43.繭
速く答えないと。間が空くのは怪しまれる。
「セティは訳あって義手なんです。あの、繊細な話題になりますよ」
「それなら、この義足もだな」
セティは衣服をまくって自分の脚を見せた。
なんの変哲もない華奢な脚が、無意味にさらけ出される。
セティ。余計なことして話を広げないでよ。
「その義足もすごいね。全然気づかないくらい自然」
「へえ、伸びたのは仕込みだったのか。打撃もかなり痛かったし」
伸縮できる自然な義足と聞き、みんなの注目が集まる。
ぼろが出る。さっさと話題を変えないと。
「ん……待てよ。それならばポリティカル・スコアの身体機能がゼロじゃないはず」
そう言って、教官はセティをじっと眺めた。
まずい。
身体欠損は、ポリティカル・スコアの値に出てしまうんだった。
今は変化デュナミスで覆ってしまったから、スコアすら偽装されて健常者のゼロ。どう言い訳すれば。
(生体移植。そう言って)
「生体移植です」
咄嗟に、姉セティの言われるがままに伝えた。
身体欠損として判定されない、ということか。
「ほおお、大層贅沢なことで…。
でも、メイラさんは借金持ちで有名だよね。変だなあ」
帽章付きの教官はそう言って目を細める。
ヒソヒソと周囲の声が続く。
…どういうこと。
(デュナトスだけに紹介される含有属持ちの医師がいて、
どこかから調達した人体を移植するの。物凄い高額でね)
なんだそれ。闇医者に頼ったことにするというのか。
(そんな悪い嘘を重ねたら、しっぺ返しがくるじゃない。どうしてくれるの)
(じゃあこう言って。
『メイラ先生なら、お得意様の金貸しはたくさんいる。娘を救うために借りた金なら、優先して返そうとする。きっと、みんな貸したがるでしょうね』)
(まだ嘘じゃん。いやだよそんなの)
辻褄は合わせられる。
けれど、わからない嘘なら何でもいいってわけじゃない。
「ごめんなさい。本当はぼくが…」
そう言おうとした口を、ヌーの手が静止する。
「これ以上、個人の事情に口を挟むのはやめませんか」
そんな風に隠してもらえても、私には罪悪感しかないよ。
ヌーの手を退けようとしたが、強く抑える手は動かなかった。
「それを話すかどうかは個人の自由。表現の範囲です。
誠実さとか、罪悪感とか、そんな圧力で話させても虚しいだけ」
ヌーの銀髪の中性的な顔立ちは、どこか遠くを見ていた。
「ヌーの言う通り。今、詰められて話すことじゃないぜ」
ムイが同調する。
その目もどこか泳いでいるかのようだった。
「教官。これは命令ですか」
チターナの目は鋭く、教官を串刺しにした。
「い、いや。不正がないかを…」
不意に帽章なしがトンと肩を叩いた。
「やりすぎよ。投資戦、統合戦の成績をみて。彼らは私達を追い抜く。その時のことを考えて」
帽章付きは、少し黙ってこほんと咳払いをした。
「ただ気になっただけだ…ルールは遵守している。」
そう言って服を整えた。
そして、帽章なしは、そのベレー帽からこぼれる青い髪を束ねて、こちらを振り向いた。
「みなさん失礼いたしました。
これより赤誠棟の使用を許可しますので、自由にお使いください」
そのまま、お辞儀までする。
帽章付きの教官も、合わせて頭を下げた。
教官への反抗は、背信とみなして退場。
その権限を使い詮索したっていいのに、別の利害を見て判断している。
デュナトスの組織というのは、思った以上に力が規則をねじ曲げるのかもしれない。
「アテラがリーダーなら、赤誠は安泰かもな」
「ついていくぜ」
みんな、前以上に私を持ち上げてくる。
それだけセシザを退けた戦功が効いているのだろう。
部屋に戻った。
明日の正午には次のプログラムになる。
宗主についてどうするか、チターナがセンシアを呼びに行った。
昨日は借り部屋だったため、シャワーを浴びても同じ服のままだった。
ここの服に着替えよう。サイズは…
私は男部屋に入り、服を脱いだ。
「そういえばさ、アテラの服もここに入れておいたから」
ムイがクローゼットを指さす。
「ありがとうございます」
開けると、デュナメイオンに来た時の私服や、
初齢棟にあった子供サイズの服が丁寧にかけられていた。
私は背伸びしてそれを外した。
その時、ひらりと動く私服をみて思い出した。
手紙。まだ読んでいない。
ポケットをまさぐる。
入れておいたはずの三枚の手紙が、ない。
「あ、何か入ってた?」
「はい、ぼくの家族からの手紙が」
「それは大事なもんだな。実はそれ持ってきたのルレウなんだよ。
自分のことで手いっぱいだったから、手伝ってくれたんだが」
ルレウが手紙を取る理由がわからない。
持ってくる途中に落とした…だとするとやばい。
「ちょっと落ちていないか探してきます」
急いで部屋を出ようとした。
が、ムイに腕を掴まれた。
「いやいや、もってきたの十日くらい前よ?
