42.教官
この世界のデュナミスは灰色。『構造支配』は虹色。
そう予想した。最初に私の身体が崩壊した時、作り直した爪や髪の色が虹色だったから。
つまり、半分は勘だ。
自分の身体を見ると、体表のあらゆる箇所からデュナミスは放出されている。
ただ、おおもとを辿ると胸元あたりからだった。
虹色を制御して、灰色だけを出したい。
『エンニちゃん。強くイメージしてみて。
自分の、なりたい姿。なれると思える姿。そして、今の自分と違うところ』
ノアテラの言葉を思い出す。
それは、この世界のデュナミスを初めて使った時のイメージだった。
私はその時と同様、『創り変える者』と名付けた自分像を強く念じた。
すると微細な粒子は、徐々に灰色の割合を増していった。
源流の出力は、心の在り方で変わる。そういうことなのかもしれない。
次に、虹色を減らせるか試みる。
『構造支配』の発動条件として、胸が焼かれる感覚を思い出す必要がある。
今やそれは癖となり、胸の奥で常に焚いている。
私はその炎をできる限り沈め、心を平穏に保った。
それによって紋は閉じられ、構造が見えなくなった。
微細な粒子がどうなったかもわからない。
しかしそのまま、『創り変える者』のイメージを続ける。
「セティ。今、もう一人の姉がくれたアドバイスをやってみたよ」
セティは頷くと、肩を回してスキップを始めた。
(これ、私のスキップを真似してるよね?)
混じったセティが話しかけてきたが、聞き流す。
しばらく見ていると、スキップの跳躍は前進でなく左右へのステップに変わる。
右ステップ、左ステップ、右ステップ…交互の動きは徐々に振幅を広げ、さらにピッチを上げる。
「速い…」
つい言葉が漏れた。
セティは、三メートルほど離れた二箇所で同時に存在しているかのように見えた。
バキィ。
蹴られたフローリングに亀裂が走る。
「あ…」
「身体が軽くなった。演算も速い」
セティはそう言って、悪びれもせず、くるりと自身を回転させてステップを終えた。
「やりすぎセティ。後で謝らなきゃ…
でもひとまずは、上手くいったね」
そう言って私は、ハイタッチをしようと手を上げる。
セティは猫のように爪先で軽くひっかいてきた。
ハイタッチなんてわかんないよね。でもいっか。
私の頬はさらに緩んだ。
(何だかいまいちかな。
やっぱり、デュナミス値に比例するのかもね)
混じったセティが、冷や水を浴びせてくる。
(そこは進歩を喜ぶところだよ。折角、敬意を払って姉と呼んであげたのに)
(ああ、ごめんごめん)
源流のコントロールが、十分な効果があるか分からない。
ただ、頭の上で玉となっている姉セティに頼らない手段ができればよかった。
「さぁそろそろ寝よう」
私は、セティの壊れた手の修復、そして変化デュナミスの重ねがけのため、今夜も一緒に眠った。
次の日。
私達は残りの宗主交代契約を処理すると、赤誠棟へ向かった。
やはり足取りが軽い。
昨日、紋で身体を見た時に感じた違和感、それは、体内の構造だった。
改めてよく見ても、いくつかの内臓はエンニのものじゃないと感じる。
一体どこまでが、私なのか。
エンニの身体だって、お借りしているようなもの。
そもそも本物とか偽物とか、最初から言えた立場じゃなかったのだ。
中齢赤誠棟の三階、奥から二番目。
チームアテラの部屋として借りているその扉に手をかける。
開かない。
そういえば、棟からここに来るまでに数人程度にしか会わなかった。
「恐らく、一階の広間だ。そこへ向かう何人かを見た」
後ろにいたセティがそう言った。
棟の集会などが行われているのだろうか。
