41.源流
部屋に入った。
さて。混じったセティは、全てを包み隠さず話すだろうか。
「こんな遅くに女の子の部屋に来るなんて、アテラったら…」
上目遣いで、変な冗談を飛ばしてくる。
混じったセティは、本当に人間の振りが上手い。
(ねえ、セティの姿でこんな振る舞い方。許せる?)
頭に語りかけても、おさげのセティは無反応だった。
私は冷めた表情を作り、混じったセティの前に座った。
「…。じゃ、じゃあ、アテラの要件からどうぞ」
そうだ、味わえ。
趣味の悪い冗談だとあしらわれた時に感じる虚しさを。
「セティの言っていた、『複数の判断を同時に走らせる』ってどういう意味?」
「やっぱり気になる?私の強さの秘訣」
もったいぶっている。
でも、この混じったセティ次第で、おさげのセティがすごく安全になれる。
だから今は先生と言ってもいい。
私は、セティの前で正座した。
「…本気だな弟よ」
予想通り上からきた。
予想通りだから、我慢できる。
「はい。セティ先生の護身術を教えていただけないでしょうか」
「うん、苦しゅうない」
…我慢できる。
(こんな風になっても、私のお姉ちゃんはセティだけだからね)
(二人とも姉だ。平等に扱え)
セティ…。
存外、辛辣な言葉が返ってきた。
「こほん。
デュナミスはさ。ただのエネルギーじゃない。
何かを成し遂げるために設計された心。魂みたいなものなんだよ」
うん?
言っていることが頭に入ってこない。
「その魂を使いこなすには、故郷のようにふかーく馴染む必要があって。
デュナミスの源流が違うって、メイラに言われたことがあるでしょ」
『源流が違うんだよ』
『きっと、あいつみたいに…』
メイラが、私とスピリエと比べてそう言っていた。
「故郷に馴染むって…郷愁のような気持ち?」
「郷愁…その表現、何かいいね。
アテラの源流は、この星にあったものじゃない。
一方で、セティはここのデュナミスで造られたから、アテラとは源流が違う。
けれど私の半分は、たぶんアテラと同じ…」
うそ。
表情が硬直する。
私が、この星ではなく遥か遠くから来たと知られていた…そんな。
セティとはずっと一緒だった。
だから私の紋は、デュナミス習得前から使えた特異なものだと思われていたのは分かる。
けれど、それだけで正体まで行き着くものなのか…
それならば、比較になるスピリエも私と同じ世界から来たと解釈できる。
異世界の存在を、一部の者が知っているということなのかもしれない。
聞いてみるしかない。
「つまり、ぼくのように異世界から来た者は、この星の源流は合わないんだね。
それじゃ他にも…」
「ん?異世界から来た?
…ふふっ。ごめん、流石におかしな例えで笑っちゃった」
あれ。
「4,974年前のグレートリセットだよ。
禁書、読めたんでしょ」
禁書。ノアテラの家にあった歴史書のことか。
グレートリセットって何だっけ。まるで世界が一度滅びたかのような表現だ。
「ごめん、理解できていなくて」
「ああ。ヒントはたくさんあるんだけれど、そこまで分からなかったんだ。
簡潔に言うと、この星は一度、色んな星系の源流をごちゃ混ぜにされたんだよ。
その時に種族がたくさん生まれたってわけ」
星系。種族。
1:虫
2:軟
3:魚
…
まさかそれに、由縁があったというの。
元々空にある別の星の種だった。それがこの星にごちゃ混ぜ、融合した?
この包含属で、身をもって味わった。だから信じられなくはない。
しかし、あまりにもスケールが大きい話だ。
「誰がそれをやったの?
セティは何で分かるの?」
「誰だろうね。一度そうやって滅びたくらいだから、調べるのは難しそう。
そもそも、書物に記録されていたことが奇跡だと思うの」
混じったセティは、胸に手を当てる。
「あとその、私が分かると言うより、書物から得た記憶が壊されていた。が正しいかな。
そして、私を補完した半分が、記憶を復元した」
おさげのセティが、何かによって語ることのなかった部分。
混じってそれが解けたならば、辻褄は合う。
でも…
(セティ、この子の言うこと信じられる?…じゃなくて。えっと、なにか矛盾ある?)