落としたら誰かが拾ってくれてるって」
私にとっては重要な手紙。
きっと、見られたらまずいことが書いてある。
けれど、デュナメイオン参加者にとっては不要なもの…
「じゃあ、ルレウのところに行ってきます」
ムイの手を振りほどいて、急いで出ていく。
ルレウが持っていたとして。…ルレウだったら、きっと悪用はしない。
けれど、ここに返しに来ないのは気になる。
全速力で走った。
中齢の赤誠棟から、初齢の黄昏棟は棟二つ分くらいの距離だった。
十分足らずで、門の前に到着する。
「赤誠のアテラが返ってきました。ルレウはいますか」
門を叩き、そう伝えた。
出て来た鳥族らしき者は、無言のまま頷くと、門の中に戻っていった。
そしてしばらくした後、再び門を開けて棟内へ入るよう案内された。
「ここだよ」
手のひらで示した先はチーム部屋らしきところの扉。
入ってしまってよいのだろうか。
キィ…
鳥族によってドアが開かれる。
促されるままに私は中に入った。
「おじゃまします」
部屋の中の構造は似ている。
共通部屋があり、奥に寝室と思しき部屋の扉が見えた。
よく見ると、寝室の扉が少し空いて、そこから誰かが覗いてきている。
「ルレウ?」
そう声をかけると、覗いてきている者は手招きをして消えた。
ルレウに似ていた。けれど、一言もしゃべってこないのは不穏だ。
とりあえず、入って来いということだろうか。
共通部屋を通り、少し空いた寝室のドアに手をかけようとした時。
バタン。
チーム部屋の扉が閉まった。
「入っていいですか?」
「いいよ」
よかった。
ルレウの声だ。
小さいながらも、返ってきた。
寝室に入ると、中は薄暗かった。
そこには大きな虫かごがいくつも並んでいて、奥の角の方でルレウがしゃがんでいた。
「ルレウの部屋…ですよね。どんな生き物を飼ってるんですか?」
どこか不安で、何か話さずにはいられなかった。
けれど返事は来ない。
「ねえ、ルレウ?」
「…アテラ、怖いと思った?」
違った質問で返された。
答えたくないことを聞いてしまったのかもしれない。
「えっと、ちょっとだけ」
「そうだよね…」
そう言って、ルレウは立ち上がった。
怖いと言うより不気味。しかし、口にはしづらい。
「この子」
両手を包むように合わせて、何かを持っている。
ルレウは手のひらをゆっくりと開ける。
そこにはハエトリグモのような、小さなクモがいた。
「…クモ?」
「うん、たくさん傷ついて元気がない」
そう言って、虫かごに入れる。
「頑張ったんですね。いっぱいご飯あげてゆっくり休ませたら…」
「うん。仲良しになるためにね…。アテラにもあんなにいっぱいいたのに」
アテラにもいた?どういう意味だろう。
虫かごを見ると、アシダカグモに似たクモが小さなグモに襲いかかっていた。
「あ……食べられちゃうんじゃ」
「そうだよ。もう手遅れ。
弱ってしまった小さなものは、大きなものに食べられる運命なんだよ」
ルレウが後ろからゆっくりと、私の肩に手を回してくる。
その無言の中、虫かごからは、小さな音が聞こえる。
……怖い。
(アテラ。この子変だよ。何か企んでる)
(わかってる。早くそれを見つけないと)
