48.委任
(無族の王・天族は『無色の暈』。発動条件は同族の死だよ)
姉セティから説明が聞こえてくる。
同族の死…?
そうか。スコアすら偽装する変化のデュナミスが、死を錯覚させた。
だからシュゼは精巧にしろと言ったのか。
「鬱陶しい…!」
女はシュゼに叩かれながら、背丈二メートル半程にまで大きくなる。
そして胸のあった部位は、大きな花の構造に変わっていった。
巨大化が止まると、紫紅色の髪は長さを増して蠢く。
「捕まったら喰われる!もっと下がって!」
「ああ?うるせぇなぁ…」
「これ背負ってるうちは無敵なのに」
(無敵は言い過ぎ。せいぜいデュナミス二倍ってくらい)
姉セティに言われずとも、下がるべきだと思った。
私の必死の声は、なんとか二人に届いたようだった。
繰り出される蔓のような髪は、前以上に速く手数も多い。
あの髪は、誰かが手助けしなくとも、獲物を捕食範囲に持ってこれる。
……こいつはナズナとは違う。
「急いで後方と合流しましょう。あれを潰すのはその後です」
私はそう伝えた。
私を担いだセティも下がる。
シュゼ、ミュミテも、紫紅色の髪の届く範囲を見極めながら距離を保っていた。
紋での凝視を続ける。
行き場を失った髪は、荷車を壊しだした。
そうして…周囲の倒れていた者達を捕らえていく。
牛の半獣、コウモリの半獣、シュゼが倒した護衛までも、絡め取っていった。
え…。
髪の動きを目で追い、背筋が凍る。
その先は、女の中央の花弁。
そこに、人を押し付けるようにしている。
その行為は節操などなく、理性があるとは思えなかった。
「髪を振り回す音はわかる。が、暗くて遠くが見えねぇぞ。あっちはどうなってんだ?」
「我々が倒した者達を髪で捕らえ、取り込んでいるように見えます」
「うげ、味方じゃねえのかよ…」
花弁の表面には、うぶ毛の生えた微細な粒子がびっしりと並んでいた。
牛男が花弁に押し当てられると、うぶ毛の粒子はゆっくりと牛男に侵入し、胸元辺りで止まる。
胸元、そこはデュナミスの流れの始点となる箇所。そこでうぶ毛が何か差し込む動作をすると、流れは変わり、花弁の方へ盗まれていく。
……肉体の構造は維持されたまま。デュナミスを生み出す箇所だけが奪われている。
異常なデュナミス値だった牛とコウモリの流れは、あの女の中へ飲み込まれた。
そうして全員が花弁に吸着され、地面に吐き出された。
全員、一定量のデュナミスは残されたままだ。
しかも護衛の持つデュナミスは、花弁に触れても殆ど奪われていなかった。
……わからない。
憶測でしかないが、デュナミス値-100あたりを境に奪ったような跡だった。
それはまるで、行き過ぎた数字は必要ないと語るよう。幸福値のように。
うう…。
焼ける痛み…私の胸が、あいつを仇敵の類だと疼きだす。
『紋をくい込ませろ。そして、あれを無へ葬れ』
痛い…熱いよ…。
シュゼとミュミテが何か相談している。
下手に動かれると取り返しのつかない犠牲が増える。
早く、何か。あの花びら部分を。
あれだけでも…
両手を前に伸ばし、対象へ破壊の紋を刻む。
「ぐううぅぅうあああ!」
紫紅色の女の奇声が響いた。
セティがびくっと驚き、同時に私にも激痛が走った。
巨大な花弁は、その殆どを消失させた。
「貴様あぁ!!」
「アテラ!くるぞ!」
髪の長さは足りないはずだ。それでもセティはさらに後ろへ下がっていく。
蔓のような髪がこちらに伸びてくる。
それは、自己断裂し、結び合い、長さを継ぎ足しながら宙を走る。
あ。
届く…のか?
