浮くミュミテが、一筋の雷に打たれた。

セシザの上をとっていた彼女は落下し、その勢いを増しながら地面にたたきつけられる。


「あーあ」


ミュミテはわざとらしくそう言った。

本物に似せた分身。それは弾けるように血を四散させた。


(あ……しまった)


「おい、大丈夫か。まさかあっちが本物……」


「なわけ」


姉セティが、何か言った気がした。

私の方へ駆け寄ってくるムイに、あきれる素振りのミュミテ。

その背中には透明な暈が現われる。


「んじゃ、あたしの番ー」


ミュミテが眩い光に包まれる。


…よし。

心の中でそう呟かずにはいられない。

私は追加で岩を公転させる。


ミュミテは光の筋となって空へ駆けていく。


一直線。重力操作が追い付くより先に。

ミュミテはセシザを遠慮なく貫きにいった。


閃光。

一際大きく光が膨らんだ。それによって、何が起きたかを見逃した。

ただ、今分かるのは、セシザを落とすはずのミュミテが、勢いを失い落ちている。


そんな……どうして。


(気づくのが遅かった。

 きっとセシザも天族で、分身のミュミテを見ちゃったんだと思う)


え…

最悪だ。あのセシザが…。

落ちるミュミテを追う目を少しだけ、セシザのいた場所にそらす。

すると視界を動く筋が、視界の外に抜けるのを感じた。


『構造支配』


無意識だった。

何が起きたかもわからぬ中で、反射的に見渡す。


くる。

背中に暈を付けたセシザが…!


咄嗟に変化を唱えた。

小さくなった私は、セシザの一撃をすんでのところでかわす。


やらなきゃ、終わる。

振り返りこちらに向かうセシザの背に、私は破壊の紋を刻んだ。


バアァァァァン!!


消し去った暈の付け根に連鎖するように、暈全体は音を立てて崩れ去った。


「くっ…」


セシザはこちらへは向かわず、上方に戻っていく。

全身の痛みを感じながら、私は、自身を元の姿に戻し、追撃の岩を飛ばした。


セシザはそれをねじり上げる。


…恐らくデュナミスはまだ十分残っている。一旦下がってはくれたけれど。


紋を使ってしまった……

セティの方を向くと、お腹を抱えうずくまるメイと、

跪いて、砂だらけになったセティがいた。


「無色の暈を、破っただと…?」


そう言いながらこちらに寄ってくるアーズ。

何とか立ち上がり殴りかかるセティを、振り向くことなく太刀で受け、そのまま叩き落した。


「こっちは片付いたが、何が起きた……」


(んじゃ、私の番ー)


姉セティが、ミュミテと同じセリフで話しかけてくる。


(ふざけないで。

 ……でも、あなたに頼るしかない)


(あなたじゃなくて、お姉ちゃん。でしょ?)


(できれば、頼りたくなかった)


(……)


セティは十分やり合えていたのに、私が紋を使ったから…。

上空のセシザも、いつ仕掛けてくるか分からない。アーズも倒せていない。


今、戦況をひっくり返せるのは姉セティだけ。



(──お姉ちゃん、助けて)


(……うん)


頭につけていた紫の玉を外す。

そしてセティの方へ、低空でゆっくりと浮かせて送った。


「教えろ。セシザに何をした?どんなデュナミス希少種だ?」


アーズは太刀をこちらに向ける。

私は、視線をアーズに合わせたまま、紫の玉を慎重にセティの口へ運んだ。


「…何のことでしょう」


「とぼけるきだな。そういう考えなら、力ずくでも吐かせてやる」


間髪入れずに、太刀が横一線放たれた。

私はそれを山羊の手である左腕で受ける。


ベキッ!


その衝撃で右に転げたところを、何とか身体をおこした。

紋の反動が残っており、立つだけで精一杯だった。

……太刀にへし折られた左手が、勝手に震えだす。


「さあ吐け!!」


すぐに太刀は振り下ろされる。

それを受け止めるために、私は孔雀の右腕を上げた。


ボゴッ!


右腕は肩ごと強い衝撃を受ける。

膝から崩れ、前方へ倒れ込んだ。


まずい。

紋で次の攻撃を読まないと……。

即座に振り向き、筋繊維の形を読み取る。


「両手が痙攣してんな。大怪我は初めてか?」


アーズの突き刺すような太刀を、身体を転がせてかわした。

けれど、山羊と孔雀の折れた手がびくついて、邪魔してくる。


次に、頭すら遠慮なく突き刺そうとする攻撃を、変化のデュナミスで小さくなりかわした。


「うああああぁ」


遠くでムイの声が聞こえた。

セシザが動いたのか。だが今、振り向く危険は冒せない。


「あー、これで残るはお前だけ。

 暈を破った力は気になるが、お仲間が来る前に終わらせないとな」


「アーズ、ぼくのデュナミスの源流は…」


そこで言葉を止める。

お姉ちゃん早く……

アーズの後ろで、やっと立ち上がったセティが見える。

少し。もうほんの少しでも時間を。


「源流は?」


「……源流は」


聞き返すアーズに、オウム返しで時間を稼ぐ。


「ハッ、お前の武器が口八丁なのは有名だぞ」


だめか。

アーズは、身体を回転させた。

やばい、あの太刀は避けられないかも……


バキィィ!