「行ってみよう」
初齢で色々な棟を観察した記憶の通り、棟の構造は似ている。
面倒ごとが起きてないといいけれど。
少し大きな扉をゆっくりと開ける。
中央に教官二名と、倒れた者二名が映る。
その周囲にばら撒かれた瓦礫のような欠片は、争いの跡を物語った。
そして、広間の右端の方には、見慣れた赤誠の仲間達がいて、うなだれているようだった。
「アテラ来たか」
それは、聞きなれた声だった。
声の方に向き直ると、ムイが歩いてきている。広間の左手前、すぐ近くだった。
その奥には、座り込んだチターナとメイ、そして他のメンバーがいる。
「おはようございます。これは…」
「棟の利用権をかけた戦い。まずい状況だよ」
ムイは私の手を引き、仲間たちの方へ急いで戻った。
咄嗟に私も、セティの手を握った。
「おかえり」「やあ、おはよう」
チターナとメイがこちらに気づき、声をかけてくる。
息はまだ少し荒く、完全には整っていない。
教官の方を向くと、黒いベレーに帽章を付けた教官が、倒れた参加者をデュナミスで移動させて観客側へ返した。
状況が何となく読めてきた。
「あの教官に勝たないと、利用権が消えるということですか」
確認のため、説明を求めておく。
「ええ。今まで使えていたのは、センシアが宗主だったからみたいです。
センシアは教官に勝っています。でも、二度戦うことは禁じられているって」
「教官は正と副で二人。こちらも二人を選出して戦うんだ。
正午までに勝てなければ、全員部屋から追い出されちまう」
「今、これで三連敗です。チターナとメイも負けました。
センシアには強さを認められていたペアなのに…」
ムイ、ヌーが矢継ぎ早に話す。
宗主が変わった。そして、二対二。それだけでも、私とセティが戦うべきだと思った。
無鉄砲でも、自意識過剰でもない。
「アテラ」
リーネが真っすぐこちらを見ている。
何を言いたいか、喋らなくても分かる。
「ごめんね、負けたら一緒に初齢に帰ればいいから」
チターナが髪をいじりながらそう言った。
メイはそれに頷く。
私達ならば、みんなのネガティブな気持ちを払拭できる。
「ぼくとセティが行っていいでしょうか」
そう伝えて、みんなが頷くのを確認した。
「では、ぼくとセティがどれだけタフメンであるか、証明しましょう」
(ぷっ、やば)
「いいね、応援してる」
チームアテラはにこやかに応援してくれる。
なのに、混じったセティの声だけは嘲笑のような返し。
初齢の黒風にも、こんな奴がいたことを思い出した。
(子供みたいに馬鹿にして。
セティ姉から、セティ妹に格下げするよ)
そう言い放って、耳を塞ぐ。
私はセティの手を握りながら、勢いよく教官の方へ進んだ。
「私の名前はアッティラ・ラシュターナ。こちらはセティ・メラユエです。
この棟の利用権をかけて挑戦させていただきます」
高らかにそう宣言した。
音は広間全体に響き、注目はこちらに集まる。
「血気盛んだな」
「ええ。あれは例の…」
教官達の会話が返ってくる。
「がんばれー」
「勝ってくれるといいなあ。結構引っ越し大変だったんだよなあ」
ざわめきが次第に大きくなって、期待の膨らみようも伝わってくる。
「いいでしょう。きなさい」
教官の返答を聞くや否や、デュナミスの粒子を確認する。
私は一度作った灰色優位の感覚を維持したまま、紋を閉じた。
そして地を蹴って、教官との間合いを狭める。
「セティ、行くよ!」
創り変える。セティと一緒に。
私は、落ちていた瓦礫を、引斥によってこちらに引き寄せる。
セティはその間の一瞬で、帽章を付けた教官に接触した。
カァン!