異変に気づいたセティが、熱線を放った。
しかし熱線は、暗闇の減衰を受けて焼ききれない。
一瞬だった。
セティの振り払いをかわし、蔓が、私の首に絡んだ。
「アテラ!」
「セティ…」
セティにしがみつこうにも、力が入らず、私は絡んだ髪によって引き剥がされた。
首が。
くる…しい…
構造支は…
意識が遠のく前に、光の筋が蔓の髪を巻くように走った。
すると継ぎ接ぎだらけだった髪は、バラバラに崩れる。
「ごほっ、おほっ」
捕縛は解けた。けれど、そのまま落ちる…
光の筋は二つに分かれる。
一つはそのまま紫紅色の本体にまで切込み、もう一つは私に向かってくる。
向かってきた光が、包んでくる。
その両手に、私は抱えられた。
「これは貸しにしとくね」
声はミュミテのものだった。
本体にまで切込んだ光の筋は、シュゼ…
「ぐ…お前ら何なんだ!」
紫紅色の女が喋り、暗闇が薄れてくる。
シュゼが深入りしている。何とか注意だけでもこちらに向けないと。
大きく息を吸う。
しかし、先程受けた首への圧迫が、ヒューと吸気を妨げた。
「…よくも人の!…才能を……喰ったな!」
絞り出す声に、女はこちらへ目を向ける。
それは二メートル半の巨体。胴体には大穴が空いていたが、全く怯む気配はない。
シュゼが目を盗んで、こちらに戻ってくる。
「……分かってない子ねえ。天が間違えて与えたものを、天が再分配するだけよ」
え、再分配?
そんな答えは、想定できなかった。
……だが、ここで動揺しちゃいけない。
こいつは今まさに、その力で私達をねじ伏せようとしているじゃないか。
「天がなぜ、それを私物化して、こそこそと陰で…」
「あーうがった見方。もっと崇敬しなさいね」
崇敬、ふざけたことを。
……ナズナの件が引っ掛かった。天は女帝なのか。その先がいるんじゃないのか。
「誰を敬えって?
知らないから、教えてください」
「……もう、もう面倒だなあ!
みんな不平等に与えられた才能を、自分のものだと思ってる。その根拠が薄っぺらいだろ!」
女がそう声を上げると、大地が揺れた。
(地面が動いてる。めちゃくちゃだよこいつ)
「わたしは女帝!!才能を裁く、それで新たな秩序を作る役割なの!」
──思想は、もっと大胆な行動で示せ。
役割…か。こいつはスピリエの言った通りにしているようにも見える。
後方の地面が持ち上がり、チターナ達が見えなくなる。
セティや私達の立っているところが、傾いた。
「早く逃げないと落とされる。接近戦になれば力で潰されるぞ」
セティがそう手招きをして下がっていく。
ミュミテは私を抱いたまま、シュゼと並び後方に駆け上がった。
動く大地が急斜面になっても物ともせず、二人は飛行しているようだった。
「よくやったガキ。これだけ持ち上がった地面なら、一撃かませる」
そう言うと、シュゼは足を止めた。
ミュミテはセティとともに、動く大地の範囲外へ下がる。
「シュゼ!」
その声は聞こえたのか、聞こえていないのか。
シュゼはしゃがみ、大地に手をついた。
すると、急斜面だった大地はさらに角度を増し、
まるで波を立てるように女帝の方へ倒れて行った。
「再分配するべきだとしても、一介の参加者がやることじゃねえぞ」
それは大きな瓦礫となって女帝に覆いかぶさる。
巻き込まれた女帝は、大地を揺らすのをやめた。
「下がるぞ」
約束の時間だ。
倒せたのか。どうなったか分からない。
それよりも、あんな大きな岩に潰されたら、女帝はともかく…
「あの瓦礫には女帝の側にいた者達も下敷きにされて…」
「運営に通報すればいいじゃん」
ミュミテは淡々と答えてくる。
一理ある。けれど、女帝と運営は繋がっているはずだ。
とはいえ、戻って確認する行為は仲間を危険に晒す。どうするのがベストか…。
あれこれ考えている間に、後方にいた者達の側まで来た。
顔をおこすと、メイと視線が合った。
「約束通り二分でさがったね」
「頑張ったね」
続いてチターナは、頭を撫でてくる。
その間にもリーネが一人一人の様子を見渡していた。
「みんな大きな怪我は……なさそうだね」
目線が少し、私のところで止まったが、首を振ったら見逃してくれた。
そうそう。今は時間がないんだ。
「えと、あの瓦礫の下……怪我した者がいます。急いで救助を」
すかさずにそう伝えた。
……瓦礫の下でまだ女帝が動いているのも見えた。
けれど、怪我人はリーネが少し見るだけでも、生存率があがる。
女帝が攻撃してきたら、紋で潰すしかない。
「いや、でも一瞬見えたよ。デュナミス喰らいの姿が。
そんなことできる状況じゃないでしょ」