「……ルレウから見たぼくは、小さいですか?」
「うん、ちっちゃい」
え、まさか。
「ぼ、ぼくは、ルレウに食べられる?」
「ふふ。なにそれ。アテラ、いつも面白いこと言うね」
…よかった。
『食べる』と言われても不思議じゃなかった。
「あの、ぼくがいない間、無事でした?」
私は平静を装って話を繋ぐ。
ルレウは私を後ろから、胸の前で手を結び抱きよせてきた。
…絶対おかしいよ。
(アテラ、防壁の重ねがけ。確認してみて)
私は姉セティに言われるがまま右手を後ろポケットへ入れ、ズボンを少しだけ引き上げる。
そして、内腿を見た。
『812』……『791』……『779』
数字が凄い速さで下がっていく。
……私の防壁を削ったのはルレウ?
(何か、デュナミスをかけてる。いそがないと)
「クモの効力が途切れたら、私は終わり。この棟から捨てられるの」
「効力?」
「チャームだよ。あのクモを使ってかけてたの」
(チャームは、干渉属のデュナミス。やんわりと断れない好意を抱く効果だよ)
チャーム。なんてことをしてくるんだ。
どうする。何か、手は。
「冗談でしょう。ルレウはやさしいからそんなことされないです」
「ううん。チャームは切れたらおしまい。
シーケウス、カルテイン、ノミゾラ……黄昏の約半数のリーダーが、私に反動で嫌悪感を持つ」
……何でそんな危険なことを。
「そうなったら、反動が終わるまでぼくたちが匿うよ」
『683』
「どうしてアテラには効かないの? 何百もしてるのに」
抱擁が強くなる。
「痛いよ。チャームしなくたって、ぼくはルレウの味方だよ」
「嘘つき」
「嘘じゃないです。ルレウと協力して黒風と戦ったでしょう」
「でも、すぐにいなくなった。女もたくさん連れてる。信じない」
『617』
(アテラ、早く離れないと)
削られる速度が異常だ。
この抱擁や接触が危ない。離れれば止まる、はず。
動こうとする。だがルレウの力が強く、微動だにできない。
「ルレウ、離して」
「嫌」
ルレウが私の頭に吐息を吹きかけた。
何かが頭に絡みつく感触。
「なんでぼくにこだわるんですか。他にも男はたくさんいるでしょう」
「アテラ本当は、ルレウのこと嫌いなんだね」
また吐息。
目の前に白い糸のようなものが舞う。
……虫の糸?
「ルレウ、落ち着いて。ぼくの心は実は女で――」
「そういう嘘で、もっと私を傷つけるんだ?」
だめだ。何を言ってもだめだ。
実力行使で離す手は、いくつか思いつく。
だが、まだそこまではできない。
黙ると吐息が来る。
せめて糸だけでも止めないと。喋らないと。
「ルレウは……男の子が好きなの?」
何を言ってるんだ自分…。
「……」
反応がない。糸も来ない。
「ルレウが好きだった人が、ぼくみたいな男の子だったの?」
「……」
「その子は、ルレウを…」
「うるさいなあ」
ルレウが大きく息を吸った。
そして、ものすごい量の糸を私に振りまいた。
「待って、ルレウ、お願い──」
返事はない。
視界が真っ白に染まっていく。
(アテラ、やばい。これ、仙虫族の繭だ)
(どういう意味?)
(繭のなかで溶けて、融合しちゃうかも)
……最悪だ。




