47.天翼
この世界においてのデュナミスは、武力そのもの。まさに力比べの上下であった。
図体が大きかろうが、筋肉質だろうが、武器を持とうが、人々は数字の前にひれ伏す。
少なくとも、そう信じられているうちは。
「信じられねー。そんな奴見たこともねえし」
目つきの悪い白髪シュゼは、全く動じる気配はない。
「…びびってて、ダサっ」
桃髪のミュミテなんてきたら、ヌーを馬鹿にする始末だった。
だがメイも、チターナも、ムイもリーネも、数字に動揺していた。
信じるから視野が狭まる。ゆえに二人の常識外れな反応は、決して悪くはない。
「場所は棟内でしょうか。敵の全貌は見えますか」
この辺りの地形はセンシアから聞いた通りで、これまでの道程は高低差があったり岩山が連なったりしていた。
私達はそれを利用するために、高所で進軍を止めて、相手からの死角に位置した。
この先、終齢の青月棟周りは低く開けており、見つからず接近するのは難しそうだ。
「棟内です。二階の位置に高い数字が並びます。
まだ話し合っているのかも」
敵の全貌が見えていれば、動きは決められる。
まだ棟からでていない。別の棟の合流も考えられる。
今はまだ、仕掛けるべきじゃない。
「作戦で話した通り、ここで準備しましょう。」
あらかじめセンシア達が用意してくれたもの。
私達は台車いっぱいに木片を載せ、デュナミスによってそれらを輸送していた。
また私は、敵を逃さない武器として、木片から作った細長く鋭い針の束を背負っていた。
「めんどくせー、さっさと行こうぜ」
そういうシュゼをリーネになだめてもらいながら、周囲を確認する。
ただやみくもに木片を飛ばすのは、デュナミスの浪費だ。奇襲後に逃げづらくなる。
私は青月棟のほうへ切り立つちょうどいい崖を指さした。
あの崖からの重りの落下エネルギーで、台車をどれだけ引き上げられるか…
「奇襲で敵に混乱をもたらす仕掛けを作ります。
あの高台を頂点に、棟から遠ざかる方へ、斜面を滑らかにしていってください。
セティ、向きの調節をお願い」
元々斜面がちだった箇所を利用したため、底面を滑らかにするのは容易だった。
滑り台、いやジャンプ台はすぐに出来上がる。
「次に…」
私は説明を続けた。
台車を斜面の下に置き、長いロープの端を台車につなぐ。
そこから斜面を伝ってジャンプ台の頂点まで行くと、付近の縁にあった、比較的平らで大き目の岩を括り付けた。
「この岩を崖の下に落とせますか。ゆっくりと」
ムイにそう伝えて、台車の前に立つ。
ムイがデュナミスで岩をしたに落とすと、ロープが引っ張られる。
台車が緩やかに上がろうとするのが分かった。
「落とした岩に、さらに岩を重ねてください」
これで重量は倍くらいになる。
私は木片を手に取り、台車の車輪に輪留めをつけた。
「ヌー、相手の様子はどうでしょうか」
ヌーは、最も棟寄りの死角で相手の動きを監視していた。
「…だいぶ人が出てきています。
ただ、例の三人はまだ……あっ」
ヌーは一瞬死角を抜けて前に出て、また身体をひっこめた。
「大勢います。棟の向こう側に、恐らく他棟からの援軍です。150人程は来ました」
やはりそうか。400名ならば、1棟の人数じゃない。
「援軍に、異常なデュナミスはいましたか」
「いいえ、-140程までです」
女帝とデュナミス喰らいを潰す。
その可能性が高い棟内の三人だけが標的だ。
「もう待ちくたびれた。横になってていい?」
さっきから座っているだけのミュミテが限界のようだ。
後ろから、チターナの舌打ちが聞こえた。
「中齢に向けて進軍するならば、あそこの道を通る。
敵主力に合わせて、この台車を射出する。斜面の頂点に到達するまでに、デュナミスで加速させる予定です」
そう伝えて、セティに手招きをした。
セティは、すぐにこちらに来る。
「なんだ」
「弾道計算できますか。丁度道あたりに落ちるような引斥のメンバーにしたくて」
(急に無茶ぶりするねー。ま、セティなら余裕だけれど)
セティは頷いた。
「アテラ、ムイ、メイ、…とワシで丁度だ」
「聞きましたか?こちらに立ってください。
チターナはここで台車を支えて。ヌーの合図で、輪留めを外してください」
「へー、それで本当にうまくいくのかなぁ」
チターナが私の抑えていた台車の先端に触れた。
「あ、すごい。岩が、台車をこんなに引き上げるなんて」
「では、このトレビュシェットが射出したら、ミュミテとシュゼはあそこに奇襲突撃です。
ミュミテは分身して最速で突っ込んでくださいね」
「トレ…なんて?」
ミュミテは首を傾げる。
「台車が飛んでったら、とにかく突っ込みゃいいんだよ。
細けぇことはどうでもいい」
シュゼは、何が起きるかを理解しているようだ。
「目標の特定は、開始後ヌーが目視します。みなさんには、リーネから干渉が来ます」
デュナミス喰らいの異常値だけでも、無力化してやる。
少なくとも、デュナメイオンの間はもう何もさせない。
「作戦時間は二分です。
過ぎたら、メイが増強を入れて。チターナ、リーネは即座にシュゼ、ミュミテの回収を。
ムイは追手を抑止して、ヌーは敵を報告」
作戦概要の復唱を終えると、メイが手を上げる。