「仲間を喰っていました。それならば、裏切り行為でしょう。運営に伝えるべきです」
メイ、ヌーの指摘に、全員が私の方を向いた。
セティまで頷いている。
(アテラ、あきらめなさい。その身体と喉じゃ説得力ないよ)
ダメ押しの姉セティまで。
次は紋で止められるのに。……違う。その確証はないんだ。
「…わかりました。でも、急がないと」
「私達でそこの棟まで行ってくるよ。先にセシザの方へ向かってて」
「ほーい」
チターナの提案に、シュゼが勝手に了承する。
合わせるように私を抱くミュミテが歩き出した。
「まって、みんなですぐ教官に確認すれば…」
「今、棟の中には教官しかいないので安全ですよ。
それに、後処理がすぐに終わるかもわかりません。
一方でセシザが動き出してセンシアさんが負けたら全て終わりです。
一旦別れるしかないでしょう」
「そうそう」
ヌーとチターナが頷きあう。
「リーネも。回復要員としてこっちに」
リーネは頷くと、チターナの方を向き歩く。
その時、少しだけそれて私の前に寄ってきた。
「大丈夫」
そういって喉に触れた。
苦しかった息がすうっと通る。
さらに、引き締まった顔つきで微笑んでくるリーネを見て、私の不安は遠のいた。
チターナ、ヌー、リーネを置いて、私達はセシザの方へ向かっていった。
ミュミテに抱かれていた私は、重いと言われて道中でメイに手渡されていた。
「アテラ。これこそ皆との選択だからね」
メイは走りながら、ちらっと目線を合わせてくる。
私は、頷いて返した。
合意をもとに行動する。後はみんなに任せて、この先を考えるだけ。
「てか、女帝って何か偉そう。なんであんなに威張ってるんかなあ?」
ミュミテが首を傾げた。
「馬鹿は知らない方がいいんだよ」
「は?うざ」
シュゼに馬鹿にされたミュミテをみて、ムイが笑っている。
メイの顔を見ると、彼女は神妙な面持ちで小さく息を吸った。
「…アタシはシュゼに賛成だな。この件は深入りしない方がいい」
前もメイはそんなことを言っていた。
世の中は、突然理解できないことが起きる。その時は、ルールに従えと。
(気づかない幸せ、自分の見たい世界ってやつね)
唐突に、姉セティは言った。
え、あ…
(気づかない幸せって…それ、言えるの?)
(ん?なにが?)
セティに会った時、セティから会話の記憶がごっそり消えた。
もしかして姉セティは。
(気づかない幸せの先の言葉、消去されていないの?)
(ん…よくわからないけれど、みんな自分の見たい世界しか見れないようにプログラムされているんだよ。そういう生物の原理があるって…とある仮説ね)
姉セティは、それを知っている。
つまり、デューナメースの、中央の情報管理から逃れているのかもしれない。
「アテラ、どうした?難しい顔して」
ムイがこちらに声をかけてくる。
(ありがとう。また今度たくさん教えて)
(うん、でも中央のことは、期待するほど詳しくないよ)
「アテラには大きな貸しを作ったからね。恩返しを難しく考えちゃったんでしょ」
ミュミテが見当違いのことを言い出す。
でも……シュゼとミュミテがいなかったら、上手く逃げられたかどうか。
「その節は、本当に助かりました。ありがとうございました」
「いや、俺らじゃねえ」
シュゼは不意に否定を入れてくる。
「何者かが既に、勝敗を決めるほどの打撃を与えてやがった」
「ああ、あれ何だろね?」
……花弁を破壊したことだ。
セティは無表情のまま、前を向いていた。
セシザの方へは、行き以上に大きく迂回して戻る。
しかし、本当に二人は強い。王の種族のおかげで勝てる見込みが強まったと思う。
向こうには、さらにもう一人の王の種族、レーテもいる。
おおよそ到着したところで、大軍勢がにらみ合っているのが見えた。
恐らくセンシアと、セシザの勢力だろう。
「あ、ハクレイだ」
「げっ、ハクレイだ」
シュゼとムイの言う通り、ハクレイの軍旗も見えた。
すると、シュゼは向こうへ走り去っていく。
「あまり急ぐと標的にされますよー!」
私の声は、届いていないようだった。
念のためもう少し大回りをするように伝え、センシアのもとへ向かう。
セシザへの対抗手段は、いくつか考えていた。
しかし、あれだけの数がぶつかり合って、誰も死なないようにするのは簡単じゃない…
あの戦況から打てる安全な手を考えていた。
その時なにか、上空から音がした気がした。
抱かれた状態でそのまま上を見る。
あ…
「いたぞ」
それは山吹色の短髪…そして青みがかった銀髪の男。
紛れもない。アーズ、そしてセシザだった。