私に届く寸前、背後の攻撃により太刀は根元から折れた。


「リーチが厄介な太刀。その瞬間を狙ってたよ」


おさげを解いたセティが、そこに立っていた。


セティも回転攻撃を始める。

脚や腕が不規則に伸び、アーズは後ろに下がる。


「太刀なしさん。覚悟はいい?」


凄まじい脚力でアーズの懐に飛び込む。

アーズもそれを分かっていたかのように、折れた太刀の突きで合わせるが、

セティは目線の横紙一重でそれをかわし、左手のブローを腹に叩き込んだ。


アーズの足を踏みつける同時動作、一瞬だが確かに見えた。


「ぐうっ…!」


怯んで顔が下がったところに、セティは右拳のフックを構える。

それを読んだかのように、アーズが頭で突進すると、

あらかじめおいておいたかのような膝蹴りがアーズの顔面に入った。


「くそおぉぉ!」


複数判断……それは常に複数の攻撃が置かれているということ…


すぐに体勢を立て直したアーズが、回転太刀と回し蹴りを交互に繰り出す。

セティは、太刀をしゃがんでかわし、蹴りを飛んで避ける。アーズは次の回転太刀をセティに向けたが、持ち手に肘を打ち込まれていた。

そしてセティは、身体をひねり前方回転すると、上方から熱線が落ちてきて、それを避けたアーズの頭にかかとを直撃させた。


「あがぁ」


アーズはその強打によって、地面に倒れ込んだ。


姉セティの戦闘能力が、否応なく突き付けられる。

複数判断に加えて、王の種族を常時発動しているくらいの速さ。


アーズは起き上がれないようだった。

それを確認したセティは、次に上を向いた。


「あとは、あの上の…」


ビジィィィッ!


姉セティの言葉は、強力な電撃によって途中で遮られる。


ズォン!

ズォン!

ズォン!


雷撃は、何度も正確にセティの頭上に命中した。


「あ…う…」


服の焼け焦げるにおいと、大きく体勢を崩すセティ。

紋で見る範囲では、内部は破壊されてはいない。

けれど、伝達回路が麻痺したのか、セティはそのまま膝をついた。


次をやられる前に、手を打たないと…


やけくそだった。

私は周囲の岩片を一斉にセシザに向けて飛ばす。


大量の岩片は層となって、セシザに向かったが、

セシザはそれをねじり上げるように逸らす操作をした。


私は、その重力操作に反するように、岩片のコントロールを引斥で試みる。

逸れないように真っすぐ、セシザへ押し付けられれば…


二つのデュナミスを受けた岩片の層は、捻じれるのをやめ、静止した。

……力の押し合い。

しかし、セシザの重力が上回り、岩片の層は、僅かにこちらへ押されてくる。


このまま押し切られたら。

その後稲妻に焼かれて、そして私自身が折れてしまったら。

デュナメイオンでの目標も、潰えてしまう。


怖い……

徐々にこちらへ落ちていく岩片の層。


何か。何か。

横を見ると、セティから垂れ流れるオイルがあった。


「……はぁはぁはぁ」


デュナミスの使い過ぎだ。

私と同じく、セシザの呼吸が荒れているのも紋で透ける。

岩片の層を押し合うあたりは、密度の高い空気層があり、宙に浮くセシザ付近も同じだった。

しかしその間は、高密度に挟まれているためか、極めて密度の薄い空気層があった。


セティの熱線が、あのオイルから来るものだったら…

オイルを見えないよう霧散させると、ほのかにツンとする匂いがした。

私はそれを、大回りで薄い空気層へ向かわせる。


そして、あの空気層が、オイルを一瞬で揮発させるほどの状態なら…


ズドォン!


雷撃が私の身体を走った。

視界は一瞬白くなり、動かない両腕のびくつきとともに岩片の一部のコントロールを失った。

……セシザは、とどめを刺しに来ている。


ズドォン!


全身から汗が噴き出て、鼓動が不規則に暴れる。

まだ、いける。向こうが雷撃に集中する分、残る岩片を押し返して、さらにそれを擦るようにする。


岩片は薄い空気層に入った。

そして擦るイメージに応えるようにキラキラと、火花が金粉みたいに舞った。

霧散させてきたオイルが同じところへ到達すると、急激に膨張を始める。

後少し。後少しだ。


ズドォォン!


全身を、一際眩い雷撃が貫いた。

痛みを殺し、意識を繋ぎ、金粉をオイルに重ねて、膨張したオイルごと全力で押し込め…


ドゴオオオオォォン!!!!


大きな爆音が轟き、一瞬、雷撃に等しい輝きが周囲を覆った。

そして、紋とともにうっすらと視界が映す。

セシザのいた場所を爆心として、火炎が勢いよく散り、巨大な煙が広がっていた。

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