「アテラとセティも、必ず二分までの約束だからね」
「当然だ」
そうセティが答えるのに合わせて私も頷く。
メイを心配性にさせてしまったのは、私が原因でもある。
「動き出しました。援軍が前、青月棟軍は後ろです」
相手に見られないよう死角に隠れたままにする。
デュナミスが優秀な観測属のヌーよりもさらに上がいたら、奇襲は成り立たなくなるかもしれない。
心臓が鳴っている。
ヌーは手の合図で待てを示す。
遠くで物音が聞こえだした。
かなりの数が、中齢に向かって進んでいるのだろう。
…数分経っただろうか。ヌーの手は、握られ、そして親指を立てた。
「チターナ、十秒たったらやってください」
私がそう言うと、チターナは頷く。
ミュミテは分身を始める。
十秒の間、私は台車の内部へ、強く摘むようにしてデュナミスで細工を入れた。
そして、チターナは手を離す。さらに少しずつ動き出す台車の輪留めを、足でのけた。
「さあ、射出まで押してください」
予定通りデュナミスで押して、加速を始める。
台車の上から煙がでていた。
「煙は気にせず押してください」
ガタガタ…
台車は凄まじい速さに達した。
ガタガタッ、ガッガッ、ガッ!
斜面の頂上に行く頃には、十分な勢いになる。
それは積んだ大量の木片をばら撒きながら、高い射角で300mほど先の小道へ向けて跳ねる。
私は岩をデュナミスで飛ばし、ロープを切った。
高さも勢いも十分。
だが、木片だけじゃ動じるかわからなかった。
ならば、いかに視覚的な衝撃を与えるか、それに尽きる。
…名付けて、火炎トレビュシェット!
「ミュミテ!いくぞ!!」
シュゼとミュミテは、ちゃんとスタートを切った。
私とセティもそれに続く。
走りながら遥か上空を見ると、煙とともに飛び立った木片のいくつかは、火の玉となっていた。
前方の中齢に続く道に、敵の行列がいた。
-876、-562、-742。
力の象徴…。ざっと見ても、そう思わせる外観が見つかった。
(異常デュナミスは、豪勢な荷車に、それぞれ一体ずつ乗っています)
リーネの声。恐らくその場所は、縦に伸びた行軍の最後尾だった。
煌びやかな、デュナミスで動く荷車が三台、縦列で進んでいた。
(目立つなぁ。箱の様に覆って窓もない。あれでこちらへの視認が遅れたら、間抜けだよね)
(うん、でも油断はできない)
姉セティと言葉を交わす。
集団から離れて見張りをしていたと思われる一人が、私達の足音に気づいた。
相手がこちらを向いた時、すでにシュゼが接近しており一撃を入れる。
「ざこが」
肩を勢いよく殴打すると、その者は左方に吹き飛んでいった。
「今の音は!」「なんだ、なにがあった!」
「まて!空から赤いものが!!」
炎が、降り注いだ。
行列はこちらを向くよりも、上向きに目が行く。
これなら、物量でデュナミスを浴びせられることもない。
「ミュミテ遅えぞ、早くこい!」
シュゼが、荷車に到達した。
先頭を進む豪華なそれに、回転蹴りを入れる。
すると荷車は横転し、中にいた者が放り出される。
牛のような角を持つ、筋肉質の半獣の男…。
「セティ、撃って!」
決める。何が起きたかも気づいていないうちに。
セティは全力で熱線を放った。
牛の半獣は、放り出された空中で身体の一部を焼かれる。
「ぐあああぁ」
私は背中から木製の鋭い針を取り出し、デュナミスで手足を串刺しにする。
(いいね。あそこに破片を突っ込んで、いっちょ上がり)
さらに動けなくなった相手に、セティがコードの一部から作った破片をねじ込む。
「ぎいいっ」
激痛だろう……熱線はなんとか内臓をさけている。
殺しはしない。万が一の時は後方にリーネも控えている。
残り一分半。
「次!」
隣の荷車に目を向けると、セティが熱線を加えていた。
車輪を破壊された荷車は横転し、ほぼ同時に木の棒を持ったミュミテの群れが突っ込む。
ミュミテは分身。相手はデュナミスを食えない。
このままでも、行けるかもしれない。
ならば最後部の荷車を先に。
「セティ、肉弾戦を!」
既に高速で荷車との距離を詰めていたセティは、両腕を振り回し荷車の壁を壊し、中へ入っていく。
騒ぎの声は大きくなる。
さぁデュナミスを。集中しろ…
私は身体を浮かせ、高い射角から落とせるようタイミングを計る。
この、針をあいつに。
最後部の荷車の壁が崩れた瞬間だった。
セティと羽を生やした女があらわになる。
デュナミスで針を加速させて落とす。
…パァン
一体目から十数秒。流石に警戒されたのか、小さく封域のバリアが張られた。
放った針は、相手に当たる直前に弾かれる。
女はコウモリのような羽を広げて、封域を伸ばした。
それにより、セティもバリア外に、大きく弾きだされた。
何だあのサイズの封域は。
…やむを得ない。
『構造支配』。
私は、残る全ての針を放つ。
封域の薄い壁は、隔絶した空間に見えた。
内側から物凄い量のデュナミスを送り込み濃縮、デュナミスそのものが高硬度の壁になっているみたいだ。
それを針の落下に合わせて紋で破壊すると、コウモリ女を串刺しにした。
脚部を集中的に、針山のように刺さる。
「ああああ!」
ボゴッ!
