40.女帝
袖の中に破壊された手を隠すセティに続く。
軍はまさに全滅。
立ち上がる者はいない。身体を起こす者ですら数えるほどしかいなかった。
思わず固唾を呑んだ。
倒れた者達のそばを通り抜けながら、一人一人を紋で見ていく。
背筋に緊張が走った。
一見、微動だにしない者は、本当に生きているのだろうか。
もし血流が止まった構造が見えてしまえば、それは瀕死を示すことになる。
大丈夫。
大丈夫…。
確認した全員に、生物としての流れがあった。
見渡せる範囲では、一人残らずそうだった。
…なんて高度な技。
あの巨大な雷撃は、大勢をこうも丁寧に気絶で済ませられるのか。
そして、この世界の戦いには、人数の力学が通用しないのだと痛感した。
結果から見ると、セシザは殺さずに制圧する技量において、
私とは比較にならないほど優れていた。
「センシア、終わったよ。勝てなかったけれど何とか退かせたよ」
センシアの前で止まった。
混じったセティが話しかける。
センシアは目を開けていた。意識はあるようだが、横たわったままだ。
「ごめん…まだ身体が」
「うん、でもこの状況を何とかするために、君の指示が必要だよ」
混じったセティが、センシアの上体を起こす。
脇にあった車輪付きの台は、無残にも破壊されていた。
「薄目で見ていたけど、あなたたち相当な手練れだね」
たち、か。
手練れは、混じったセティだけだと思った。
「うん。この引き分けは大きいでしょ。だから…ね」
混じったセティは、ウインクして見せる。
「…ぬかりないね。宗主棟の決め直しか。約束だったね」
「期待してる。あと、この事実はみんなに伝えよう。
最強の敵黒風は、引き分けられる相手になった。それで、統合はより強固になる」
センシアは少し目を見開いた。そうして頷く。
それはそうと、手当は…
私は遠くを見た。
赤誠棟方面から、たくさんの人が向かってきている。
セシザの言った通りだった。
「あそこを見てください。援軍です。
そして、こちらはみんな致命傷を負っていない。手当をすれば再起できます」
すかさず私はそう伝えた。
「…ありがとう。でも誰が呼んだんだろう。
ただ今は伝令役が、いたたた」
そういって、センシアは立てずにいた。
当然、伝令役も倒れているのだろう。
「私達が伝令と指示を引き受けます。手当ても任せてください。
それがみんなを助ける最善ではないでしょうか」
「あ…うん」
「指揮官殿。あとは任せておいて」
私と混じったセティで、援軍の方へ向かう。
遠目にも、どこかで見た顔ぶれだった。
恐らく赤誠棟にいた、初齢の者達だ。
しばらくすると、くっきりと見えた。
なじみの面々。
メイ、チターナ、ムイ、ヌー、そしてリーネが走ってきている。
…リーネがいた。
そうか。リーネが呼んでくれたんだ。
「アテラ、無事で本当によかった。セティも」
「ばか、なんでこっちに来たの!」
メイ、チターナが息を切らせながら真っ先に声をかけてくる。
「ごめんなさ…」
チターナの腕が、勢いよく私を包んだ。
それはあまりに急で、頭が真っ白になる。
「あの、ぼく」
「はいここまで。続きは後。傷の具合の確認と、手当、さあ急ぐよ」
チターナは、リーネなどの回帰属持ちと、まとまって駆けていった。
傷の深そうな者から手当をしていく。
手当を終えた者や軽傷者は、他の人達が運んだ。
私は、それを手伝った。
応急処置はすぐに終わった。
続いて軽傷の者の手当に入ろうとした時、チターナが手当を受けたセンシアを連れてこちらに歩いてくる。
チターナは、顔をしかめている。
センシアは、少しだけうつむき加減だった。
「アテラ。セティ。どこでなにしてたの」
チターナが一声を放った。
「それは後で包み隠さず話すよ。
その前にまず、約束の件を話そうよ」
混じったセティはセンシアへ手のひらを向け、そう言った。
「う、うん。
…なんかイメージ垢ぬけたねセティ。髪もほどいているし」
流石チターナだった。すぐに気づく。
そして、目線はセンシアへ向く。
「えっと、宗主棟の件は、しばらく保留でいいかな…」