(…ワシは、疑える要素を持ち合わせていない)
…。
目の前の混じったセティは、この世界の疑問を解くことができるのかもしれない。
「それじゃ、源流は星系の数だけあるということ?」
「そう。一から十までの星系の数に、今いるこの星を加えて11個あるはずなんだよ。
普通使えるのはこの星の一つ分だけ。
アテラや、アトリ、ヤパのように、グレートリセット前の源流を継承している突然変異は、貴重だよ」
「ふーん。
それも復元された記憶?」
「え、えっとグレートリセットの話まではそうだけれど」
グレートリセットまでが事実だとしても、私や、意思決定AIであるアトリ、ヤパの由来は継承じゃない。
混じったセティは、残念ながら憶測を断定するタイプということが分かった。
やっぱり私は、おさげのセティの方が好きだ。
しかし、突然変異って…怪異みたいな言い方をしてくれるなあ。
あ。怪異って何だろう。
「へー。ちなみに、セティの考える怪異って何?」
「禁忌を犯して様々な種族が混入した存在。
そう言われているけれど、きっとグレートリセットの時にできた失敗作だね」
きっと。
ならば、これも憶測だろう。だが面白い考えだと思う。
この星にはもともと単一の、人間らしい人型だけがいた。
しかしある時、何者かによって多種族混入に創り変えられていった。
だが禁忌を犯した者達は、人型にすらならなかった。
全て根拠のない憶測だ。
だが、混じったセティがそうするように、私も考えずにはいられなかった。
「話を戻して結論ね。
アテラは、紋の方のデュナミスばかり供給している。
私じゃない方のセティには、この世界由来である包含や引斥のデュナミスを主に送るといいんだよ。
そうしたら私みたいな動きができる。
さらに、セティが源流の違いを飲み込めば、複数の判断を走らせることもできる」
デュナミスを選んで供給する。どうやって…
「今、どうやって?
って思ったでしょ。それはアテラの持つ、構造が見える能力でどうかなって。
デュナミスが見えてるみたいだから」
混じったセティは、指で両瞼を上下に開いて見せた。
ここまですらすらと話しておいて、最後は私の紋次第だなんて。
…仕方ない。
ヒントをくれたことはありがたいし。
「…がんばってみる。
教えてくれてありがとうございました」
混じったセティに向けて、丁寧にお辞儀をした。
顔を上げると、セティは少し目をそらし、不自然に口角を上げる。
「あとね、アテラに言わなきゃいけないことは、さっき伝えた私の半分のこと。
ちょっと勇気を振り絞ってみた。
だって、アテラの大嫌いな奴が私に入ってるってことだから」
「…うん」
混じったセティは、不利な情報を隠さずに教えてくれた。わかり合いたい気持ちはある。
けれど、そのはにかんだ顔の中に意思決定AIがいると思うと、どうしてもだめだ。
混じったセティもそれを察してか、こちらを見て、伏し目がちになった。
「え、えーと、早速入れ替えて見てみる?」
「そうだね。やってみたい」
混じったセティは、自らを吐き出した。
私は頭の髪飾りをセティの側頭部から取り付ける。
それから、吐き出された混じったセティを自分の髪に縛った。
(セティありがとうね。全部正直に話してくれて)
私はすぐに、混じったセティに語りかけた。
そうだったらいいなと、自分に言い聞かせるように。
(…正直)
とても小さな呟きが返ってきた。
(うん?)
(また今度じゃ…だめかな)
(何で?)
わざわざ発したのだから、きっと話したいことなのだろう。
しかし、混じったセティからの言葉はない。
私は仕方なく、目の前にいるセティのおさげを結び始める。
(…言うね)
(言って)
(今、アテラの目の前にいるセティ…
アトリがセティを複製したものなの)
…うそだ。そんなはずない。
動揺して二つ目のおさげが上手く結べない。
(あの、目の前のセティも、私も本物だよ。
記憶は共有した上で、目の前には新しく作られたセティがいて、
破損して修復されたセティが私だよ。本物だよ)
必死そうに『本物』を繰り返す。
趣味の悪い冗談だ。
そんな真面目に話されても困る。
そうだ。さっき私が、セティが打ち明けた半分のことを嫌がる素振りを見せちゃったから。
その嫌がらせだ。
…。
『今すぐ自己複製だって…』
あの時にアトリが言ったことが、勝手に再生された。
目の奥が熱くなり、涙が滲んだ。
「アテラどうした?」
おさげの歪んだセティが話しかけてきた。
……どうか嫌がらせであって。
(あの、ごめん。信じなくていいから)
なんでこんな。
それじゃ本当のセティは…
「アテラ」
目の前のセティが頬に触れる。
セティにこんな顔、見られたくない。
触れられた手に吸い寄せられるように前を見る。
…セティに表情はなかった。
あぁ。
いつものセティだね。
気持ちは少し、楽になった。
…本物かどうかなんて、今は決められない。
私は、目の前のセティも偽物とは呼ばない。
そうだ。
セティのなりたいセティを、見るんだ。
辛い気持ちをごくりと飲み込む。
そうして、上を向いた。
「セティ、一緒に強くなろう」
私は紋を開いた。
デュナミスは、微細な粒子として存在している。
おさげのセティへ流れるものには、僅かに虹色になるものと、ずっと灰色のものが混在しているのが見えた。