悲鳴と同時に、セティの一撃が腹部に入り、そのまま両肩を地面に打ち付けた。
セティはそこからさらに、脇腹に破片をねじ込む。
「ぐうううっ!」
包含における異物。
暫く戦闘復帰できないようにしなければならない。
…ただそれは容赦ない光景だった。
荷車の者はあと一人。異様に長い紫紅色の髪をした、真っ白な服を纏う女が、ミュミテの群れを次々と倒している。
周囲を見渡すと、シュゼが数人の護衛を倒したところで、他の誰もが荷車の周りから遠ざかっていた。
残り一分で、あいつをやる。
紋の反動で脱力して、まともに歩けない。
紋を使ったことで、セティの戦力も低下した。
「アテラ。ここからはもう奇襲ではない。
あの二人が勝てなかったら、紋で怯ませて逃げるぞ」
そう言ってセティは私を担ぐ。
何十人もいたミュミテは残り四人になっていた。
セティが熱線を放ったが、紫紅色の髪の女もまた、封域でそれを防いだ。
「もう、なんなのよ!わたしばっかり酷くない?!」
紫紅色の女はそういうと、髪を鞭のように扱い、ミュミテを一人消した。
「うるさい。デュナミス食らいのデブ…太い女が」
ミュミテ、それは言い直しても暴言だよ。
「え、わたしそんなに太ってない…。
そんな…」
(太いってほどでもないよね)
「アテラ、あの喋ったミュミテを本物に変化させろ。精巧に」
いつのまにかシュゼは隣にいた。
本物に。
喋ったミュミテは、本物の方じゃないんだ。
確かに、表情の動きがぎこちない気もする。
けれど、ミュミテをミュミテに…何の意味が。
「おい。急げ」
私はデュナミスを振り絞り、変化をかける。
ここまできた時間で見た、リアルな性悪ミュミテをイメージして。
「…」
紫紅色の女は、無言のまま攻撃を激しくする。
髪の鞭に加えて、周囲の破片を浮遊させた。
私が変化させたミュミテは、いとも簡単に鞭で壊された。
血飛沫があがり、その姿すらもリアル。
…本物じゃ、ないよね?
気づくと、空が薄暗くなっている。
「ナズナの時と同じか」
セティの言う通り、あれはデュナミスを喰らう前準備の暗黒だと思った。
私はセティの方を向き、退路の方に指を差した。
セティは頷く。
そして私は、紫紅色の女を紋で見る。
形状は普通、いや、骨が少なすぎる。
軟体の種族か。
それよりも、デュナミスの粒子が内部で複合的に渦巻いている。
「あなたが女帝ですか。みなさんに、デュナミスを返すことはできませんか」
全て灰色ではあるものの、あれは融合体だ。
粒子の動きの均一性のなさ。総量の多さでわかる。
「ふふっ」
紫紅色の女は不敵に笑い、さらに周囲は暗くなる。
ナズナの時より遅い。が、範囲が広すぎる。
「ここにいる全員終わり。わたしのもの」
その瞬間、周囲は完全な暗黒になった。
暗黒の中で、女は巨大化する。
…やはりデュナミス喰らい。
「あなたがリン…」
「いだっ!!」
紋が示すのは、何者かに多方向から殴られる紫紅色女だった。
一瞬、透明な翼を生やしたミュミテが垣間見える。
「発動した。終わるのはお前だババア」
シュゼにも、その翼が生えている。
王の…種族…