「だめ。一戦ごとに宗主を交代する運用とか、契約上は半々にして形式上はセンシアにするとか。
仮でもなんでもさ。決めないことは悪だよ」
混じったセティは、かなり遠慮のない発言をした。
…それには、私も同意見だった。
「ぼくとセティの意見です。保留のままセンシアさんの配下になるわけにはいきません。
約束を果たした上で前に進みましょう」
だから、私もそう続いた。
「約束していたの?お姉ちゃん、それはだめだよ」
「う…」
センシアは動揺を隠せていない。
なぜだろう。まだセンシアの宗主は続けられるだろうし、あんなにも皆を率いる自信に満ちていたのに。
「まだいろいろな問題が…」
問題。そうだ、気になっていたことがある。
セシザは、四桁の者が私以外にも一人いると言った。
そしてそれは恐らく、女帝と呼ばれる者。
『一体何人食ったんだ』
アーズに言われたその言葉が、ナズナの記憶を蘇らせる。
デュナメイオンでの大きな問題の一つは、その女帝なのではないだろうか。
「センシア、女帝って何でしょう。どこにいるかご存じですか」
「…えー、知らない」
センシアの表情が一瞬固まった。
そして、先程とは打って変わって飄々としだした。
態度の変わりようが、おかしい。
これは、何か知っている。
「お姉ちゃん…」
チターナも気づいている。
少し、沈黙が流れた。
「みんなわかってるよ。今何かを隠したって」
セティが一歩前に出てセンシアをにらみつける。
センシアは半歩後ろに下がるも、表情を崩さない。
私は紋で、センシアの血流や筋繊維の動きを見た。
動揺や嘘。そこに隠れる真実を、何が何でも見たい。
「…あのさ、あなた達のそうやって危険に飛び込む癖よくないからね」
センシアの少し不機嫌な素振り。
そんなんで、誤魔化させない。
「何故、危険と知っているのですか。女帝に関わることがですか」
咄嗟に言葉を返す。
そして、紋で観察する。
明らかに、『女帝に関わる』で血流の動きが変わる。
「…」
センシアは一見、飄々とした様子を崩していない。
だが、中身は違う。
少なくとも、無関係ではないはずだ。
「女帝と白刃棟の件は、繋がっている。そう推測します」
センシアの血流と呼吸は、明らかに乱れていた。
「あのデュナミスが食われた件?」
「ええ。あの件はまだ解決していない。黒幕がいるはずです」
「あ。そうか。確かにデュナメイオンにまだいるという方が自然だ…
急にきな臭くなるね…」
チターナとは一緒に現場を見ていた。
ナズナが暗闇を作った直後、チターナの声がなかったら回避行動が間に合わなかったかもしれない。
だから、チターナがあの件を知っていたとは思えない。
センシアとチターナが内通していないのならば、センシアはかなり不利になるはずだ。
「センシアさん。言えない理由でもあるのですか。
ぼくにはあなたが、見たくない現実から目を背けているように見えます」
「……少し、考えさせて」
そういって、センシアは黙ってしまった。
メイラが、センシアはレジスタンスだと言っていた。
たとえ女帝が、そのレジスタンスの一味だったとしても、話し方はあるはずだ。
全面的に庇ったっていいし、デュナメイオン中だけ敵認定したっていい。
どうして隠す。まるで同じ組織の上層部…触れてはいけない存在のように。
(アテラ、あの件が許せないんだな)
頭のセティから声が聞こえてくる。
センシアの観察にばかり集中した私は、感情を剥き出しにしていたかもしれない。
(そうだよ。なにより、参加者の未来を奪ってまで得られる栄誉に何の価値があるのか)
「……ごめんね。私は訳あって女帝と戦う宗主にはなれない。
だから少なくとも、あなたたちと赤誠が真相の解明を望むなら…私は宗主で居続けるべきじゃないのかもしれない」
…なんだ。結局隠す気か。
顔が熱くなる。
それじゃセンシアは、何のために大軍勢の宗主になることを選んだのか。
「私は、みんなを安全に、女帝から避けさせるように立ち振る舞っているつもり。
ただ、理由なしにそれじゃ、納得いかないよね。だから今は交代してもいい」
「お姉ちゃん…」