それは、大きな金属音だった。
セティの腕と教官の教鞭が重なる。
一発目の反動で、一歩退いた教官は棒状の教鞭を上に放り投げる。
その動作に続いて右手を振るうと、内袖からぽろぽろと同じものが宙に上がった。
教官はそれをデュナミスでジャグリングのように扱うと、
急降下させて、セティへ向けて誘導弾のように連続で放った。
セティは後ろに下がりながらそれらを全て手で弾く。
赤誠の者達から、歓声が上がった。
高速誘導弾は、全てセティの素手によって弾かれた。
帽章のない教官は、こちらに向かってくる。
私はデュナミス源流の調整を維持しながら、瓦礫片を教官に飛ばした。
帽章付き、帽章なし両方に。
瓦礫の数は九。
スイングバイのような軌道で、交互に教官へ攻撃する。
帽章のない教官は、瓦礫を弾き、あるいはかわしながら距離を詰めてくる。
私は横方向へ移動しながら、瓦礫の攻撃を続けた。
セティと帽章付き教官の周りを回るように、距離を保つ。
距離ゼロになった時が、仕掛けるタイミングだ。
セティの状況を見ながら、帽章のない教官との間合いを縮めさせていく。
セティは、帽章付きの教官が操作する教鞭を打ち落としながらも、
距離を詰めて押し込んでいく。
いける。
「セティ、今!」
そう言って私は、セティの方向へ切り返した。
帽章のない教官が私へ急接近した瞬間、セティの眼光が赤く光る。
私は変化を使い身体を縮める。
熱線は、今までにない速さで放たれた。
「あああっ!」
その勢いは小さくなった私を飛び越えて、帽章のない教官の腹部を焼いた。
私はすぐに、全瓦礫を帽章付きの教官に向ける。
今までの何倍も速く。
教官はそれを全て教鞭のデュナミスで相殺していく。
セティも回転しながら全力で回し蹴りを繰り出した。
一回目は教鞭で受けられて、二回目は後退してかわされる。
三回目もその間合いのまま空を切ったが、四回目。その脚は少し伸びて教官の顔面にヒットした。
セティの脚は本来コード。リーチが変わる。
一撃当たった後、セティはその怯んだ隙に容赦なく逆回転の回し蹴りを放った。
それは教官の脇腹に当たり、すぐ正転して太腿、逆転して再度脇腹と攻撃を連打する。
そして、次の正回転に備えて教官が構えた時、タイミングよくセティは突撃する。
ドゴッ…
ただひたすらに真っすぐな正拳突きが、教官のボディへ鮮やかに決まった。
帽章付きの教官は、その一撃を受けて、ついに地に膝を付けた。
「ううぅ…」
ざわめきは、止んだまま。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
デュナミスが切れかけてる。呼吸を、整えないと。
そして横から小さな足音が聞こえた。
音の方を向くと、帽章のない教官が両手を上げていた。
「…」
教官の目線の先は、帽章付きの教官。そして頷く。
まさか、次の攻撃が…
咄嗟にそちらに視線を向ける。
「…降参」
帽章付きの教官は、確かにそう言った。
オオォォッ!
歓声が上がる。
勝つ気でいたものの、こんなたくさんの声に包まれると、少し気持ちいい。
「アテラ。さすがセシザに勝っただけある。本物だなあ」
「相手は、デュナトスTier3。しかも二人だぞ。実戦もやってるのに」
「どんな修行だったの?少し前までは歩くのも精一杯だったのに」
そんな言葉を受けながら、私は、みんなの前に戻った。
「ぼくは手当ができません。誰か回帰をお願いします」
赤誠の何人かと、後方にいたリーネが歩み寄る。
そして教官を取り巻くように囲い、手をかざした。
私はそばで、帽章のある教官の回復を待つことにした。
隣にセティが来る。
私はその左手をぎゅっと握った。
「セティ、やったね」
「ああ。だがワシの手柄というよりは…」
「知ってるよ。でも実際動いて倒したのはセティなんだから」
そう言って、微笑みかける。
セティは無表情のまま、翠玉色の瞳をこちらに向けていた。
(まあ、これくらいの相手には勝たないとね)
(うん。勝てたのは、目の前セティと、お姉ちゃんのおかげだよ。ありがとう)
姉セティに、思いのままを伝えた。
セシザに比べたら、軽い相手だったのかもしれない。
けれど、紋を使わない初めての勝利。私にとってはとても大きな一勝だった。
(う。また気づいたことがあったら教えたげる)
私は、頭の玉を撫でておいた。
「前評判通りだ。末恐ろしいよ」
帽章のある教官が、そう言って上体を起こす。
早くも回復を終えたようだ。
「…約束通り、棟の使用権をいただけますか」
「ああ。それよりも、プログラム『統合戦』だが」
教官は、ゆっくりと立ち上がる。
周囲には赤誠の者達が集まっていた。
「全色の過半数が統合に属したため、早期に終了することになった。
次のプログラムのために帰ってもらいたかったんだが、明日正午、ここで説明するよ。
その前に…」
次のプログラムがくる。
小さく動揺する赤誠の者達。
統合戦が終わるとすると、宗主はどうなるんだろう。
「その子の手。何?
やたら硬かったけど、デュナミスじゃないよね?」
あ。どうしよう。
指さされたセティは、ぷいっと後ろを向いた。