チターナはセンシアに同情する素振りを見せる。
……センシアの判断が間違っているとは言えない。
でも私は、被害者を残したまま避け続けることもできない。折れちゃいけない。
「ぼくにチャンスをください」
「アテラ。あのさ、この前そうやっていなくなっ…」
「これからは事前に敵を調べ、合意を取ります。絶対に同じ過ちは犯さない」
チターナの言葉を遮るように、強く言い切った。
女帝もセシザも、明らかな格上だろう。
けれど、女帝が白刃の事件に関わっているなら。セシザの先にスピリエがいるなら。
その壁は絶対に、乗り越えなければならない。
胸が燃えるようだった。
理不尽に奪われた者を放置しない。守られるべき者が守られるように。
パン、パンと混じったセティが手を叩く。
「そういうことで決定。あとで契約にサインをよろしくね」
そうやって、強引に話を終わらせた。
チターナは不機嫌そうだった。
その後、青月棟にて宗主交代の契約を結んだ。
再契約するはずだったチームは一部揃わず、私とセティは、一晩青月で泊まることになった。
「アテラ、セティおかえりー!」
部屋を借りて、そこにチームアテラが揃う。
何かと飲む理由をつけたがるムイは、何も変わっていなかった。
「みんな聞いた?セシザを撃退したのはアテラとセティだって。信じられない。
リハビリに修行でもしていたのか?」
メイが飲み物片手に前のめりになってくる。
さて、どこまで話すべきか…
「してきたよ。戦いの訓練。だって運営が外に出してくれなかったもん」
混じったセティが答えた。
必要な場では簡単に嘘をつく。
まるで…私みたいに。
「セティがしていたのは、コミュニケーションの訓練?」
ムイが手のひらを上に向けて聞いてくる。
「まあね。それより、何でみんなセンシアについたわけ?」
混じったセティの返しに場が静まる。
そしてすぐに、チターナが手を上げた。
「はい。私が手を回しました。
薄々気づいていたとは思うけど、その方が安全にデュナメイオンを過ごせると思ったから」
安全に。
その言葉は、胸に突き刺さる。
思わず背筋がピンと伸びた。
「ごめん。ぼくの行動がみんなを巻き込むこともあったけれど…」
「違うよ。アテラが危険に巻き込んでくるのが嫌じゃなくて、アテラが気負って危険に巻き込まれるのが嫌なんだよ」
言葉を遮るように言われた。
それは、私が言われ続けている問題点そのものだった。
センシアよりも私と言ってくれそうなリーネですら、深く頷く。
「そうだよアテラ。自重しなさい。宗主になるならばなおさらのことよ」
「いやセティ、きみもだよ」
混じったセティに、メイが突っ込む。
頬に優しくペチペチと触れる。
(この指摘は無視できないぞ、アテラ)
(うん…)
「まぁ、これからは事前に敵を調べ、合意を取るんだよね。
お姉ちゃ…センシアは好きだけど、私は断然アテラ推しだから」
「はい。悔い改めます」
私が一つ判断を誤れば、次はこの全員を巻き込む。
再び緊張が走った。しかし、みんなの表情は柔らかく変わっていた。
その後は食事を続けながら、私とセティがいなかった間の話を聞いた。
黒風棟ハクレイ下の同盟も、その後のセンシア下の同盟も大きな闘争は起きず、
ただセシザという強大な存在に警戒を続けていたそうだ。
投資戦においてチームアテラはRANK4を獲得しており、
RANK3がセンシアのチーム、RANK2はセシザのチーム、RANK1が女帝のチームという結果に終わったのだそうだ。
女帝が一位。セシザより上。それだけはどうしても引っかかった。
チターナ達は、明日が食材調達の担当らしく、ヌーが眠たがると、先に中齢の赤誠棟に帰って行った。
シャワーを浴びると、混じったセティはいない。
女子部屋に入っているようだった。
混じったセティは、どうやってあんな動きを…
あくびが出る。
やはり夜はどうしても眠い。寝ようか…
いや、やはりあの戦闘力はおかしい。
「セティ、聞きたいことが」
私は、混じったセティのいる部屋をノックした。
「入って。
私も、アテラに言わなきゃいけないことがある」
そう声が返ってきた。




